後編

 年末に差し掛かるある日。説明こと俺は今日も忙しく働いている。

 そして繁忙シーズンなだけあって迷惑な客もいる。

「なあ、圭太」

「うん?」

「結局どう食べるのがいいんだこれ」

「わからねえ」

「だよなあ」

 もちろん目の前にいる二人の客だ。

 ていうか一昨日もいたよね!? なんでまたいるの!? すき焼き専門家かよ!


「うーん。昨日の鍋奉行役で身に染みたが、関東風の利点も捨てがたいな」

「俺も関西風の旨さを知ってしまうとなあ」

「なんかいい方法ないかな」

 うーん、うーんと唸っている。

 かれこれ30分以上メニュー表とにらめっこしてるぞ。しれっとお冷もおかわりしてるし。

 食べるなら頼んで、食べないならさっさと帰ってくれ。

 ご家族様5組ぐらい後ろで待ってるんだぞ。こっちの身にもなれ。


 俺もこの二人同様に頭を抱えていると入り口付近が騒がしくなった。

「おーほほほ! そこのあなたたち、すき焼きに困っているようね」

「先駆者である私たちが助力しよう」

 二人組のすぐそばに腕を組んでいる筋肉モリモリマッチョマンと小麦色の肌が美しい金髪縦ロールの二人が立っている。

「「「あ! あなたたちは!」」」

 俺まで目の前の人たちに驚いてしまった。地の文なのに。

 

 

 説明しよう!

 筋肉モリモリマッチョマンはラーメンに合うのはチャーハンか餃子だけという常識を覆したお方だ。

 今ではラーメン+ライスもメジャーになっているが、炭水化物に炭水化物というのは毛嫌いされがち。

 それでも愛され定番までになったのは、味の濃いスープに麺だけじゃ足りずシンプルなライスを加えることで食欲をさらにかきたてる道を見出したからだ。

 まさに悪魔的。否、ラーメンとライスの悪魔契約。

 それが家系。彼の名前はDJネーム『Yeahいえ Kけー』。

 「説明ありがとう。ちなみに麺を食べ終わった後にライスをスープの中に入れて食べるラーメンライスが出来れば、更に家系の沼にはまれるよ」

 だ、そうだ。ありがとうYeah K。なんで腕を組みなおすのかわからないがありがとうYeah K。

 ちなみに博多ラーメンは現在、長浜と縄張り争いをしている。流石修羅の国。

 味噌ラーメンも実は特化している店は都内だと少なかったりするので今回は出番なし。


 もう一人の金髪縦ロールはクイーンオブ炭水化物、この女なしに炭水化物を語れないとまで言われている『ミス・焼きそばロール』。

 原宿や渋谷の若者にも大人気のあの焼きそばパンを生み出したという炭水化物界の超有名、超大物、超重鎮、超重要人物だ。

 しかし、焼きそばパンの歴史から分かるようにかなりの高齢だったはずだが、見た目は18歳よりも下にしか見えない。

 加えてカロリーの割には胸も慎み深い。

「レディに失礼でしてよ」

 てか、見た目は原宿でも実年齢は青山や表参道を超えて六本木か麻布台なんじゃないか?

「おい誰がBBAって言った」

 え? そんなところより新橋だって? それは飲み屋にいるおっちゃん。ていうか表参道から新橋って港区は広いな。

「おい」

 ちなみに本名は富士宮ふじのみや しずか。家は港区じゃなくて荒川区の南千住……

「乙女の秘密をべらべら喋るな」

 ガンッ。

 縦ロールおばさんにスネを蹴られたので黙ります。京人、後は頼んだ。

 ていうかさっさと決めるか店出てくれよ!

 


「で、そんな超有名人が俺たちに何の用なんだ?」

「君たちがすき焼きの食べ方で悩んでると聞いてね」

 発言するたびにいちいち腕を組むK。

「それでわたくし達が来ましたのよ」

 おーほほほ。と金髪縦ロールもとい、黄金の焼きそばロールを揺らす富士宮さん。

「ああ、俺と圭太はそれで喧嘩してたんだ」

「どっちにもいい点があると知ってしまった以上、悩んじまう」

 俺と圭太どちらも悩みを吐露する。

「ふん、そんなのわたくし達が既に通っている道よ」

「でもかなり難航したし、論争がずっと起きているのも事実だね」

 またしても腕を組むK。この人は発言するたびにラーメン屋の写真みたいに腕を組みなおすのか?

「そういう事だから行くわよ」

「どこに?」

「わたくしの家よ」

「え? 南千住はここからだと遠いんじゃ……」

「違うわよ!! ここから近いのよ! それに……」

「君たちがメニュー決めないで1時間近く経っているからか」

 Kに言われて気付き、俺と圭太は周りを見渡す。

 いつの間にかご家族様5組から10組ぐらいになっているし、外まで並んでいる。

 その全員がこちらを睨んでいた。

「「さーせんした!!」」

 待っている人達に謝って俺らは出ていく。

 ちなみに次同じことしたら出禁すると地の文に言われた。



 場所は白金しろかね

「ほら、着いたわよ」

「ここ、南千住じゃないですよ」

「だから違うってば!」

「実はKさんの家だったり」

「僕は横浜市西区のみなとみらいだよ」

「え? そっち? 岡野とか平沼じゃなくて?」

 富士宮さんが思わずツッコむ。


「この辺坂多くね?」

「それな。てかマジで南千住と思ったわ」

「実家は取り壊したのよ」

「んじゃ、こんなところじゃなくても松濤しょうとう番町ばんちょうでよくない?」

「なんでそんなとこまで行かなきゃいけないのよ! ここは商店街も近いし、頑張って歩けば三田よ! あんたたちみたいな男はラーメンで三田って言えばなにがあるか分かるでしょ!?」

 俺ら二人の文句に富士宮さんのツッコミは止まらない。お嬢様言葉も崩れて素が出始める。というかあのラーメン食べきれるのか?

「お肉はすでにあるから、あんたら3人も一緒に食べるわよ」

 最早キャラを演じる気も無いようだ。


「まずはネギから焼くわよ~」

「は!? 普通肉からだろ」

「ネギからもいい香りがするし、ネギの甘辛さが肉と相性いいのよ。香りも肉とネギは相性いいし」

「それに富士宮様はもうご高れ……ぐうっ!?」

 思い切り腹パンされるKさん。筋肉モリモリマッチョマンなのにKOされた。

「うっさいわよK。とにかく私も京人君と同じで肉だけじゃ厳しいの」

 そう言って人数分の長ネギ、玉ネギを焼いていく。


「肉はまだかー」

「静かになさい。そろそろ入れるわよ」

「静さんだけに」

「黙れ小僧」

「はい……」

 ネギに少し焦げ目がついたので肉を投入し、焼けてきたら割り下を入れる。

「なんで割り下!? もう関西じゃねえよ」

「あんたたち、もうちょっと静かにできないの!? そんなに入れないわよ!」

 実際入れる量は鍋を浸す程度に少量だ。

「ん?」

「焼けてきた肉やネギを割り下に絡ませて……。ほら食べなさい」


 俺らとKさんの三人は割り下に絡まったネギ2種と肉を皿にぶち込まれたので食べる。

「ん? うまいぞ」

「煮た肉じゃなくてちゃんと焼けてる肉の味だ。美味しい」

「これは家系の相性に並ぶほどご飯がすすむ」

「ふふん! どうかしら!」

 ドヤ顔で無い胸を張る富士宮さん。

「それどころかお米がすき焼きと相性いいのも高得点」

「流石ラーメンとライスの伝道師ね。そこがわかるなんて」

「このあっさりとしてて、甘すぎないおかげで肉のうまみがより味わえる……」

「はいはい、さっさと食べて次行くわよ」


 Kのご飯レビューを無視して、今度は野菜やしらたき等を一通り入れる。

「あれ、今度は野菜からなんだ」

「まあ見てなさい」

 その後に野菜を蓋するように肉を敷き、割り下を加える。

「東北にあるやり方らしいわ。お高い牛は薄切りにした肉を強く熱してしまうと、脂が抜け出て食感も旨味も抜けちゃうの。だから、こうやって熱源に触れず蒸すことである程度防ぐのよ」

 肉に赤みが無くなったら割り下にくぐらせて完成だ。

「これはこれで美味しいな」

「旨味が詰まってジューシーだ」

「下の野菜は割り下で煮たような味付けになるからご飯がすすむ」

「Kさんってさっきもご飯のレビューをしてたような……」

「ちなみに、ネギや玉ねぎを鍋に敷き詰めてその上に肉を置くというやり方もあるわよ。欠点は砂糖と醤油じゃなくてほぼ割り下を使うやり方になることね」

「ええ?俺は砂糖と醤油で混ぜるの食べたい」

 圭太が反論する。

「その時はこれみたいに鍋を南部鉄器にすればいいのよ。凸凹してるから鉄板と肉がべったりつくのも防げるし」

 焦げ付きにくく、鉄器の厚みで熱が均一になりやすい等々、最早すき焼きのために生まれた鍋かもしれない。


「そもそもすき焼きなんて各々好きに焼いていいのよ」

「すきだけに?」

「やかましいわよ!」

 富士宮さんはそのまま圭太を見ながら話す。

「だからね、圭太君。 関西がーとか関東がーとか、人に価値観押し付けて争うのは食事を楽しむ行為に反するのよ」

「うむ。ラーメンライスもねこまんまみたいで汚いって人もいるかもしれないが、店が推奨してるなら是非やってみてほしい。いい選択肢が目の前にあるのに自分の価値観だけで判断をするのは良くない。ましてや人の価値観や文化まで否定するのはもってのほかだ」

 腕を組んでドヤ顔で語るK。

「あんたたちみたいに喧嘩して絶縁まで行った人(例:作者)もいるんだし、押し付けるのではなく歩み寄るのが大事よ」

「で、でも割り下なんていれるのは……」

「そういうとこよ! 別にいいじゃない、お肉焼いて割り下入れるのを関西風としても。煮たら流石に違うけど、焼くのよ? 砂糖や醤油だけでなく料理酒なんか入れる家庭もあるんだし、量は違えど割り下に使う材料は関西風のとほぼ変わらないし。つまり、どれも正解ってわけ」

 圭太はだんまりだ。

「京人君も変に駄々こねすぎないように。コミュニティでの立場が危うくなった人(例:作者が以前働いていた職場の人)もいるんだから」

 俺も怒られる。


「まあまあ、彼らはまだまだこれからだよ。 特にすき焼きはアプローチが僕らと違うから」

「「アプローチ?」」

 俺達は同時に疑問を投げかける。

「ほら、僕の家系スタイルも焼きそばパンも基本的には合体を主としたレシピだが、すき焼きやしゃぶしゃぶは分離に主にしたレシピになる」

「どういうことだ?」

 これだけではわからない。

「焼きそばパンやカツカレーのように合体する日本のスタンダードとは逆を行くのがすき焼き。関西風や関東風、他の食べ方に分けて食べることでメリット……つまり真髄を見出せるのよ」

 富士宮さんが首を突っ込む。

「今回みたいに最初は関西風、その後に蒸し、牛鍋……と分けることで楽しめるわ」

「「な、なるほど」」 

「てことで、楽しむわよ~!」

「ご飯おかわり」

 肉1に対して白米5ぐらいの割合で食べてるKさんに呆れながらも「たくさん食べていいからね」とご飯をよそう富士宮さん。


「なあ圭太」

「ん?なんだ」

「俺達は食の在り方ばかり考えて、肝心な食の楽しみ方を忘れていたのかもな」

「そうだな」


 めでたしめでたし。

 

「ってあんたたち半分くらいしか食べてないのに、何いい感じに終わらせようとしてるのよ!」

 いい感じに終われなかったようだ。

「いや、俺達実は……」

「3日も連続すき焼きできついっす」

「えっ」

 1日目に関東風、2日目に関西風、そして今ハイブリッドを楽しんでいるが、鍋とは違ってベースの味付けは同じなのだ。

 厳しすぎる。

「ご飯おかわり」

 腕を組みながら肉そっちのけで炭水化物を選ぶK。 ラーメン屋の宿命か。

「しょうがないからもう一人知り合い呼ぶわよ」

 

 20分後にギャルっぽい女性がやってきた。

「どうもー金沢かなざわ 咖厘かりんだよー」

 大食いの人だ。 これで勝つる!

 援軍のおかげで今度はカレーすき焼きに変身して楽しく完食、年を越せましたとさ。

 ちなみに今回の件で富士宮さんやK達と関わった事をきっかけに、京人は『コロソバ』、圭太は『お好みライス』を名乗ることになるが、それはまた別のお話。

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