第7話 その手にかけたモノ

 数日前、ロゼットは3年間通った学校を卒業した。2年生の頃から彼は成績優秀だったが、ラヴィーネには一度たりとも勝てなかった。彼女が打ち込んでいたことは剣術で、治癒魔法を真剣に学んでいたわけではなかった。それでもテストの点はいつだって良かった。最近は学校時代の友達に稽古をつけてもらっているようだ。

 今、ロゼットはラヴィーネの誕生日プレゼントを買うためにリシュアと買い物に来ている。残念なことにロゼットは学校の友達がそこまで多いわけではなく、皆浅い付き合いの人が多い。だから、リシュアくらいしか一緒に買い物なんて行けないのだ。

「いやー、ありがとうね。買い物に付き合ってくれてさ。ホント助かったよ。」

「このくらいお安い御用ですよ。プレゼント選び楽しかったですし。ロゼットがいいなら、また一緒に行きましょうよ。」

ロゼットが選んだのは、水色のハンカチだ。普通はもっと髪飾りとかペンとかを渡すのだろうが、ラヴィーネがそんな物を喜ぶはずがない。女の子らしいものは殆ど好まないので、何にするか真面目に迷った。ちなみにリシュアにはお礼に苺のパイを買ってあげた。

 買い物が終わり、家に帰ろうと小道を歩いていると、二人はある少年に話しかけられた。見たところ15,6歳くらいだろうか、腰に白い花柄のポーチをつけている。

「あの、すみません。ボク、これから信託を受けに神殿に行くんです。道案内をしてくれませんか?お礼は後でします。」

神殿はここから歩いて行くとなるとかなりの時間がかかるし、二人は公共交通機関を使うほど所持金に余裕があるわけでもない。しかし、そんな遠いところに少年一人で行かせるのも何だか気が引けた二人は、腹をくくることにした。そうして二人は、昼ご飯抜きで長時間歩く羽目になった。

「あなた、親御さんは一緒じゃないの?一人でここまで来たの?」

「あ、はい。ボク一人です。親は、その…」

そこまで言うと、少年は口ごもり気まずそうにリシュアから目を逸らした。きっと、彼に親と呼べる人はいないのだろう。だから一人だったのだ。それがわかり、二人はそれ以上は聞かないでおいた。

「そういえば君の名前を聞いていなかったね。僕はロゼット、君は?」

「ボクのことは…ルーダって呼んでください。あの、お姉さんの名前は?」

「ルーダくんか、いい名前だね。私はリシュアだよ、宜しく。」

ロゼットはルーダと名乗るこの少年に、何か隠し事をしているような雰囲気を感じた。先程からあまり話さないし、表情が硬い。ただ緊張しているだけの可能性もあるが、ロゼットにとってはまるで詮索するなと言っているようだった。そのような小さな違和感を感じながら、ロゼットはリシュアと共にルーダを無事に神殿に送り届けた。


 神殿に未成年者が入る場合、基本的には保護者の同伴が必要だ。ルーダには同伴してくれる大人がいなかったため、二人が中まで付き添うことになった。ここまでいくとまるで弟の面倒を見ている兄姉のようだ。何だか本当の弟に見えてきた。

 ルーダと出会ってから1時間程経つが、未だに全くと言って良いほど何も喋らない。最初はロゼットやリシュアの方から話しかけていたのだが、流石にネタ切れだ。そこそこ気まずい空気になってきた。この何とも言えない状況を、一体どう乗り切れというのだろうか。

「あ、あのさ…ルーダくんはどこに住んでいるの?僕はアステム王国のはずれに住んでいるんだ。」

「ミコヤっていう街の近くです。そこに、ボクの家があります。」

「ふーん、一緒に住んでいる人は誰かいるの?それとも、君一人で?」

「…」

ルーダは再び黙ってしまった。流石に人のプライベートに入り込みすぎたのだろうか。ルーダ本人が何も言わないので、何を言ってよいのか検討もつかない。この静寂はいつまで続くのだろう。なるべく早く開放されたいと、ロゼットは切に願った。


 ルーダの信託の時がようやく来た。予想の倍以上続いたこの気まずさから、ようやく脱却できた。ロゼットとリシュアにとって、その事実はとてつもなく喜ばしいことであった。

「では、この水晶に手をかざしてください。」

ルーダが手をかざすと、水晶は黄金色に光った。色々な職業について勉強してきたロゼットも見たことがない色だったので、彼はとても驚いていた。さらに、それは神父にも言えることだったのだ。誰一人として、この黄金色に光る水晶がどのようなことを意味するか、理解することはできなかった。

「こ、黄金色だと!?そ、そんな馬鹿な。水晶にそんな色はないぞ…?」

その言葉に、ルーダ以外の全員が驚愕した。彼の職業は未知の職業ということだ。今まで一度たりとも確認されたことがなかったということなのだ。

 神父は何かを報告しに奥の部屋へ走っていった。しばらくすると、ロゼットたちは兵士数人に取り囲まれた。

「え、どういうことですか!?何のつもりなんです!?」

予期していなかった事態を前に、リシュアはパニックになった。兵士たちは武器を構え、依然として3人の方をじっと見ている。怪しい動きをすれば、すぐにでも攻撃すると言わんばかりの勢いだ。戻ってきた神父は声を張り上げた。

「その少年には未知の力がある!故に、安全性が保証できるまで我々の元で保護する!」

表面上の言い訳だけはもっともだが、要するにルーダを研究材料にするということだ。例え数で不利でも、ロゼットは非人道的な行為を見逃す気は全くなかった。そのためには、兵士と戦うしかない。ロゼットは学生時代の思い出の詰まった杖を取り出した。それをみて、リシュアも懐から扇を取り出した。リシュアの職業は、実は踊り子なのだ。これが、二人にとって初の実戦となった。

 まず、二人の兵士が剣を振り上げロゼットの方へ突っ込んできた。

「ファントム!」

シュッ!そのとき、ロゼットの前に幻影が二体現れ、兵士たちはその幻影を斬った。プロの割には剣の振り方が大振りだ。その隙にロゼットは一人の腹に杖を突き、気絶させた。同時に、もう一人の兵士に背後を取られた。ロゼットは攻撃を喰らう直前で少し横に逸れ、剣はロゼットの肩に突き刺さった。血が出る痛みに耐えながら、ロゼットは兵士のスネを思いっきり蹴った。兵士は思わず体勢を崩し、床に倒れ込んだ。ロゼットは兵士を取り押さえ、頭を杖で一発殴った。杖が頭蓋骨に当たる硬い音がして、ロゼットは一瞬怖くなった。

 一方、リシュアは両手に扇を持ち、あたりを舞うように敵をなぎ倒していった。しかし、倒しても倒してもどんどん湧いてくる。これではこちらが体力を消耗するだけでキリがない。リシュアも少し疲弊してきたとき、

「うおおお!」

突然、後ろからロゼットが気絶させたはずの兵士がリシュアを殺すために立ち上がり、彼女に捨て身をしたのだ。あぁ、避けられない。自分は、ここで死ぬのだ。リシュアにはもう回避するすべはなかった。同時に、自分自身の死期を悟り、それを受け入れようとしたその瞬間だった。兵士の首に縄のようなものが巻き付き、首が閉められていた。

「息が、できない…ぐるじい…だ、ずけ…」

兵士は縄を振りほどこうと、剣から手を離した。そのおかげで、リシュアは斬られる直前で命拾いすることとなった。

 兵士は口から泡を吹き、床に倒れた。この時、一同は兵士を絞殺した犯人を知った。兵士の首に巻き付いた縄、いや鞭を持っていたのは、ルーダだった。ルーダはすぐさま兵士の胸に耳を当て、息の根が止まったことを確認した。その表情には、一切の慈悲が感じられなかった。間違いない、彼は兵士を殺そうとして鞭を持ったのだ。

「ひ、ひゃあ。ば、化け物だ、化け物だァァ!」

兵士が全て倒され、神父は怯えた様子で一目散に逃げていった。ロゼットとリシュアはルーダの方を見た。二人の視線にもうろたえず、ルーダは落ち着いた声で言った。

「お二方、ボクのせいでお騒がせしてすみませんでした。これはお礼とお詫びです。じゃあ、ボクはこれで。」

「あ、ちょっと。待って!」

ロゼットの呼び止めも虚しく、ルーダは足早に神殿から立ち去った。ロゼットが握らされた封筒に入っていたのは、少しのお金だった。

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