第16話 全てを粉砕する覚悟を
「二人に旅に着いてきてもらったのは、この村と文化を全て消し去るためです。」
暫くの間、二人は何も言えなかった。リシュアの言っていることは筋が通っているし、死を恐れる気持ちもよく理解できる。それでも、すぐにはその真意を受け入れることが出来なかったのだ。
「さっき、この村と文化を全て消し去ると言ったのかい?アンタ自分が何を言っているのかわかって…」
「えぇ、ここに住み着く龍も、住民も全て殺すつもりです。」
リシュアの瞳には一つの迷いも見受けられなかった。誰であろうと一目でわかる。彼女は、本気なのだ。きっと反対しても聞き入れてはくれないだろう。それに、リシュアがどれだけの憎悪を抱いているのか、部外者には知る由もない。
「リシュアがその気なら、僕は協力するよ。でも一つだけ確認…本気、なんだね?」
ロゼットはこの時、とても険しい顔をしていたと思う。彼は今から、目の前にいる友人のために人殺しになる。それは、並大抵の覚悟では決してなし得ないことだ。だからこそ、これが直前で踏みとどまれる最後のチャンスだ。全てはリシュアの返事と覚悟によって決まる。それでも、リシュアは考える素振りを一切見せなかった。
初めて出会ったときのような、純粋でどこか強い瞳で彼を見つめ返す。やはり曇り一つない、見とれるほど綺麗な瞳をしている。
「はい、私は本気です。あの人達のせいで、どれだけの人が亡くなったことか…」
ロゼットはもはや何も声をかけられなかった。ロゼットは呆然としているリエーテに背を向け、龍の吐息が聞こえる方へ歩き出した。
「まずはあの龍からだ。」
リシュアも小さく頷き、リエーテの手を引いて後をついて行った。
ロゼットが向かったのは小さな家屋だった。ドアの隙間から血なまぐさい匂いがプンプンする、何かを噛み砕く音が度々聴こえてくる。恐らく龍は食事中だ。気性が荒い龍だった場合、ドアを開けただけで死に至るだろう。リシュアはドアノブを掴み、二人の方を振り向いた。二人が頷くと、リシュアはゆっくりとドアを開けた。
それは体が通れる道が出来たすぐ後に襲いかかってきた。リエーテが咄嗟に前に出てクナイで防御する。狭苦しい空間からその巨体を露わにすると、圧倒的な大きさに思わず圧倒されてしまう。しかし、ここまで来て逃げられる理由はない。
「ギャオーッ!」
龍は大きな口から炎を吐いてきた。辺り一面の雑草が燃え、道端を歩いていた虫に火が付く。ロゼットは三人に浮遊魔法を使い、炎を回避した。三人が宙に浮いたのに合わせて、龍も翼を使い空を飛んだ。龍の鱗はとても固く、物理攻撃だろうが炎だろうが通さない。
「さて、どうしたものかな…」
リシュアとリエーテは龍に真っ向から立ち向かい、攻撃を仕掛けようとした。しかし、龍のほうが足が長いので攻撃範囲も広い。二人は龍の前足によって吹っ飛ばされてしまった。
ロゼットは急いで怪我の具合を確認しに行った。まずリシュアは背中を強く打っただけだが、当たりどころが悪かったら骨が折れていたかもしれない。次にリエーテは運悪く崩れていた家屋に全身を打ち付けている。そして、瓦礫に腕が埋もれている。ロゼットはまず瓦礫に浮遊魔法をかけて浮かせ、リエーテを救助した。
「キュエル!」
リブロスの街にあった魔導書で覚えた「キュエル」は、キュアーの上位互換だ。どんなに傷が深くても傷口を塞げるが、骨折は治せない。腕が潰れたくらいなら応急処置は出来る。
「ふぅ、死ぬかと思ったよ。意外と使えるじゃないか、ロゼット。」
「…言い方が癪に障るのでやめてください。」
戦線に復帰したリエーテは、ロゼットと共に崩れた家屋の影に隠れた。龍が少しずつ近づいてくるが、それをリシュアが一生懸命妨害している。龍が家屋の目と鼻の先に迫ったその瞬間、リエーテは隠れるのをやめ、龍の両目めがけて手裏剣を五個投げた。そのうちの四個は的はずれな方向へ飛んでいったが、一個だけは龍の左目に見事命中した。
「ギャァァァ!」
龍が痛みで悶えている隙を見計らい、リエーテとリシュアは龍の足元に攻撃を集中させた。龍が必死に二人を引き離そうと、ロゼットから目線を外した。リエーテはロゼットの方を見て、合図を送った。龍を仕留める合図だ。
「ここだ!グラヴィティ!」
龍は重力に押し潰され、どんどん血が吹き出してくる。
「ギャオーッ、ガァー!」
大音量の断末魔を最後に龍はピクリとも動かなくなった。ロゼットは急に肩の力が抜け、そして安堵の気持ちで胸が満たされた。リシュアはその場に崩れ去り、泣いていた。
「龍が、死んだ…やっと…」
リエーテとロゼットがリシュアを慰めて数分後、三人は村の方へ戻った。あの男たちはついに踊りをやめ、何故かその場に立ち尽くしている。
「龍神様の悲鳴が聞こえた、我らが龍神様が、死んでしまわれた…」
「も、もうこの村はお終いじゃ…龍神様がいらっしゃらなければ…うわぁぁぁ!」
気が狂ったのか、男たちは先程まで囲って踊っていた炎に次々と飛び込んでいった。奴らに死を恐れる感情は皆無に等しかった。彼らにとって龍神の加護とやらはそれほどまでに強大なものだったらしい。
自分達の目の前で、大勢の人々が徐々に焼け死んでいく。ロゼットは手が震え、自身の手にこびりついた龍の血を見た。この人たちは、自分が殺した。覚悟をしていたはずなのに、ロゼットが抱いている感情は自分への恐怖そのものだった。リエーテは必死に口元を抑え、何かを我慢している。リシュアは自分の故郷の人々が焼けていく様子を、ただ黙ってみていた。
何時間も経つともう村には龍の死骸と大量の灰しか残っていなかった。空を見上げると、いつの間にか日が沈み始めている。ロゼットはようやく放心状態から立ち直り、池を探して走った。朝に通った洞窟のすぐ近くまで戻ると、雄大に広がる草原の端に、きれいな水の池が見つかった。ロゼットはそこに手を入れ、血を洗い流そうとした。
「何で、どうして…血が…落ちない…」
リエーテが探しに来るまで、ロゼットはずっと手を洗っていた。しかし、どれだけ手をゆすいでも、どれだけ念入りに手を拭こうと、どす黒く固まった血が落ちることはなかった。
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