第二巻
第5話 出会いを招く書
ある日、ロゼットは僧侶の職業選択の歴史について調べるため、学校の図書室を訪れた。本来は本なんて微塵も興味はないのだが、今はこれまでやってこなかったことにも挑戦してみたかった。学校を卒業するまでに自分のやりたいことを見つけるためには、好き嫌いなど気にしていられないのだから。
「うーん、うーん。届かないなぁ。」
後ろから誰かの声がした。ロゼットが振り向くと、本棚の側で背伸びをする少女の姿があった。どうやら、本が取れなくて困っているらしい。
「あの、上の本が取りたいの?取ってあげようか?」
「あぁ、ありがとうございます。背が低くて…台を探そうとしてたところだったんです。」
見たところ自分と同級生だろうか。本人の言う通り随分背が低い。困っている人がいると、ロゼットは放っておけない人だ。本を取るくらいならすぐに終わるし、どうせなら手助けをしてあげたいと思った。
「それで、どの本が読みたいの?」
「えぇっと…『世界の宗教法人とその習慣』、です。」
想像の斜め上をいく題名が出てきた。そのような本は聞いたこともないし、本当にあるのかどうかを疑った。しかし、隅々までよく探してみると、確かにそのような本が見つかった。本棚の一番上の段にあったので、少女では手が届かないのも納得がいった。
「よい‥しょっと。はい、どうぞ。」
「わぁ、ありがとうございます!私、リシュアって言うんです。あなたは?」
「ん、僕はロゼット。今年入学してきたばかりだよ。リシュアさんも多分そうだよね?」
ラヴィーネ以外の友達が初めてできた瞬間だったので、ロゼットはこの上なく嬉しかった。それにしても、図書館で女子が届かないところにある本を取ってあげるという、いかにも少女漫画のような出会い方だ。ロゼットは恋愛系はあまり読まないので、そんなことは知るよしもないのだが。
突然、中庭からカン、カンと剣と剣が当たる音が聞こえた。二人で庭の方を覗き見ると、ラヴィーネが誰かと剣の稽古をしていた。ラヴィーネは剣を振るうときはとても凛々しい顔をしている。ロゼットはそんな顔がなりよりも好きだった。
リシュアはあっ、と思わず声を出した。
「あの人って、前に突然先生を斬って回復させたサイコパスで有名な人ですよね!?」
「あーっと、まぁそうだね。」
ロゼットのクラスメイトの誰かがラヴィーネの噂を広めたようで、少し前までラヴィーネは良くない意味で生徒間で有名だった。「自分の力を誇示するために先生に襲いかかった、自称貴族のイタい人&サイコパス」と。
「それに、もう一人の方は将来有望な天才騎士の異名で知られる凄い人じゃないですか!
というか、あの人全然太刀打ちできてないですね。」
「まぁ、あの子僧侶だからね…」
「僧侶」という言葉を聞いた瞬間、リシュアはとてつもなく驚いた様子でロゼットを見た。先生を「斬った」という噂だったので、ラヴィーネが騎士の適性を持っていると思っていたのだろう。至極真っ当なことだ。
「えぇ、あの人それで剣技に自信満々なんですか?というかずっと欠席してたって聞きますし、今更何をしに来たんでしょうね。」
「色々あったんじゃない?ほら、学校に行けないほどの大怪我をしたとかさ。」
「あなた、やけにその人のことを庇おうとしますね。もしかして…」
何故かロゼットはリシュアに疑惑の目を向けられる羽目になった。全てはラヴィーネを近くで見ているロゼットだからこそ言えることなのだが、何も知らない人が聞くと依怙贔屓のように聞こえるのだろう。ロゼットからすると少し複雑な心境だった。自分からラヴィーネへ、恋という名の色眼鏡がかかっているとも知らずに…
それからしばらくはラヴィーネの話をした。リシュアはため息をついてこう言った。
「私、面倒事が嫌いなんです。何か騒ぎがあったら教えてくださいね。逃げますから。」
「うーん、まぁ、そうする。」
トゥルルルルル…突然、ロゼットの携帯電話が鳴った。ラヴィーネからの電話だ。ロゼットは切られない内に取った。
「はい、ロゼットだけど…」
「決闘するから、立会人になり」
ピッ!ロゼットは会話を最後まで聞かずに電話を切った。何故かというと、単純にやりたくないからだ。決闘の立会人なんてどうせろくなことがない。それに、せっかくの読書の時間が減ってしまう。友達とはいえ、引き受ける義務はないし、普通に願い下げだ。
トゥルルルル…再び電話が鳴った。
「ちょっとロゼ、何故急に切るの?決闘のた」
ピッ!
「あの、なんか電話鳴ってませんでした?」
「いや…気のせいだよ。」
ロゼットは内心冷や汗をかきそうだった。勢いで切ってしまったが、後でどんな仕打ちが待っているかわからない。最悪斬首だ、とんでもないことだ。今からでも謝ったほうがいいのだろうか。しかし、もう2回も切ってしまったし、このまま逃げるべきなのだろうか。ロゼットの心の迷いは、一瞬の判断を遅らせた。
バリン!いきなり窓が割れる音がした。ロゼットには誰が割ったのかが容易に想像できてしまう。しかし、振り向くのは勇気がいる。あぁ、僕はここで終わるのだろうか。それとも誠心誠意謝れば慈悲をいただけるのだろうか。無論、そのような可能性は0.0001%にも満たない妄想だ。天地がひっくり返っても到底ありえない。そうだ、逃げれば良いのだ。そうすれば助かるかもしれない。どうせこのままだと数秒後に葬られるのだ。それなら、いっそのこと情けない逃亡者として生きながらえるのだ。そうだ、その方がいい。
しかし、そうは問屋が卸さない。背後からの視線はそれすらも許さなかった。もはやロゼットが生き延びる道はどこにもない。
「(くそったれ!もうどうとでもなれ!)」
ロゼットが覚悟を決めて振り向くと、案の定ラヴィーネがいた。表情一つ変えず彼を見ている。後に彼を精神的にも肉体的にも葬る悪魔の顔だ。二人の部屋は同じだ、確実に終わる。
「ロゼ、立会人にな・る・わ・よ・ね?」
「あ、ははは。ごめん、実はこの子と本を読む約束をしててね…ははは。」
ロゼットは人生最期の慈悲を求めてリシュアを見た。面倒事が嫌いとはいえ、友達を見捨てるほど薄情ではないと信じたかった。というか信じないと本格的にラヴィーネに葬られる。リシュアが出した答えは、
「あぁ、すみません。ちょっと用事を思い出しました。それでは〜!」
…ロゼットの人生は、終わりを告げた。思い残す事だらけだが、こればかりは不可抗力だ。ロゼットは、自分に人を見る目がないということを、最期に悟った。
「さぁ、行くわよ。ロゼ。」
「…はい。電話切って申し訳ございませんでした。」
ロゼットの物語は、ここで打ち切りかもしれない。
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