第14話 再出発にご用心

 リブロスの街にて半強制的にリエーテを仲間に加えたロゼットとリシュア。ルペチオへの旅に備え、各自はリブロスで一旦休憩し準備を整えている。リエーテは買い物に出かけ、今宿にいるのはロゼットとリシュアの二人だけだ。ロゼットはギルドの地下施設からくすねてきた魔導書を読んでおり、リシュアは地図にこれからの道のりを書き込んでいる。

 突然、ロゼットは手に持っていた魔導書をベッドに落とし、ボソッとつぶやいた。

「あ、リエーテさんに本名名乗るの忘れてた。」

「…そういえば、クセが抜けてなくてずっとアスカとトヴィン呼びでしたね。」

そう、何を隠そう二人はまだ自分達の名前を偽ったままだったのだ。しかし、もう「実はずっと偽名使ってた」なんて軽々しく言える状況ではない。どうしようかと二人であたふたしていると、リエーテの足音が聞こえてきた。しまった、もう帰ってきてしまった!

「食料品とポーション買ってきたよ。アンタたち何をそんなに慌てているんだい?」

ロゼットは大粒の冷や汗を掻き始めた。どうする、打ち明けたほうが良いのか?それともこのままアスカとトヴィンで通したほうが良いのか?いやしかし、これから一緒に旅をする訳だから隠し事はいけない。よし、さっさと言ってしまおう!

「あー、ありがとう。うーんと、リエーテさん。実はちょっと話さなくてはいけないことがあるんです。」

「なんだい、そんな急に改まって。ハッキリと言いなよ。」

「はい、実は…その、アスカとトヴィンは本名じゃないんです。本当は僕はロゼットで、この人はリシュアっていうんですよ。」

 ロゼットはどんなお叱りでも甘んじて受けるつもりだった。リエーテを仲間に引き入れる時も、「隠し事をしていない」ということを理由にした。それにもかかわらず自分達が隠し事をしていたというのだから、完全にホラ吹き太郎だ。

「何だ、そんなことかい。別に気にしないよ、最初から偽名だと思っていたしね。」

案外細かいことは気にしない性格のようだ。ロゼットたちの仲間になるのは信じられないと驚いていたというのに、よくわからない人だ。

 結果的にリエーテはロゼットとリシュアという呼び方に速攻で慣れてしまい、数週間後にはアスカとトヴィン、そしてアンネという偽名の存在すら忘れ去られることとなる。


 万全を期して、三人はついにルペチオヘ向かうためにあの林を歩いていた。そういえば、あのグリフォンの家族は元気にしているのだろうか。もし再会できたら聞いてみよう。グリフォンの子供にかけた「動物と心を通わせる魔法」は永久的に持続するので、何年経っても会話が出来る。そんなことを考えていると、何かの羽音が聞こえた。

「アメラさん、あの音はもしかして…!」

「うん、きっとあの家族だよ。行ってみよう!」

二人は早くあの家族に会いたくて堪らなかったので、羽音を聞いてすぐに走り出した。そして、何も知らないリエーテは案の定置いてけぼりにされた。ここが何処かもわからないのに、迷子になったらひとたまりもない。リエーテはすぐさま追いかけた。

 一番最初に到着したのはリシュアだった。激しく息切れしながら正面を見ると、大きな大きな巣の中で、二体のグリフォンが不服そうにじゃれ合っている。

「た、卵がかえっている!可愛い!ほら、アメラさんも早く来てください!」

「ちょ…ちょっと待って。し、死ぬ…あ、雛だ!」

気がつくと後ろから親のグリフォンが近づいてきている。そして巣の近くに降り立つと、雛たちはすぐさま大きく口を開けた。親からご飯をもらい、雛は満足そうだ。何とも微笑ましいこの光景は、二人の心の癒やしとなるのには十分すぎる程だった。二人が温かい気持ちに浸っていると、背後から誰かに肩を掴まれた。

「アンタたちよくもアタシを置いてけぼりにしたね…後で覚えておきな。」

微笑ましい光景から一変し、二人は少し身震いしてしまったそうだ。その後、二人は自分達の荷物の他にリエーテの荷物も持たされた。


 林を抜けてから数時間歩き、いつの間にかアステム王国の領土に入っていた。当初の予定では、アステム王国で昼食を食べる筈だった。ロゼットが王国に向けて歩こうとすると、リエーテに止められた。

「なに休憩しようとしてるんだい?まだまだ歩けるだろう?」

リエーテの笑顔に、ロゼットとリシュアは今まで感じたこともない恐怖を感じた。どこからどう見てもニコニコ顔だが、その裏で途轍もない圧力をかけられている。

「…は、はい。頑張ります。」

有無を言わさぬ雰囲気の中、三人は再び歩き出した。


 あれから無我夢中で歩き、ミゲルの街はもう目前に迫っている。

「ひぃ、ひぃ、やった…ようやく休憩できます!」

「長かった…本当に長かった。」

二人は背中に背負っている荷物を地面に下ろし、へなへなと座り込んだ。そして、二人揃って喜びに浸っているのを見て、リエーテは呆れ顔だった。

「アンタたちこの程度でそんなに疲れて…全くひ弱だね。」

「リエーテさんがおかしいんですよ!丸一日僕たちに荷物を押し付けて!」

三人の様子を見ていると勘違いしてしまいそうになるが、一応まだ街にはついていない。つまり、まだ完全に安全とは言えない状況なのだ。

 その時、リエーテの背後から魔物が飛びかかってきた。少し反応が遅れてしまい、リエーテは肩を噛みつかれた。リシュアとロゼットが協力して引き剥がそうとすると、魔物は大声で泣き始めた。泣き声につられて大勢の魔物が続々と集まってくる。

「どうします、囲まれて逃げられないですけど。」

「どうするって一つしかないだろう?全員ぶっ倒すよ!」

かなり危機的状況だが、リエーテは余計に血気盛んな顔をしていた。戦闘狂も程々にしてほしい。しかし、他に方法がないのも事実だ。ロゼットは深く深くため息をついた。

 手足がやけに長い猿のような奴が真っ先に襲ってきた。リエーテはどこから取り出したかわからないクナイを持ち、一瞬のうちに猿の胴体を真っ二つにした。猿もどきに続き、四方八方から魔物が一気に突っ込んできた。リシュアは扇を持ち、敵に向かっていった。

「これは昼ご飯抜きにされた恨み!」

そして、周りに群がるサイズ感がおかしい芋虫もどき達をクルッと回って切り刻んだ。

「これは荷物を押し付けられた恨み!」

お次に足元に迫ってくるスライムたちを斬撃で一網打尽にした。スライムたちは二つに分裂し、近くにいたロゼットに襲いかかってくる。

「バンデージ!」

ロゼットは広範囲に拘束魔法をかけた。強力な魔物は状態異常にもかかりにくいが、スライムは基礎能力が低いので一気に動きを封じることが出来る。

「グラヴィティ!」

ロゼットの重力魔法によって、大勢のスライムは重力に押し潰された。「切って」増えるならば、原型を止めないように「潰せば」いいのだ。


 多くの仲間が倒され、三人の実力に恐れをなしたのか、魔物はその後撤退していった。一時期戦闘は無限に続くかに思われたので、ひとまずは安心だ。すぐにでも宿で休みたかった一行は、何も言わずひたすら街に向かって全力疾走した。

「あ、あの…部屋空いてますか?」

「はい、それではこちらが403号室のキーでございます。ごゆっくりどうぞ。」

 三人は部屋に入り、鍵をかけるなり全員揃ってベッドに倒れ込んだ。そして、晩御飯を食べることも忘れてそのまま眠りについた。

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