第20話 レッツ・リード!
リシュアが魔物の撲滅を掲げた翌日、一行は今日も旅を続けている。
「ふー、着いた。ルーダくんどんだけ町外れに住んでるのさ…」
あまりの距離の遠さにロゼットが愚痴をこぼした。今回の目的地はミコヤの街の図書館だ。すぐに到着すると思っていたのだが、旅の同行者が増えたことで荷物が増え、疲労困憊までも増えてしまった。
時は少し遡る。昨日の夜、三人は寝る前にリビングに来るようにルーダに言われた。言われた通りに部屋に行くと、ルーダは「炎を出し入れできるロウソク」に火を付けた。
「すみません、こんな夜に呼び出してしまって。話したいことは、今後の目的地についての提案です。」
「目的地?何処か行きたいところがあるの?」
リシュアは不思議そうに訪ねた。旅の目的が決まっているので、次に行く場所を決める必要性を感じなかったからだ。魔物は世界中にいるのだから、世界中を回って討伐するしか方法はないと考えていた。
「はい、魔物を撲滅すると言っても、行く宛もなく世界中を行き来していたら効率が悪いでしょう?ミコヤの街の図書館で、魔物が集まっている箇所を調べてみませんか?」
とても十五歳の口から出たとは思えない理知的な提案に、ロゼットが一番驚いていた。周りからそう見えたかもしれない。しかし、本人が抱いている感情は全く別物だ。彼は目の前の少年の大人な精神の素晴らしさを再認識してしまい、自分の幼稚さに焦りを感じている。それでも、その内部に渦巻く感情に誰も気がつくわけもなく、普通に話は終わったのだった。
「いつ見ても思うけど、すぐ近くに田畑が広がっている中で図書館って、センス的にどうなんだい?」
何のひねりもないリエーテの率直な感想に、ルーダは思わず苦笑いした。
「この図書館は四年前に建設されたばかりなんですけど、やっぱり変ですよね。」
その後ルーダから聞いた話によると、元々は一面田畑ばかりで過疎化が進んでいたが、ある時街を活性化させるために古本を世界中から寄付してもらったらしい。そのため、子供用の絵本の他にも昔の古い書物や伝記など、様々な本が集まっているそうだ。
魔物に関する書物を見つけるべく、四人は図書館に足を踏みいれた。正面に広い廊下が続いており、左右に幾つかのドアが見える。どうやら本のジャンルによって保管場所が違うようだ。
「これだけ沢山あると探す気が失せるよ…はぁー。」
「まだ何もしていないのに弱音を吐かないでください。みっともないですよ?」
「…あのさ、リシュア。ずーっと前から言いたかったんだよ。その無表情の正論パンチやめない?傷つくよ?」
リシュアはお淑やかに見えてロゼットに対しては時たま毒舌だ。言いたいことはストレートに言うタイプだけに、ロゼットの精神は日に日に削られていっている。それに加え今は自分より大人なルーダの存在があるため、余計に世知辛い世の中と化している。
「リシュアさん、もう少し物腰を柔らかくしたほうがいいと思いますよ。あっ、この部屋の本は『魔物の研究』についてですって。これじゃないですか?」
ルーダがやんわりと注意すると、リシュアは急に静かになった。ロゼットにも大いに言えることだが、リシュアもやはり年下に注意されるというのは中々に恥ずかしいことのようだ。
ルーダが見つけた部屋に入ると、右にも左にも本棚があった。この百を超えるであろう本の中から自分達が求める情報を探し当てなくていけない。そう考えると、ロゼットのみならずこの場にいる全員の気が滅入ってきた。
「ロゼット…アンタ何かサーチ系の魔法使えないのかい?」
「一応ありますけど…生命探知しか出来ないです。」
「…」
地道に探すという苦痛の未来が今、確定した。四人にもう会話の余地はなく、全員黙ってそれぞれ別の本棚に向かった。運命の神は、どうやらこの四人のことは好いていないようだ。諦めなければきっと道は拓けるだろう、多分。
腹をすかせた獰猛な獣の如く本棚から本を引っ張り出し続け幾ばくの時が過ぎた。戦ってもいないのに、四人の体力は限りなく限界に近づいていく。本を出し、ページをめくり、戻し、隣の本を出し、ページをめくり、また戻す。このワンパターンな動きは、彼らを徐々に追い詰めていった。部屋の本の殆どが魔物に関する論文のため、題名が載っていない。
すると突如、リシュアが声を上げて泣き出した。
「ウゥゥゥ…ぐすん。」
「ど、どうしました?何かあったんですか?」
ルーダがリシュアのもとに向かうと、リシュアは一冊の本を握っていた。手から抜き取ってページをめくってみると、魔物の発見件数が多い地点を記した地図が載っている。
「やっと見つけた…やっと終わった…」
そして、何故か感極まってルーダの目からもポタポタ涙が溢れた。それは波紋のように広がり、気がついたら四人とも泣いていた。決してしょうもないなどと思ってはいけない。狭き場所で展開された地獄が今、終わりを迎えたのだ。
四人は読書スペースに移動し、椅子に座って本を開いた。昔の論文なのかかなり傷んでいるが、読めないと言う程ではない。問題なのは、これが古代文字で書かれているということだ。三人は一斉にロゼットの方を見た。
「え…まさか、僕にこれを全て翻訳しろっていう訳では無いですよね?そうですよね!?」
ロゼットは慌てふためいた様子でリシュアの方を見た。リシュアはニコリと笑みを浮かべ、黙って頷いた。ロゼットは顔を青ざめた様子でルーダの方を見た。ルーダは申し訳無さそうに視線をそらし、そして頷いた。ロゼットは最後の救いを求めて最も慈悲がなさそうなリエーテの方を見た。リエーテはその瞬間にキッパリと言い放った。
「諦めな、アンタがやるしかないんだよ。根性見せな、根性!」
リシュアは懐からメモ帳を取り出し、ロゼットに渡した。ルーダは懐からペンを取り出し、ロゼットに差し出した。そこには察せざるを得ない暗黙の了解があった。ロゼットはしょっぱい顔でペンを握り、翻訳を開始した。
「お、終わった…くそ、どうやって復讐してやろうか…」
「何か、言ったかい?ロゼットさん?」
リエーテは肩骨を粉砕しそうな力加減で肩を握ってくる。たったそれだけのことで、ロゼットの増幅した恨みは恐怖に変わった。
リエーテは文字がびっしり書いてあるメモ帳を覗き込み、拍手をした。
「おぉ、もう全て翻訳し終わったのかい。やれば出来るじゃないか。」
リエーテの声に引き寄せられるように近くで読書を楽しんでいたリシュアが戻ってきた。
「お疲れさまです。あれ、ルーダくんはまだ戻ってきていないんですか?」
「あぁ、来てないよ。リシュアと一緒にいたんじゃないのかい?」
三人は顔を見合わせた後、ルーダを探しに行った。
ロゼットは「伝記」と書かれた部屋に入った。見渡す限り分厚い本が並んでいる。ロゼットが小さな頃、全く読む気がしなかった部類のものだ。
「ルーダくーん、返事してー!何処にいるのー!」
部屋の中を歩き回ると、ルーダが誰かの伝記を立ち読みしていた。かなり熱心に読んでいたので、ロゼットの声には気が付かなかったようだ。
「ルーダくん、こんな所にいたんだ。論文の翻訳が終わったから、呼んだんだよ。」
「あっ、すみません、気が付きませんでした。すぐに行きますね。」
ルーダは本を本棚にしまい、駆け足で部屋を出た。ロゼットがその本の表紙を見てみると、そこには「ティガンタ・セルスター」と書かれてあった。
「誰だろう、これ?聞いたことがないな。」
疑問は残りつつも、ロゼットは今いる部屋を後にした。皆のところへ戻ろう。ロゼットの足取りは自然と早くなっていった。
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