第6話 弓が選びし者

 ロゼットは早くも二年生、今日まで葬られずに生き長らえている。今日は妹のシャルロットの信託の日である。父母とシャルロットは昨夜から四六時中ソワソワした様子だ。ロゼットの信託の日は「何になるのかしらねぇ」の一言で済んだとは思えないほどに。

 そんな3人とは対照的に、ロゼットとラヴィーネは至って平常運転だった。ロゼットは母からの伝言を伝えにラヴィーネの勉強机に近づいた。いつものように誰かの伝記を読んでいるのかと思っていたが、どうやら違うようだ。

「ラヴィ、何を書いてるの?」

「見てわからない?日記よ。」

ロゼットは後ろから日記帳を覗き見した。ロゼットがおんぶしながら走ったこと、ラヴィーネが初めてロゼットとシャルロットの名前を読んでくれたときのことなど、ラヴィーネが家に来たばかりの頃の出来事が書き綴られていた。もうあれから1年経ったのだ。ロゼットは時の流れの速さを改めて実感することとなった。

「あぁ、そうだ。母さんからの伝言、今日シャルの信託の日じゃん?それで、ラヴィに送り迎えをしてほしんだって。」

「わかったわ。ついでに本屋にも寄っていくから。」

 ロゼットの家に居候している身だからか、それとも元々が働き者だからかわからないが、ラヴィーネは家事をよく手伝ってくれる。おかげでロゼットはぐうたらできる時間が少し増えたので嬉しい限りだ(周りの人がそれを許すかどうかは別だが)。

「ねぇ、ラヴィ。僕の家に来て、良かった?」

「庶民の生活を学ぶのにはうってつけの場所だと思うわ。」

ロゼットは自分たちが「庶民」と呼ばれるのは好きではない。本人にそんな気はさらさらないのだろうが、なんだか見下されている感じがする。それを注意しても

「だって庶民は庶民じゃない。」

としか返ってきたことがないので困ったものだ。どうせなら農家と言ってほしい。しかし、気の強いラヴィーネにハッキリと抗議できるほど、ロゼットは肝が座っていなかった。


 シャルロットとラヴィーネは神殿に言ってしまい、父母は買い物に出かけた。つまり、今家にはロゼットしかいない。実はもうやることは決まっていた。ロゼットは半年前から独学で「時魔法」について研究している。時に関係する効果を持つものが多いので、それは「時魔法」と呼ばれている。学校では習わないものなので、ロゼットは興味を持ち始めたのだ。今日はその試し打ちをする予定だ。

 まずは「ラジェナ」。これは対象者を一定時間刻みで回復させるものだ。生物にしか効果がないので、実験体の選別が大変だった。彼が用意したのは、タコの足である。既に絶命して刺身にされたものだが、生物の一部なのには変わりない。それに加え、切ったりしても赤い血が出ないので罪悪感が湧きにくいし、目が死んだ顔が見えないので怖くない。まさに最適の実験体だ。本当は今日の夜ご飯だったのだが、まぁ許してくれるだろう。怒られたら小遣いで新しく買えばいい。

 ロゼットはタコの足にナイフで浅く切り傷を入れた。

「…タコの足に魔法かけるって、なんか変な感じだな。まぁいいや、ラジェナ!」

切り傷はすぐに塞がらず、最初は効果が現れているのかが曖昧だった。しかし、10秒後にタコの足は少し塞がり始め、やがて完全に塞がった。

「ひとまずは成功か。でも、思ったより治癒スピードが遅いな。もう少し研究するか。」

ロゼットの研究は昼ごろまで続き、その頃には昼ご飯を食べるのを忘れるほど没頭していたのだった。 


 しばらくして、ロゼットが台所からパクってきたおやつのす・あ・ま・を食べている時に、ラヴィーネとシャルロットは家に帰ってきた。別に落胆した感じはしなかったので、少なくともハズレ枠ではなかったのだろう。

「おかえりー。昼ご飯もう食べた?」

敢えてシャルロットの職業は聞かないでおいた。人には誰にでも地雷というものがあり、その可能性があるものを掘り起こそうとするほどロゼットは頭が悪くない。全く気にならないと言うと嘘になるが、本人がその話をするのを待つのが一番だ。

「あら、シャル。帰ってきてたのね?何だったの?」

「『狩人』だよ。ラヴィさんに聞いてみたら、弓を使う職業なんだってさ。」

父母は聞いたことがなかったようだが、ロゼットはよく知っている。去年、リシュアと会った日に読んだ本に書いてあったのだ。

 狩人はその名の通り弓で遠くから獲物を狙う職業だ。僧侶と同じく後衛職のため絶対的な火力が出せる訳では無い。しかし、当人の技術次第でトリッキーな役回りをすることが可能だ。腕力がない人でもアタッカーとなれる特殊な職業なので、何かと器用なシャルロットにはぴったりだろう。

「お兄ちゃんは知っている?狩人について。」

「あぁ、知ってる。」

ロゼットは自分が持っている知識を全てシャルロットに話した。ロゼットの予想以上の博識ぶりに、シャルロットよりも父母のほうが驚いていた。

「お前、そんなこと一体どこで知ったんだ?」

「そうよ、ロゼが私達が知らないことを知っているなんて信じられないわ!それもそんなに詳しく…」

ロゼットにとっては、初めて自分の親を見返した瞬間だった。何だかスカッとしたような、とても晴れやかな気分だった。自分は、「妹に劣る兄」のレッテルから開放されたのだ。

もうシャルロットとは比べられない。自分が知っていてシャルロットが知らないことが1つあるだけで、彼はとても嬉しかった。我ながらひどい兄だと思った、妹が自分より劣ることを望むなんて。

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