第28話 病院送りのロゼくん

 ゲルカドラとの駆け引きに勝ったリシュアとリエーテ。今、二人は再び厚い壁に直面している。それは、ロゼットがいつまで経っても起きないということだ。

「全然起きないんですけど…まさか、リエーテさんがロゼットさんを…!」

「いや、あの、冗談に見えないからやめておくれよ、その真面目な目。いくら力加減間違えたとはいえ、そこまでやらないって。」

 寝ているロゼットに右ストレートをお見舞いしてから数分経ったが、未だに起きる気配はない。しかも、途中ではぐれてしまったルーダも帰ってきていないのだ。早くロゼットを起こして探しに行きたいが故、二人はソワソワしてばかりだった。

「ふわぁ…あ、おはよー。」

「え…起きたー!?」

「やっとか、長かったね。」

ようやくロゼットが起床し、これでルーダを探しに行けるようになった。二人は勢いよくハイタッチをし、ロゼットがそれを謎そうに見ていた。色々と意味がわからないので、ロゼットはまず頭の中を整理した。

「(えーっと、

 ・いつの間にか周りが明るくなってる⇒魔物の魔法?が解けた

 ・はぐれた筈のリシュアが戻ってきている⇒恐らくリシュアの方から戻ってきた

 ・ルーダが見当たらない⇒これから探しに行く所

で良いのかな?)」

 ロゼットが一通り考えてすっきりとした直後、何か小動物のようなものがリシュアの足を登っているのが目に留まった。虫にしてはとても大きいが、犬ほどのサイズ感でもない。

「な、何かくすぐったいです…アハハ。」

「リシュア、足に何か付いているよ。」

ロゼットはハラスメントに該当しないよう細心の注意を払い、小動物を手に乗せた。それは小さな狐のような見た目で、愛らしく「キュー!」と鳴いた。

「どこかで見たような…あ、そうだポコロだ!ということは…」

「キュー、キュキュー!」

「…コロ、ポコロー!何処行ったのー?」

ロゼットが辺りをキョロキョロすると、向こうの茂みで何かを探している子どもの姿が見えた。少しずつこちらに近づいてきて、具体的な外見があらわになっていく。陽の光を反射したような金髪に緑の瞳、間違いなくあの子だ。少し傷を負っているような気がしなくもないが。

「ルーダ〜!こっちだよー!」

「え…?あ、皆さん、無事だったんですね!」

ルーダはロゼットたちの存在に気が付くと、一目散にこちらに走ってきた。同時に、ロゼットも気がついたことがある。「少し」の傷ではなかった、大怪我だったのだ。彼は無意識に片手で腹を押さえていた。かつ左頬が切れていて、なにより背中が大きく抉られて骨が見え隠れしている。

「だ、だ、ダイジョブ?えと、えーと…とにかくすぐ治療するから!キュエル!」

ロゼットは呪文を唱え、傷口に軽く手をあてた。ルーダの傷はすぐに治る、誰もがそう信じて疑わなかった。旅を始めた頃から、ロゼットはどんな傷でも完璧に治してみせた。今回だってそれに当てはまる筈だ。


 ロゼットはいつまで経っても治癒魔法を唱え続けていた。もう一分近く経っているのに、まだ終わらない。それだけではない、ロゼットの額を一粒の雫が流れていくのが見えた。

「ロゼット、いくらなんでも時間がかかり過ぎじゃないのかい?いつもなら数秒で完治するのに…」

リエーテは心配そうに声を掛けるが、ロゼットは何も答えない。何も答えずに手をどかし、三人の方を振り向いた。ルーダの、深く抉れたままの傷口が露わになった。と思ったら、今度は尋常ではないスピードで全て塞がった。

「おかしい…魔力のコントロールが、効かない。」

「え!?ロゼットさん、急にどうしちゃったんですか?」

 もっと他に言い方はあると思うが、本当にリシュアのこの一言に尽きる。ロゼットはゲルカドラとの闘いに参加していないし、特に攻撃は受けていない。…いや、嘘だ。リエーテとリシュアには確かに思い当たる節があった。ゲルカドラが土下座をした後、奴はある呪文を唱えて体が崩れていった。恐らくそれの影響だろう。

「多分ゲルカドラの魔法のせいだ。でも、どんな魔法だったのかがわからないんだよね…」

「そうですね、何と言っていたのかもハッキリとは思い出せませんし。」

そこまで言うと、二人は黙り込んでしまった。魔法の名称さえ分かれば、きっとロゼットならその効力について知っているだろう、それだけは確信できる。しかし、逆にわからないのならそこまでだという事だ。もうどうしようもないかもしれない、そんな不安がどんどん込み上げてきて、余計に言葉を詰まらせる。数分の沈黙の後、ルーダが口を開いた。

「そうだ、カイルさんに見てもらってはどうでしょう?」

「…カイルって、誰だっけ?」

「(ちょ、ちょっとロゼットさん。カイルさんは、リブロスの街で知り合ったあの銀髪の人ですよ。かなり中性的な見た目の、ルーダくんの育ての親です!)」

リシュアの懸命な耳打ちが功を奏し、ロゼットの脳内の隅に追いやられた記憶がようやく蘇ってきた。

「あぁ、あの人か!カイルさんって魔法に詳しいの?」

ルーダは胸を張り、かなり誇らしげな様子で答えた。

「カイルさんはなんでも知ってますよ。十数年間、カイルに質問をして答えが返ってこなかった事は一度もないんですから!」

「なるほど…でも、私達カイルさんが何処にいるのか全く知りませんよ?」

「んー、それなら心配ご無用です。大体予想はつくので。」

話の流れから推測するに、恐らく次の台詞は「じゃあ、カイルさんに会ってみよう」だ。リエーテは心のなかで大きくため息をついた。周りの大きな子供三人は乗り気だが、彼女には真逆の感情が渦巻いていた。

「(アタシ、カイル苦手なんだよね…隠し事多いし、怪しい要素盛りだくさんだし。でも断れる雰囲気でもない、腹をくくるとするかね。はぁ…)」

リエーテがカイルの居場所について聞くより、ロゼットが言葉を発する方が先だった。

「じゃあ、カイルさんに会ってみよう。」

リエーテは地球のヘソより大きく、そして海嶺より深くため息をついた。勘弁してくれ、と心の底から思った。


 皆闘いのダメージが大きかったのと、ロゼットが起床するのに時間がかかったので、一旦ミゲルの街で宿を取ることにした。夕食を食べ終わり、部屋に戻ると窓から夜空が見えた。ルーダが夜景に見惚れている傍らで、ロゼットはボソッとつぶやいた。

「また辺りが暗いよ…今は七時だから当たり前だよね。また敵の術中とかじゃないよね…」

ゲルカドラのせいで無駄に疑心暗鬼になってしまったが、窓からは月明かりが差し込んでいて、何ら怪しいところはない。心が落ち着いてくると、急激に眠気に誘われてきた。

「もう寝ようかなぁ、おやすみ。」


 どこからともなく声がする。何度もこちらに話しかけてきている。

「…よ、起き…いよ。私…こに…るわ。」

「う、うーん。…はぁ、誰!?」 

ロゼットが目を覚ますと、目の前に女の姿をした魔物がいた。女は右目が潰れていて、左腕がない。かつ脇腹に見覚えのある扇が刺さっている。そう、死んだはずのゲルカドラがロゼットに話しかけてきているのだ。しかし、姿はぼやけていて、声も上手く聞き取れない。

 気が付くと、ロゼットは宿屋のベッドにいた。近くで三人が寝ていて、窓からは月明かりが差し込んでいる。どうやら、先程のは夢だったようだ。

「変な夢を見ちゃったなぁ。というか、あれは誰なんだろ。」

 ゲルカドラとの闘いは、ロゼットが寝てる間に終わってしまった。そのため、彼は未だにゲルカドラの姿を知らないのだ。

 まだ夜が明ける様子はない。ロゼットは再び眠ろうとしたが、一度目が覚めてしまった分、それは難しくなっていた。かといって、特にやることもない。

「ね、寝れない…どうしよう。」

ロゼット・アメラ十九歳、翌日に寝不足が深刻化した模様。

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