こたつの中のつま先

湾野薄暗

つま先

年末、実家に帰省した私はこたつでごろごろしていた。

私の家にはこたつは置いてない。

理由は簡単だ、こたつで寝るに決まってるからだ。

その時間は同じくこたつに入って茹でた餅にきな粉をかけて食べている父しかおらず、私はスマホでSNSをやっていたので何も会話はなかった。


きっかけは私が伸びをした時にこたつ内であぐらをかいてた脚を伸ばしたら父に当たったことだった。

私のつま先が予想よりも冷たかったらしく父は餅を食べている手を止めた。

「あ、ごめん」と言いながらこたつを出て、飲み物を取りに行く時、父は私の足を見て、何故かホッとした様子だった。


コーヒーを淹れて、こたつへ戻りつつ

「そんなに私の足、冷たかった?」と何気なく聞いた時に父は「こたつに入ってるわりには」と言われて、まぁ確かにそうかも知れない、冷え性だしな私…と思いつつ、

こたつに入ると父がおもむろに言った。

「子どもの時に住んでた家のこたつに幽霊がいたの思い出したんだよ」と。


父が小学生の時の話だ。

今はない工場の社宅に私の父と私の祖父が住んでいたそうで築年数が古い社宅だった。

6畳間にテレビがあり夏場は網戸を開けて扇風機をつければ涼しくて快適だったが冬場はすき間風が入ってきて、とても寒かったらしい。


そこで私の祖父はこたつを貰ってきたらしい。父曰く「誰から貰ってきたのか分からない」がこたつはその日から家では無くてはならない物になった。

しかし、使い始めたと同時期に変なことが起こるようになった。

こたつに入っていると、ふとした時に少し冷えた足が当たるのだ。感触からして伸びた爪が一度当たってからつま先というか足の指をぴとっと当ててくるのだ。

最初は祖父だと思って「止めて、冷たい」と言ったが祖父ではないということが度々起こり、遂に一人でこたつに入ってる時にもぴとり…と少し冷えたつま先がくっついてくるようになり気味が悪かった。

でも寒さには勝てなくてこたつを使い続けたそうで貰ってきて2年目はぴとっ…と当たった瞬間にこたつ布団を捲り確認したが何もいなくて、もう、それ以外の実害がなく慣れ始めていた。


3年目の冬だった。小学校の友達の家族と年越しのまま初詣に出かけて明るい屋台の通りで遊んだり、甘酒を飲んだりとはしゃいでから家に帰った。

普段、起きていたら怒られる時間に起きていていいから目は冴えていて家に帰っても寝れないだろうと思いつつ帰り着き、電気とこたつをつけた。

祖父も夜勤だったか飲みに行ってるかの記憶は曖昧だが不在だった。

こたつのスイッチを入れて少ししてから小腹が空き、焼いた餅に少し残っていた小豆餡をかけていて食べ始めた。

工場で餅をついたらしく祖父が持って帰ってきたものだった。

さすがつきたての餅。焼いた部分はパリッと香ばしくて、これまた工場で貰った小豆餡と相性がいい。

食べ終わってからゆっくりこたつで暖まっていると、また父の知らない足の爪が当たり、ぴとり…と足の指とくっついてきた。

その時、いつもは何も思わないのに何故か無性に苛立って「何で俺にばっかり出てくるんだよ!うるさい」と怒ってから立ち上がり、食器類の後片付けはしたものの、こたつはつけっぱなしで布団に入ったそうで父曰く、「つけっぱなしが良くなかったかもな」とポツリと呟いていた。


布団に入り熟睡していたものの寒く感じたらしく目を開けると布団を遠くに蹴り飛ばしていた。

父は布団をかけ直ようと起きかけたが手はぴくりとも動かなかった。俗に言う金縛りだった。

幸いと言っていいのか分からないが金縛りになるのが初めてではない父は疲れてるんだろうな…と慌てずにぼんやりしていた。

体は動かないが目は開く。そして、人の気配がしないので未だ祖父は帰ってきておらず一人だった。

早く寝るか金縛りが終わらないかな…とぼんやりしていると耳が音を拾った。

畳を踏んで歩く音がするのだ。でもそれは祖父のような大柄な男性の足音ではなく、父ぐらいの子どもか、家には居ない女性の足音だった。

その足音が布団に段々と近づいているのだ。

思わず目をぎゅっとつぶった。常夜灯の仄かな明かりしかないとは言え、夜中に足音がする、それも唯一の家族である祖父ではないと考えた時に不審者であった場合も幽霊などのこの世のものでない場合も顔を見たくなかった。寝たふりをしていればどうにかなると思ったらしい。


足音は段々と近づいてきて父が寝ている布団の前で止まった。そしておもむろに掛け布団をかぶってない足の甲に足の爪が当たって、ぴとっとつま先がくっついてきた。

ああ!これ、あの、こたつの中の足だ!とそこで気づいた。

足の甲からつま先を離した後、次はふくらはぎにつま先がぴとり…とくっつけられて、次は太腿も少しずつ上がってきた。

早く帰ってきてくれ…と目をこれでもかと言うほどキツく閉じて願ったが無情にも、こたつの中のあの足は腹部、胸と段々上がってきた。

首にぴとっ…とつま先をくっつけられた時には目を開けて叫び声を上げそうになった、と同時にそのつま先から焦げた臭いがする…そう思ったらしい。

それは顔に爪が当たった時にも強く感じて、足の指がぴとりと頬についた時に耐えられずに目を開けた。視界の隅に白っぽいものが入った。それはおそらく自分が悩まされていたつま先で。つま先を辿り視線を上げると常夜灯で仄かに見えるが真っ黒な人の形をした何かがいた。顔の表情など何も見えないぐらいに真っ黒で、でも視線が合った気がした。

その時に何となく「あ、焦げてるんだ」とスッと頭の中に考えが浮かんでは気持ち悪くなった。

その人影のようなものは顔までつま先をつけたら満足したのかこたつの方へ戻っていった。

厭に白いつま先から土踏まずの足の裏を晒しながら。


その足音がしなくなってから指をゆっくり動かすと動いたので金縛りは終わったらしい…と思って急いでこたつのコンセントを引き抜いた。

何となく子供ながらにつけっぱなしが良くなかったと思ったらしい。

それで結局、眠れずに顔を洗おうと風呂場に向かうと、あのつま先が触れてきた左半身が薄黒く汚れていて、嫌な顔しながら洗っている時に気づいた。

その汚れは煤汚れだった。


「…そのこたつはどうなったの?」と尋ねると

「それから入るの避けてたんだけど、そんなに経たないうちに壊れたから新しいのになってな。最後、ゴミに出す時に部屋まで焦げ臭くて。それから焦げた臭いが好きではないな」と父は茹でた餅を飲み込みつつ、そう言った。

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