場違いクエスト〜主人公だけど僧侶〜

ペリ・みどり

第一巻

第1話 崩れ去る夢

 アステム王国の少年ロゼットには小さな頃から夢見ていたことがあった。いつか、自分も漫画の勇者のように誰かを助けられる強い人になりたかった。この世にはびこる魔物から、人々を守れる力を欲していた。しかし、それは15歳のときに打ち砕かれた夢でもあった。


「ほら、お兄ちゃん起きて。寝坊してるよ!」

妹のシャルロットがロゼットを起こしに来た。ロゼットは朝に弱く、早起きが大の苦手だ。

「ん…あと3分ほしい。」

「もう15分経ってるよ!それに今日はお兄ちゃんの信託の日でしょ!」

しびれを切らしたシャルロットは、無理やりロゼットの布団を引っ剥がし、ベッドから追い出した。ロゼットは眠たそうに起き上がり、シャルロットを見た。シャルロットはいつもの呆れ顔でロゼットを見た。

 この世界の住人は皆何かしらの才能を持って生まれる。才能の幅は商人、騎士、僧侶など様々だ。15歳になったら神殿に行き、神父から自分が何の才能を持っているのかを聞かされる。それが「信託の日」だ。今日、ロゼットは神殿に行かなければならない。


 寝室からリビングに行くと、またしても呆れ顔の母が待ち構えていた。

「あら、ロゼ。アンタ今起きたわけ?どれだけ父さんを待たせるつもりなのかしら。」

「はいはい、わかってるから急かさないで…」

ロゼットは顔を洗い、ふと鏡を見た。いつもはのほほんとした顔に見えるが、流石に今日はどこか緊張して見える。自分には、誰かのためになる力があるのだろうか。そんな事ばかり考えてしまう。今までずっと夢見ていたこと、それだけがロゼットの頭の中を駆け巡った。

「シャルはしっかりした子なのに、どうしてロゼはああなのかしら。」

リビングから母の声がして、ロゼットの気持ちはより沈んだ。

 言ってることは間違いではない。ロゼットはいつだってシャルロットに劣っていた。好きで読んでいた漫画も、シャルロットのほうがずっと登場人物の心情を読み取れていた。家にあった楽器も、シャルロットのほうが上達が早かった。シャルロットはきっと立派な才能が備わっているのだろう。どんな才能の持ち主だったとしても、きっと誰からも好かれる人になるだろう。そう思うと、自分の才能を知るのもシャルロットの才能を知るのも怖かった。自分は何の役にも立てない気がして、ムシャクシャして嫌だった。


 ロゼットは驚異的なスピードで支度を終え、父と神殿まで歩いた。

「いいか、神父さんに失礼なことをするなよ。お前は何をしでかすかわからんから…」

「そんなことしないよ。僕だって礼儀くらいわきまえてるさ。」

ロゼットがそう言っても、父は依然として訝しげな目でロゼットを見つめる。ロゼットがどれだけ信用されていないか、垣間見えるというものだ。

 無論、別に父母は兄妹間で差別をしているわけではないし、平等に愛している。しかし、「ロゼットなら大丈夫」という絶対的な自信が、彼らにはなかった。ロゼットにとってそれは何よりも忌み嫌うことであり、何もしていない妹に苛立ちの矛先がむく原因でもあった。ロゼットは「シャルさえいなければ」と思ったことが何千回もあった。その度に、その感情は兄に優しく面倒見が良い妹の姿によってかき消されていた。

「(僕が嫉妬してもシャルに非があるわけじゃない。だから、仕方がないんだ。)」


 信託は一人ずつだ。ロゼットの家が神殿から遠かったせいで、ロゼットはかなりの時間待つことになってしまった。周りをキョロキョロしていたロゼットの目に、高貴な雰囲気の少女が映った。きっと貴族の子だと、ロゼットは直感で悟った。ロゼットの家は平凡な農家なので、貴族なんて見たことがない。手が届かない存在に興味が湧き、ロゼットは話がしたくなった。

「君、信託を受けに来たんだよね?名前は何ていうの?」

気楽な気持ちで話しかけたロゼットに返ってきたのは、衝撃的な返事だった。

「あなたのような平民に名乗る名はないわ。それに、他人に名を聞くならまず自分から名乗ったらどうなの?」

2人には身分の差という厚い壁がある。まともに受け答えしてくれるなんて、最初から思っていなかった。しかし、まさかこんなつっけんどんな態度を取られるとは、予想していなかった。

「あー、僕はロゼット・アメラ。ほら、名乗ったよ。君の名前は?」

「…私は騎士にならなくてはならないの。あなたに構ってる暇なんてないわ。」

彼女はロゼットと会話をする気が微塵もなかった。謎の少女はそのまま、一度も目を合わせないまま向こうに行った。

「あの子、騎士になるって言ってたな。王国騎士団の関係者かな?」

王国騎士団、それはこのアステム王国の平和を守る騎士団だ。騎士の才能を持つ優れた者しか入れない、王国屈指のエリート集団として知られる。ヒーローごっこに夢中になっている年頃の子にとっての憧れの象徴だ。厳しい試験に合格し、騎士団に入ったものは貴族と同等の扱いを受ける。それ故団員の数は少ないが、討伐命令が出た魔物を取り逃がしたことは一度たりともない。

「騎士様の子供か…期待されてるんだろうな。僕とは大違いだ。」

ロゼットは心底彼女が羨ましかった。自分にないものをたくさん持っている、自信と誇りに満ち溢れた彼女が。


「ロゼット・アメラさんですね?この水晶に手をかざしてください。」

ロゼットの信託のときがついにやってきてしまった。一生来なくて良いと思っていたが、無情にも時間は止まることはなく、進み続ける。

「(こんな胡散臭い方法で何ができるっていうんだ。本当に才能がわかるのか、これで?)」

渋々ロゼットが手をかざすと、透明だった水晶は緑に光った。何を意味するかは殆どわからないが、それよりもその水晶が何なのかが一番気にかかった。神の産物なのか、人の秘める力に反応する文明の力なのか。

「あなたには」

神父は真っ直ぐな目でロゼットを見た。次の言葉で、一人の少年の運命が決まる。輝かしい未来が待っているのか、誰からも見向きもされなくなるのか。自分が将来どのような職に就けるのか。全てこの1回瞬きするくらいの時間で確定してしまう。ロゼットは固唾をのんで次の言葉を待った。神父が口を開いた。

「僧侶の適性があります。」

「…はい。」

 僧侶、仲間の影に隠れて気休めの回復しかできない職業。一人では誰も守れない、戦えない。高度な技術を持つ戦士なら敵の攻撃に当たることはない。だから、有名な冒険者たちのパーティーに僧侶はいない。「初心者の保険」、それが僧侶の立ち位置だ。必要とされない訳では無いが、かといって恵まれた才能という訳でもない。

 ロゼットは運命に見放されたのだ。それを悟ったとき、ロゼットの脳内にはある少女の姿がよぎった。あの子はどうだったのだろう?沢山の人の期待通り、騎士の適性を持ち、将来は誰からも頼りにされる立派な騎士になるのだろうか?そうすると、僕は何のために僧侶の適性を持っているのだろう?

 一つだけ確実なことは、ロゼットは夢を叶えられなかったということだ。彼は誰かを守る強い人にはなれなかった。少年の夢物語は、希望は、たった一つの言葉によって消失したのだ。そう思うと、どうしても涙をこらえることはできなかった。帰り道は、闇に染まった。

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