SUKIYAKI:冬の陣

甘味料ヤギミルク

前編

「はあ? なんで鍋に全部入れようとするんだよ」

「え? こっちではそういうものだけど?」

「すき焼きなんだから、肉から焼くだろ普通」

「そんなの言われても知らないものは知らない」

「教えはどうなってんだ教えは。こんなのすき焼きとは言わん。すき鍋か牛鍋だろ」

「ごちゃごちゃうるせー!」


 すき焼きとしゃぶしゃぶが売りのチェーン店で働く俺、文地ふみじ 説明とくあきこと地の文は目の前で騒ぐ迷惑な客に困ってる。

 どうやらすき焼きの関西風と関東風で言い争っているようだ。


「春菊入れると匂いが移るだろ」

「春菊ないと甘い味ばかりで気持ち悪くなるから無理」

「しらたきの隣に肉を置くと固くなるだろ」

「それ、あまり変化しないって発表があったぞ」

 

 まだ言い争っている。

 さて、この迷惑客は俺のクラスの同級生だから説明しよう。

 関東風派の方は、あずま 京人けいと

 名前の割には埼玉県出身だ。草は食べない。

 関西風派の彼は、阪田さかだ 圭太けいた

 大阪だけが関西じゃない。兵庫県出身。

 でもこいつ確か小学校からずっと東京だったはずだし、実質東京だろう。

 ちなみに話の中心の一つである関西風は京都の京風すき焼きの事を指す。兵庫と京都の百合に挟まれる大阪は今回出番なし。

「おい地の文」

 少し前までは関東風でも文句を言わなかったのだが、昨今のSNSや動画サイトで『すき焼きは関西風しか認めない』『割り下ある時点で関西風じゃない』『ルーツは関西だから関西が正しい』等々、色々なコメントに触発されたようで、今に至るようだ。

「おい地の文、聞いてんのか」

 ネットの影響って怖いねえ。

「おい!」

 エプロンを引っ張られてしまった。カスハラか?

「「少し黙れ」」

 はい。



 俺、京人は今目の前の友人、いや敵の小言にうんざりしている。

 何が肉から焼けだの、割り下使うなんてすき焼きじゃねえだ。

 こっちにもこっちのルーツと食文化ってものがあるんだ。


 諸説はあるが確かに牛鍋が関東風のルーツだ。が、そんな話どうでもいい。

 そもそも割り下をあらかじめ作ることで砂糖と醤油を都度調整する手間が省けるのだ。鍋をずっと見る手間より、のんびりしてたい。

 東京どころか関東のすき焼き店でやるならこの関東風すき焼きが一択だろう。それを目の前の似非関西人は

「だーかーら、すき焼きなんだから普通焼くだろ」

 ことあるごとに関西風は素晴らしいだの関東はダメダメだのケチ付けてくる。

「そもそも論で割り下使うのなんてすき焼きとは言わん」

「はあ? この店は割り下が最初から提供されてるんだから何言ってんだよ」

「それがおかしいって言うんだよ」

「いや、おかしいって言われても困る」

 マジで困る。そこケチつけられたら何を食えって言うんだ。

「じゃあ店にお願いして醤油と砂糖お願いするのか?」

「もう材料ぶち込んだから遅いだろ」

「んじゃ文句言うな」

 俺ら二人は黙々食べる。


 暫く食べてる時の事。

「流石に飽きるな」

 時間が経つにつれて肉や野菜もほぼ割り下の味になってしまう。そうなるとお腹いっぱいの前に飽きが来てしまう。

「甘いのもあって猶更な」

 圭太もうなずく。

「そろそろ〆にするかあ」

「ああ」

 腹いっぱい食いたいのだが、味変しづらいのと割り下の味が濃いのもあってキツイ。

 なので早い段階だが〆のうどんへ。

 

「それにしても春菊には助けられたな」

 春菊嫌い?の圭太が認めてくれたようだ。

「だろ? 甘い味付けになりがちなすき焼きの具に春菊みたいな苦みがある事で実質口直しが出来るっていうもんだ」

「それでもやっぱり……」

「しゃぶしゃぶと違ってタレで味変出来ない分キツイところはあるな」

 男としてはしゃぶしゃぶよりすき焼きを食いたいものだが、この『飽きやすい』という欠点は逃せない。

「へへへ、だから関東は関東なんだよ」

 圭太が突然関東をディスる。

「まだいうのかよお前」

「まあまあ、関西風って言うのを見せてやるから明日俺の家に来いよ」

「お、おう」

 この日、関東風はマイペースに進行できるが、味の幅を広げられない欠点を残して次の戦へ進む。


 


 次の日の夕方。

 俺こと圭太は今、京人を迎えている。

 なんだよ関東風って。すき焼きの始まりって京都からだろ。それをさも関東風が主流で~すって顔しやがって。これだから東京モンは。

 ちなみに家庭や店によって砂糖と醤油以外にもみりんを加えたり料理酒を加えるパターンがあるのをこの時の俺は知らない。

 

「おうおうおう、関西風ってやつの真髄みせてもらおうか」

 なんて偉そうなんだこいつ。

 てか昨日、飽きるだなんだの言いだしたのこいつじゃねえか。なかったことにしやがって。

「じゃあ俺は関西風っての知らないんで任せるわ」

 リベンジだ。ぎゃふんと言わせてやる。


「なあ?マジで肉だけから最初に食うのかよ」

 京人の先制攻撃。しかも初手。初手の肉でケチ付けだ!

「そりゃそうだろ。肉の風味やそのままの味を楽しむんだから」

「いや、肉だけだとキツイ」

「は? そこの白飯と一緒にかきこめばいいだろ」

「だから、それ込みで肉だけはきちいんだって。せめて大根おろしをくれ」

「女の子かよ」

「こんな脂多いの食えねえよ。粉もん食いすぎて頭悪くなったか?」

「兵庫は明石焼きだから粉もん関係ねえ」

「見た目たこ焼きだから一緒じゃね?」

「ちげえよ」

「お前都合のいい時だけ関西と兵庫分けるよなー」

「ちっ」

 文句言われつつも、こいつにぎゃふんと言わせるために我慢する。


「なあマジでそこまで砂糖ぶち込むのか?」

「ああ」

「なんかこの前調べたやつだと砂糖なんて入れなかったぞ」

「は? 醤油だけ?」

 京人にスマホを見せられて「マジで砂糖じゃなくて少量のみりんと醤油かよ」と驚いた。

 それでも矜持がゆるさないので言い返す。

「砂糖入れると香ばしい匂いがするんだよ」

「え? でも和牛って既に香りついてね?」

 こいつネチネチうるせえな。

「てかこっちだと大根おろしもあるな」

「あ、マジだ……けど」

 お前が見てるの多分関西風じゃないぞ。と突っ込みたいが諦める。


「ほら、食えって」

「お、おう」

 京人に食わせる。

 これを認めさせれば、明石焼きを粉もんとも言わせなくしてやる。

 反応はいかに……?

「う、うめえ」

「だろ? 割り下の味になるよりこっちの方がいい」

「次はちょっと砂糖少な目にしてくれ」

「おうよ」

 ふん。どんなもんだ。つい得意げになって追加で作る。


「やっぱ野菜欲しくなるけどうめええ!!!」

 京人が叫ぶ。

「ほら、今度こそ野菜入れるぞ」

「やっとか」

 野菜を投入するが、この時重大な事に気付く。

「俺が肉食ってねえ」

「ワロタ」

「いや、ワロエナイ」

 初手の肉で決まるって言うのに何たる失態。圧倒的後悔。

「どうせまだ肉余ってるんだからその時に食えばよくね?」

 京人は分かってない。初手肉の重要性はりゅう〇まいに並ぶものだと。

「まあ仕方ないな」

 俺は諦めて野菜の後に肉を入れ、砂糖と醤油を全体にかける。

「やっぱ肉と野菜で一緒に食べる方がさっぱりしていいな」

 京人はまだ文句を言いつつも食べる。


 普段すき焼きの焼き加減とかは親父とお袋がやってくれてたなこういうの。両親に感謝しつつ、一人だと結構きついなと学んだ。


 〆の時。

「〆のうどんは関東風と違った味わいがしていいな」

「だろだろ? こう、肉や野菜のうまみが詰まった残り汁を使ったうどんは格別よ」

「ああ」

 京人も満足してる。これはやったか!? メイン関西風。これで勝つる!

「でもなんというか肉の品質で味が左右しそうだし、手間もなあ……」

「お前まだ言ってんのかよ」

「これが脂多い肉とかならどうなんだよ」

「それなら赤身の多いの買えばいいんじゃね」

「豚肉とか……あと脂が強みの牛肉とかどうするんだよ」

「豚肉とか鶏肉とかって使うのか? 普通牛だけじゃね?」

「でも昨日の店はあったぞ」

「それ店の都合じゃねえか」

「じゃあ脂が強みの方は?」

「そんなのあるのかよ」

「ブランド牛」

「そんなもん俺に求めるなよ」

 買えねえよ。米沢牛とか松阪牛とか、今ここで求められても買えねえよ。

 

 2日目、関西風は調味料がそろえば味付けによる展開戦術とスピードが強み。しかし、グルメにこだわりすぎる県民性とスピード勝負が年末のまったりしたい気持ちと相性悪い。

 両者の特徴は相反するものなので、どれが正解とは語れなくなってしまった。

 よって引き分けとする。

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