10.エロ理事長から彼女を守れ
そこへ鈴音がタブレットを持ってやってきた。
「お二人とも、これを見て下さい!」
見ると、生徒会役員のSNSアカウントに地元のラジオ局からDMが届いていた。
「地域行事を紹介する番組に出演してほしいみたいです! 収録は来週で、局の人が学校に来て録音しくれるみたいですよ!」
「面白そうだが上官の許可をとらねばなるまい。迂闊なことを喋れば軍法会議だぞ」
美音の言う通り、ラジオへの出演となれば校長や理事長の許可が必要だろう。
「では私から伝えておきましょう。しっかりと説明すれば承諾してくれると思います」
梨香さんの言葉に「ご一緒します!」と鈴音が挙手し、今日中に許可を取ろうと鼻息を荒くする。できるだけ早く返事を送りたいらしい。たしかに
「やる気になるのはけっこうだが、セクハラ理事長に喋れるのか?」
「う、うるさいわね! それぐらいできるわよ! 会長もいるんだし!」
鈴音はイーッと歯を出し、梨香さんの腕に抱きついた。
二人が生徒会室を出て行くと、美音が大きなため息を吐いた。
「鈴音に伝令兵は無理だろう。砲撃を避けつつ塹壕を駆ける激務だというに」
「会長と一緒ですからきっと大丈夫ですよ」
美音を安心させようと口にしてしまったが、そもそも梨香さんも理事長のことが苦手なはずだった。説明の途中でセクハラを受けるのではないかと僕も心配になってきた。
「あの、大将。僕も援護に行ってよろしいでしょうか?」
「志願するとは立派だぞ曹長。後の作業は私がやっておくから同行を許可する」
「ありがとうございます。では、自分はこれより会長と大将のお姉様の支援に向かいます」
「む? なにを言っている? 姉が私で、妹が鈴音だぞ?」
「え! てっきり逆なのかと思ってました、台詞も鈴音のほうが先にきていたし……」
「なにを意味不明なことを。そんなことはいいから行け。成功すれば昇格してやる」
僕は二人を追って廊下を駆け出した。
追いつくと、ちょうど梨香さんが理事長室のドアをノックしていた。
失礼しますと声をかけて、僕らは入室した。
部屋には黒い絨毯が敷かれ、革張りのソファーや熊の彫物が飾られ硬派な雰囲気が漂っているが、その主である理事長は好みの女子生徒に熱い視線を送る、恥知らずな中年なのだった。
梨香さんからラジオ局から連絡があったことを伝えると、理事長は机に肘をついたまま大きく頷いてる。なんだかこの姿勢と仕草、どこぞのロボットアニメの司令官に似ているな。眼鏡はかけてはいないけど。
「ちなみに、番組で話す内容はこれから決めるのですか?」
「はい。ラジオ局が事前に取材内容を報せてくれるので、それに合わせて原稿を作ります」
碇司令……、じゃなくて理事長の質問に鈴音が答えた。
「では完成したら見せにくるように。二人で、じっくりと打ち合わせしましょう」
「え、二人きりですか?」
びくっと、肩を強張らせる鈴音。理事長は彼女を見据えて舌なめずりをすると、狼のように息を荒くしていた。
「理事長、打ち合わせまでは必要がないかと。原稿の添削さえいただければ――」
「――会長でもかまいませんが?」
理事長の眼差しが、触手のように二人にからみつく。梨香さんの胸と、ニーソックスから剥き出る鈴音の太股を交互に見ているようで視線が上下していた。
「では、立花に原稿を作らせますので完成したら僕が持ってきます」
僕はすかさず立ちはだかった。
「おそらく月曜にはできると思いますが、理事長の都合のいい時間はありますか?」
「ふっ。それなら教頭にでも添削してもらえ」
「よろしいのですか?」
「私は忙しいんだ」
理事長の口調が百八十度変わる。僕と女子生徒じゃ態度が雲泥の差だった。
「ところで九条会長、予算はどうでしたか? 各部からの同意は得られましたか?」
僕を避けて梨香さんに視線を向けようとするがそうはさせない。概ね同意は得られ、軽音部からも返事がある見込みだと報告すると「そうか」とそっけなく返事をされた。
「他に確認事項はありますか?」
「もうけっこう」と、蠅を追い払うように手を振られ、してやった気分になる。権威を後ろ盾に女子生徒に肉薄するなんて横暴は許されないだろう。
そもそも生徒会役員とはいえ、一生徒が理事長に報告や予算交渉なんてしないはずだ。これは本校のモットーである『自立』できる力、生徒一人一人が自分で物事を決定し、ときには選択肢を勝ち取る交渉力を養う為の取組みであるらしい。
退室して色欲中年の魔の手から逃れた途端、鈴音が抱きついてきた。
「お二人ともありがとうございます、こんなにネチネチ見られるなんて想像以上でしたぁ!」
「私はなにもしてないわ。盾になってくれた根岸くんに感謝しなくちゃ?」
「それにしても、いつも一人で会っていたなんて、会長も大変ですね」
「うん。正直、まだ慣れないわ。今度から根岸くんに同行をお願いしようかな」
「私も理事長に会うときは根岸先輩と一緒がいいです! 防壁になりますから!」
僕らは生徒会室に戻ってからラジオ局に返信し、原稿について意見を出し合った。
今日は凛の迎えがあるので早めに下校したが、その時点で大まかな内容は決められたし、後の作業は鈴音に一任できそうだ。彼女も週末中に完成させると意気込んでもいる。
一足先に退室したとき、梨香さんが僕を追って昇降口までやって来た。
「今日もいろいろと助けてくれてありがとう。明日は、私がお礼をするからね?」
□■□■□
少し暑さを感じる土曜の朝。家の外には陽気な日差しが降りそそいでいるが、午後からは雨が降るらしく、僕はショルダーバックに折り畳み傘を入れておいた。
僕は準備を整えたが、凛はまだリビングで受話器を握っていた。
「――わかってるってママ。お兄ぃの友だちの言うこともちゃんと聞けるもん。それじゃあね。お土産にパンフレット買ってきてあげるから」
乱暴に受話器を置くのを注意するも、頬を膨らませた。
「ママってば、そんなに心配なら一緒に来てくれればいいのに」
「お仕事だから仕方ないさ。それに、映画に行くのを許してくれたんだから感謝しないと」
最初は僕らだけの外出に難色を示していたが、僕の友人、それも生徒会長が付き添ってくれることを伝えて許可が下りたのだ。
凛と手を繋いでバス停に行くと、そこには梨香さんが待っていた。
「初めまして凛ちゃん、今日はよろしくね?」
「凛、昨日のグッズの写真は梨香さんのものなんだぞ?」
「え、そうなの!」
戸惑う凛だったが、それを知って梨香さんに飛び寄っていた。
バスに乗ると二人はカルルピトークで盛り上がっていた。モールに到着しても梨香さんのおかげではぐれることはなかったし、映画館でも座席の券をすんなりと買えて、無事に鑑賞することができたのだった。
「わっ、すごいことになってる!」
ランチを終えての一服中、梨香さんが声を上げた。
「どうしたんですか?」
「ネットで映画の感想を見ているんだけど、炎上しているの……」
「嘘っ? 酷いところなんてなかったのに」
検索してみると、ダイエルの退場についての嘆きが投稿されていた。
敵でありながら美しい容姿とツンとした態度をする人気キャラなので、別の姿になったことを惜しまれているようだ。大きなお友だちの間では、
「すごい、『ダイエル』がトレンド入してる!」
「もう! 『光墜ち』まで書いたらネタバレになるじゃない!」
「でも、梨香さんならダイエルが途中で味方になるのわかってたんじゃないですか?」
「凛も知っていたよ! 最初の歌で三人がポーズしているところ、変な隙間があったもん!」
「それはそうだけど、いつ、どこで、どうやって仲間になるのかを待つのが楽しいのよ。それを先に教えられたらドキドキがなくなっちゃうでしょ?」
ぶーぶーっと、頭から湯気を出しながらツイートする梨香さん。
もちろん本人名義ではなく、ファン活動する為の裏アカでだ。
「あ、ダイヤで思い出した。凛ちゃん、一緒にこれで遊びましょう?」
梨香さんはカルルピのアプリゲームを始めた。ダンスに合わせて画面をタップするもので、入場特典のカードを読み取ればダイヤ専用の曲で遊ぶこともできるという。
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