第五巻
第17話 街、又の名を村
「ふぅ、結構歩いたね。今日はここらへんで野宿しよう。」
夜遅く、何も無い平野の真っ只中でリエーテはそう言った。ルペチオでの用事を済ませ、一行は次の目的地であるミコヤに向かっている。
ルペチオからミコヤへは、馬車を使うのなら丸一日、徒歩で向かうのなら約三日かかる。隣町に向かうだけなのにそこまでの時間がかかる理由は、この二つの村と街の間に大きな山がそびえ立っているからだ。山を超えるとなると道中で高山病にかかるリスクが高く、通常は大きく迂回するルートが選択される。無論、今回も迂回するルートで向かう。
「わかりました。それでは僕はテントを立ててきますね。」
ロゼットは自分のナップサックの中から折りたたみ式テントを取り出した。これはシャルロッが旅立ちに向けて持たせてくれたものだ。まさか役に立つ場面が来るとは思わなかったが、こればかりはシャルロットに感謝しかない。
リエーテは近くで拾った枝と葉で火起こしを始めた。このパーティーには火属性の魔法を扱える人がいないので、手作業でやるしか方法はない。
「リエーテさん、大丈夫ですか?良かったら代わりますよ。」
「これくらいで疲れないよ。アンタはさっさと食べ物の準備をしな。」
リシュアはリブロスの街で調達した缶詰の蓋を開け、テントを立て終わったロゼットに差し出した。ロゼットは空腹の野獣のごとくそれに食いつき、リシュアも引くレベルの食べっぷりだった。
「ほーひえば、ミホヤはふぇ、ふぉれふらいははるんれふか?(そういえば、ミコヤまで、どれくらいかかるんですか?)」
「アンタさぁ、せめて食べ終わってから話しなよ。何を言っているのかわからないだろ。」
何だかんだ言っても、三人ともこの旅を楽しんでいるようだ。
もう一度野宿を挟んで二日後、ついにミコヤの街に到着した。街とは言ったものの、街の近くには広く畑が広がっていて、要所要所に畑の持ち主を示す看板が立ててある。一方、何故か奥にはかなり巨大な図書館がある。村なのか街なのかが紛らわしい。
「なんか、これといった特徴がないと言うか…微妙というか…」
「アメラさん、街の住人に失礼ですよ。ところで、カイルさんはどこにいるんでしょう?」
ミコヤの街で待っていると話していたカイルだが、姿が見当たらない。もしかして騙されたのだろうか、ルーダが住んでいるというのも嘘かもしれない。
「待っていました、案外早かったですね。」
突然、背後から声が聞こえた。リエーテが武器に右手を触れて振り向くと、いつの間にかカイルが立っていた。カイルはリエーテの右手を優しく掴み、武器から手を離させた。
「そんな物騒なことをしないでください。危害を加えるつもりはないですから。さて、それでは約束通り案内しますよ。ついてきてください。」
カイルは優しく微笑み、歩き始めた。相変わらずその表情の裏の感情が読めない。そこが余計に警戒するポイントなのだが、わざとなのだろうか。
この中でカイルを最も警戒しているリエーテは、この機会に出来るだけカイルについて知っておきたかった。だから、歩いている間に沢山の質問をしたが、十中八九はぐらかされていた。
「アンタ、男なのか女なのかどっちなんだい?」
「ふふ、どう見えますか?」
「(わからないから聞いているだよ、そんなことも理解できないのか!)」
どれだけ話題を振っても速攻で話をそらされるため、リエーテは少しずつイライラしてきた。このままだとルーダの家に着く前にカイルを殴ってしまいそうだ。気が変わったのか、詳しく聞かれすぎてカイルもイライラしていたのか、カイルは急に歌を歌い始めた。
「シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ 屋根まで飛んで 壊れて消えた♪」
「それ『シャボン玉の歌』だよね、急にどうしたんだい…」
「この歌が好きなんですよ。子供の頃から、ずっと。家族とよく歌ってました。」
もう少し深く聞けると期待していたのだが、話はそこで終わってしまった。リエーテにとって、子どもの時に歌っていた歌などどうでもいい。ルーダとの関係性など、もう少し深い事情を知りたいのだ。
「シャボン玉か、僕も小さい頃好きでしたよ。あぁ、知ってますか?シャボン玉の歌は子供を亡くした親の歌なんですって。」
「(警戒心がなさすぎるよ、どこまで脳天気なんだ…)」
「着きましたよ、ここがルーダくんの家です。」
カイルが指さした先には少し年季の入った一軒家があった。しかも今どき木製の家だ。とても自分達より年下の子が生活しているとは思えない。
カイルはドアを叩いた。どうやら呼び出し用のチャイムが付いていないらしい。
「ルーダくん、遊びに来たよ。」
ガチャッ。ドアが開き、そこから一人の少年が顔を出した。光を反射したような金髪に緑色の瞳。間違いない、彼はルーダだ。ルーダは一瞬カイルに向けて弾けるような笑顔を浮かべていた。最初に出会ったときは終始作り笑いだったので、彼があそこまで無邪気に笑っているのを、ロゼットは初めて見た。しかし、その後ろにいる見慣れないメンツを見て、それは一気に微妙な顔に変化した。
「貴方達は...!あの、この人たちを連れてきてほしいと頼んだ覚えはないんですけど…」
「私が勝手に連れてきたからね。まぁ客人は多くても楽しいでしょう?」
ルーダはあまり乗り気ではなさそうだったが、結局は全員家に上がらせてくれた。ゆっくりと話ができると思っていたのだが、ルーダはすぐさま椅子を出しに行ってしまった。
椅子に座りながらルーダを待っていると、ルーダは紅茶を四杯運んで戻ってきた。
「はい、どうぞ。少し少ないかもしれませんが、何しろ今はこれくらいしか家になくて…」
「いや、いいんだよ。私達の方こそ勝手に訪問してきてごめんね。」
リシュアは申し訳無そうに少し頭を下げたが、ルーダは作り笑いをしながらそれを軽く制した。その様子を見て、ロゼットの中には嫌な想像がよぎった。もしかしたら、自分よりもルーダのほうが精神的に大人なのではないだろうか、と。一方、リエーテは出された紅茶を一気飲みしたせいで用を足したくなってきていた。リエーテは気まずそうに手を挙げ、ルーダに話しかけた。
「えーっと…お手洗いに行きたいから、場所を教えてほしいんだ。」
「そういうことでしたら、この部屋から出て左に曲がれば見つかりますよ。よろしれば案内しましょうか?」
「いや、その必要はないよ。アタシ一人で行ける。」
リエーテが足早に部屋を出ようとすると、ルーダに呼び止められた。そろそろ我慢の限界なのだが、無視をすることは礼儀に反する。リエーテはルーダの方を振り向いた。
「一つだけ忠告です。ここはあくまでボクの家なので、家の中をあまり歩き回らないでくださいね。」
わざわざ呼び止められて当たり前の常識を説かれたので、リエーテは内心腹が立った。そんな無礼なことをするのは盗人くらいだ、注意されるまでもない。リエーテは返事をせず、駆け足でお手洗いに向かった。ルーダはその様子をやけに注意深く見つめていたのだが、誰もそれには気がついていなかった。
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