第2話 戦士養成学校
「アンタ、どこに進学するか決めたのかい?」
適性がわかったら、次は自分の将来の職について考える必要がある。そのために、ロゼットは母と自分の進路について話し合うことにした。僧侶の適性を持つ人の進路は、聖職者や医者、冒険者等だ。どれも安定した収入が得られるわけではない。
「んーっと、今はまだ、わからない。でも、一番興味があるのは『戦士養成学校』かな。」
戦士養成学校は魔物と戦う技術を学ぶところだ。なる職業によってクラスが別れている。ロゼットが嫌いなものは責任だ。医者になったところで、自分で誰かを助けられるとは思えないし、技術の高さなんてたかが知れている。
戦士養成学校には志、能力、夢など様々な個性を持った人が多く集まる。そこなら、自分の実力を認めてくれる人が見つかるかもしれない。自分だけの強みを見つけられるのかもしれない。ロゼットは、そんなごく僅かな可能性に将来をかけてみたくなったのだ。
机に散らばった数々の学校のチラシの中に、今日の新聞が混じっていた。ロゼットはふとその表紙に書かれたニュースを見た。
「『傷害事件の少女 精神に異常か』リブロスの街で、15歳の少女が住民11人を剣で斬りつける事件が発生した。犯人は精神に異常が見られ、今後数カ月間精神病院に入院させる予定だということだ。専門家は…」
ロゼットはその内容に驚愕し、思わず二度見してしまった。新聞に大きく印刷されているその写真には、剣を携えた少女が、何人もの大人に取り押さえられている様子が写っていた。自分はこの少女を知っている、ロゼットはそう確信した。傷害事件の犯人は、自分が神殿で話しかけた子だった。
「やだ、リブロスって隣町じゃないの。物騒ねぇ。犯人が捕まって一安心だわ。」
母の安心した様子とは裏腹に、ロゼットの頭の中は疑問でいっぱいだった。
「(精神に異常ってどういうこと?あの子に、何かあったのかな?)」
名前も知らない、一度しか会ったことがない他人をここまで気にかけるなんて、普段のロゼットには信じられないことだった。しかし、こういうのも何だが「私は人生勝ち組です」感をガンガン醸し出したクールな少女が、錯乱して誰かを手当たり次第に襲うようなことをするとは思えなかった。もしかして二重人格なのだろうか。ロゼットはこの事件について、詳しく調べてみることにした。
戦士養成学校に入学届をだし、手続きを済ませるのにかなりの時間がかかった。なにしろ、社会経験が足りないとか言って父母は一切のアドバイスをしてくれなかったのだから。それでも、自分なりに一生懸命調べて入学届を出す段階にまでたどり着けた。そして、今日は待ちに待ってもいないが入学式だ。通学路は事前に暗記した。寝坊しないようにアラームもかけた。荷物が重いので、母に「アイテムボックス」の出し方と収納の仕方を教わった。これは自分が所持していたいものを亜空間に収納する生活魔法だ。中身は魔法を詠唱すれば好きなときに取り出せる。何のひねりもなく普通に便利な魔法だ。
「僕の同級生ってどんな人なのかなぁ。チンピラみたいな人に絡まれるのは勘弁だけど。」
ロゼットは独り言を言いながら廊下をフラフラと歩いていた。決して散策しているのではない。端的に言うと、迷子になっているのだ。
「あなた、新入生ですね?ここは職員廊下ですよ。教室と真反対です。」
「え…嘘でしょ?」
「いえ…本当です。はい。」
入学早々赤っ恥をかく羽目になったロゼットであった。
ようやく先生の長々としたワンパターンの薄っぺらい話が終わり、ロゼットは再び廊下をフラフラと歩いていた。今度こそ散策だ。すると、あの少女がいた。
「あの、また会ったね。まだ君の名前教えてもらってないんだけど…」
「お父様…ついてこないで…来ないで…」
「え、どうしたの?何か、言った?」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
少女は、一度も目を合わせないまま向こうに行った。あの時と同じ光景だ。だが、全てが同じな訳では無い。以前は無視するように立ち去ったが、今は逃げるように立ち去った。まるで、御主人にナイフを突きつけられた鳥籠の小鳥のようだった。一体、何に怯えているというのだろう。気高い少女の瞳には、何が映っていたのだろうか?
入学してから早くも1週間が過ぎ、ロゼットは学校の窓から自然に満ち溢れた美しい庭を見た。あの景色に飛び込みたい、そう思ったロゼットは庭への入口を探した。20分迷った末、ようやくそこにたどり着いた。見たこともない花々、あたりを飛び回る蝶。自然の生み出した景色は、1週間前に抱いた疑問と将来の不安に支配されたロゼットの精神を癒やすには十分すぎるほどだった。
地面を覆い尽くす緑に、少しだけ紅色が混じっている。波紋のように広がるその色は、少しずつロゼットの立つ場所を染めていく。それは、血だった。ロゼットのそばで倒れている、少女の体から流れている血なのだ!
「ちょっと君!大丈夫!?…駄目だ、意識がない。」
少女はまだ微かに息をしている。それは確かなことだ。学校で回復魔法はまだ一つしか習っていない。それにロゼットはまだ完璧に使いこなせていない。成功するのか、救うことができるのかはわからない。ロゼットは深く息をし、目を見開いた。
「…キュアー。」
少女の血は止まり、傷口はゆっくりだが塞がってゆく。彼の魔法は成功したのだ。彼自身の手で、人の命を救ったのだ。
「僕の家で、手当てをしよう。」
初めて人を担ぎ、命の重さを実感しながら家に帰ったロゼットを見て、母は持っていた皿を思わず落としてしまった。
「アンタ、その子どうしたの?ま、まさかついに犯罪に手を染めて…」
「な、なに勘違いしてるんだよ。違うって、倒れていたから運んできたんだよ。」
母はパニック状態で聞く耳を持たず、大声で農作業をしている真っ最中の父を呼び出した。「あぁ、あなたー!ロゼが、ロゼがー!」
「ちょっと、何しようとしてるんだよ!違うってば!おーい!」
ロゼは母を止めに走った。少女をおんぶしたまま、自己最速の走力で走った。もはや疲れを感じる暇はなかった。目の前を走り、いらない騒ぎを起こそうとする母を止めることが全てに優先することだった。せめて、少女をベッドで寝かせることくらいはやったほうが良かったのかもしれない。しかし、親子の追いかけっこは予想以上に長く続いたのだった。
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