第18話 鎖に繋がれた友

 リエーテが部屋を出た直後、ルーダはカイルにとある質問をした。

「そういえば聞きそびれてましたけれど、どうしてロゼットさん達を連れて来たんです?」

「あ、それ私も聞きたいです。というか、本人の許可取ってなかったんですね。」

ロゼットもその答えが知りたかったので、二人とともにカイルが口を開くのを待った。

「それは、ルーダくんをロゼットさん達の旅に同行させたかったからだよ。もう十五歳になったんだし、そろそろルーダくんにも見聞を広める機会が必要だ。」

カイルの予想外の回答に、そこに居合わせた全員が驚きを隠せなかった。特に、ルーダは目を丸くして固まっていた。もしかしたら家から離れたくないのかもしれない。

「ボクが、この人達の旅に…?貴方達は良いんですか?目の前で、殺人を犯した人と一緒に旅をするなんて。」

どうやら旅に出るのを嫌がっている訳ではなさそうだ。ロゼットとリシュアからしてみると、戦力になれる人はいくらでも欲しいので大歓迎だ。ロゼットがルーダにその旨を伝えると、ルーダはまるで曇り空から太陽が差し込んできたように明るい表情をした。何とも無邪気で可愛い笑顔だ。

「ありがとうございます、ボク精一杯頑張ります!」

一連の流れを、カイルは安心するでもなく普通に見守っていた。きっとルーダが旅に出たがっていることも、ロゼット達がそれを了承することも全て読んでいたのだろう。

「さて、それなら話さなくてはいけないことがあるんじゃない?」

ルーダはハッとした様子でカイルを見て、心配そうにしている。ロゼットの予測通り、ルーダには何かしらの秘密があるようだ。

「大丈夫だよ、別に嫌いになったりしないからさ。」

「…本当ですか?約束ですよ。」

ルーダは席を立ち、自分についてくるように合図をした。一体どんな秘密が隠されているのだろうか?ロゼットの心のなかにあったものは純粋な好奇心であり、秘密を恐れる気持ちはこれっぽちもなかった。


 時は少し遡り、リエーテはお手洗いを済ませリビングに帰ろうとしているところだった。真っ直ぐリビングに向かおうとした時、脳裏にルーダの「家の中を歩き回るな」という言葉が浮かんだ。つまり自分について詮索するなということであり、この家の何処かに知られていけない秘密があるということだ。カイルもそうだが、ルーダに関してもどうしても怪しさが拭いきれていない節がある。

「どうせなら、あの二人の秘密とやらを暴いてからここを後にしたいね…隠密行動は忍者の得意分野だ、それくらいやってやるさ。」

抑えきれない自身の疑惑の心に従い、リエーテは家の探索を開始した。そして、本人が思っているようにリエーテはただの盗人に成り下がった。

 家の中を一通り探したが、隠し部屋に続くような通路は見つからなかった。また、怪しい部屋も今のところない。ただの勘違いなのだとしたら、彼女は今とても失礼なことを行っている。決意が揺らぐ中、リエーテは気配を消して家の周辺を探した。

「ここの地面を歩いた時だけ足音が少し違う。何か地下にあるのか?」

リエーテは自身のポケットから魔法を防ぐ札を取り出し、地面に貼り付けた。すると、地面の色がどんどん透明に近づいていく。完全に透明になった時、あったはずの地面が消え階段が現れた。どうやら階段を隠すために幻を見せる魔法がかかっていたようだ。リエーテは階段に落ちた札を拾い、周囲を確認しながら奥へ進んでいく。

「ギュルルル…」

どこからともなく野獣の泣き声が聴こえてきて、リエーテの中の緊張感は飛躍的に高まる。

「ギギギ…」

少しずつ聞こえる声が増えていき、リエーテは決死の覚悟で明かりを付けた。すると、そこにいたのは野獣ではなく魔物だったのだ。しかも、その殆どがまだ子供の魔物だ。体が震えながらも、必死に威嚇してリエーテを退けようとする。

「どうして魔物が…ルーダもカイルも魔物とグルだっていうのかい!?」

リエーテはクナイを構え、魔物を迎撃する体制を整えた。魔物がジリジリと詰め寄ってくる。いつ戦闘が始まってもおかしくない状況下で、リエーテは勝つための戦略をあるだけの知識を活用して考えた。

 リエーテが魔物と間合いを一気に詰めようと走り出したその時だ。複数人の人が階段を駆け下りる音が地下に響いた。

「皆待って!手を出さないで!」

真っ先に現れたのはルーダだった。ルーダは息を切らしながらも魔物の前に立った。それを見て、魔物たちは一斉に威嚇をやめた。

 リエーテはルーダに掴みかかり、彼を問い詰めた。

「これは一体どういうことなんだい?アンタは魔物とグルなのか!?」

リエーテは感情のままにルーダの胸ぐらを掴んで持ち上げた後、首を絞めようとさえした。ルーダは手を振りほどこうとし、そのせいで返事が遅れた。

「都合が悪いから黙っているのかい!?さっさと答えなよ!」

「ちょっとリエーテさん、何をしているんですか!離してあげてくださいよ!」

ロゼットはリエーテの腕を無理やり引き離そうとしたが、やはり僧侶では力不足だ。リエーテの勢いは止まらない。駆け足で到着したカイルの協力を得て、ようやく落ち着いて話ができる状況になった。


「で、まずリエーテさんの主張は…」

「この地下に沢山の魔物がいるのをアンタも見ただろう?きっとこの二人は魔物に加担しているんだ。違うのかい?」

状況から察するに、リエーテが言っている魔物がルーダの秘密の正体だと考えられる。リエーテの主張もわかるのだが、ロゼットは一つ気になったことがあった。それは、魔物の殆どが子供ということだ。人間の村や町に侵攻するにしても、弱い子供なら魔物の本拠地で育てるべきだろう。こんな敵陣の真っ只中ですることではない。

「んーっと、まずはボクの職業についてお話するべきですかね。」

「え?ルーダくんの職業は信託ではわからなかったはずじゃ…」

ルーダは少し苦笑いし、話を続けた。

「実はあの前から知っていたんです。ボクは『魔獣使い』。魔物を従えることが出来る職業です。本来は高度な契約魔法が必要なんですが、ボクの場合は『対象に自身の体液と新たな名を与える』ことで簡単に従えることが出来ます。」

リエーテは暫くの間ポカンとして固まっていた。彼の返答は自身の想像していたものと正反対のものだったのだ。ルーダの職業に関してはリシュアからも言及されているので、嘘を付いている可能性は低い。それ以前に、自分が年下の友達を殺害しそうになっていたことにショックを受けた。

 ルーダは自分の膝に乗っかり昼寝をしている狼のような魔物を指さした。

「幼い頃膝を擦りむいて血が出た時に、この子が傷口を舐めて…可愛かったから勝手に名前をつけたんです。それで、気がついたらこうなってました。」

ルーダは恥ずかしそうに自分の頭をポリポリ掻いた。少々赤面しているルーダをよそに、カイルはリエーテの肩をつつき話しかけてきた。

「この魔物たちはルーダくんにとって大切な友達ですし、人に危害を加えることはありません。この二人にはもう話したことですけれど、ルーダくんを旅に連れて行ってくれませんか?」

リエーテはこれ以上頭のおかしい印象を持たれないよう、慎重に言葉を選んで話した。

「そういうことだったら、アタシにも異論はないよ。というか、早とちりしすぎたね、ごめん…」

リエーテは改めて周りを見渡した。最初はとても恐ろしく見えていたが、今はとても可愛らしく映っている。猫くらいのサイズのドラゴンが肩に乗っかってきた。一生懸命ずり落ちないようしがみついている様子は、まるでリエーテのペットのようだ。皆が魔物を愛でる傍らで、自分の勝手な行いを心のなかで深く深く反省した。

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