06.彼女の部屋へ その1


 放課後になった。

 会議室には各文化部の部長が集まっている。

 建学祭では来賓者に教育実績を披露するため催し物を行うか、コンクールでの実績などを展示する必要がある。

 部長たちに予算を伝えるとおおむね合意は得られたが、一つトラブルが発生する。軽音楽部の部長が欠席し、代役として一年生が会議に出席したのだ。新入生に責任を負わせるわけにはいかず、伝言を託すしかないのであった。


「せっかく私たちが作戦を考えたのにサボられるなんて!」

「防衛線の裏をかかれるとは不覚、これではマジノ線の二の舞だ!」


 キシャーっと、怒声を上げる立花姉妹。その腹いせに僕で爪研ぎしないでほしい。っていうか作戦の発案は僕ですけど。


「Not bad。他の部からは賛成されたし一歩前進よ。催促すれば反発されるだろうから、明日まで待ってみましょう」


 会議を終えると窓の外はすっかり暗くなっていた。

 僕と会長は、机を片付けながらペンダントのことについて密談していた。


「もう遅いから撮影は止めましょう。明日、家からグッズを持ってくるわ」

「早くしないと誰かに先を越されるかもしれませんよ。帰りが遅くなっても平気ですから、今日中に撮影しましょう」

「でも……」

「それに、玩具の持ち込みは校則違反です。副業の他にも悪事を働くつもりなら、理事長に密告しますよ?」

「もうっ、意地悪」と、会長が照れ笑いを浮かた。


 今日は母さんが早めに帰れるから遅くなっても平気だ。それに、撮影というのは建前で僕はもう少し彼女と一緒に過ごしてみたかったのだ。


 帰り支度をして下校する。

 副会長と立花姉妹とは途中で分れ、僕は会長とともに家路につく。

 登下校の時間が合わなかったので知らなかったが、僕らの家は同じ方向だったようだ。

 並んで歩きながら、僕は会長とカルルピについて語り合っていた。


「根岸くんも妹さんとカルルピを見ているの?」

「はい。エンディングのダンスも覚えさせられましたよ」

「嘘っ? 踊ってみせてよ」と、意地悪な笑みを浮かべてきたので、冒頭の振り付けを披露すると彼女は一瞬で破顔し、苦しそうにお腹を抱えた。もちろん二人きりだったからできたのであって大勢の前で披露する度胸はない。


「やめてよ、窒息するかと思ったわ!」

「会長が命令したんじゃないですか! っていうか、会長だって踊れるでしょ?」

「当然よ、前作のだって踊れるわ!」


 毎年一月から新作が始まり、翌年にも似た系統の作品が放送される。女児アニメに限らず、日曜の子ども向け番組とはそういうものだ。

 彼女は物心ついた頃から気高いヒロインたちに憧れるようになり、小学校では学級委員を、中学から生徒会役員を務めて今に至るのだという。


「カルルピ以前の作品は知らないですね。凛がまだ興味を持っていなかったから」

「ふっ、まだまだね。私は初期作からのタイトルとストーリーも順番に言えるわよ?」


 えへんと、どや顔をする会長。この人、威張り顔もするんだな。


「歴代の作品を見ている会長でも、カルルピへの愛はトップクラスなんですね」

「もちろん、あれは傑作だもん!」


 会長がカルルピの、とくに主役であるパールへの愛を語る。どんなに辛いことがあっても、誰かの為に一生懸命になれる彼女を見ていると力が漲り、それを模範できるのだと。

 笑顔を咲かせる会長に、僕も自然と微笑んでしまう。

 こっちの笑顔のほうが素敵だな。

 生徒会長時に浮かべる笑みも綺麗だが、心の底から嬉しそうな顔をする今のほうが美しい。けれど不意に彼女はそれを萎れさせるのだった。


「どうしたんですか?」


 もっと見ていたかったのに。


「ううん。周りの人たちを私の我儘に付き合わせちゃダメだな、って」

「我儘だなんて思いません。僕は大丈夫ですよ」

「嬉しいけど、そうじゃないの。予算のことで立花さんたちに怒ったことがあるでしょ。あれも趣味が影響しているの」


 彼女はピンチに颯爽と駆けつけるヒロインを理想像としてもっており、後輩の前でも格好つけたくて常に自分が率先していたらしい。会長が叱ったのは、新入生が予算に触れることへの問題だけでなく、その機会が無くなったことへの感情が混じっていたというのだ。


「あの子たちは私の為に頑張ってくれたのに、それを否定するなんてダメよね」

「そうかもしれませんが、会長はすぐに反省できていました。立花姉妹が動いたのだって会長の背中を見ていたからではないですか?」


 入学して日が浅いとはいえ、先輩から学ぶことはあるだろう。彼女たちは会長を見習って行動したのではないかと伝えつつ、時には後輩を信頼し、優しく見守ることも大切だと告げた。


「そうよね。パールちゃんだってそう言ってたもんね。私ったら、ファンのくせにすっかり忘れていたわ」


 ふたたび微笑む彼女に、僕は胸を撫で下ろした。即興で考えた無理矢理なこじづけだったけれど、彼女が喜んでくれたのならよしとしよう。

 やがて、中層住宅の一角に洋風なお洒落な家が見えてくる。それが会長の家だった。


「さ、上がって」と、会長が玄関を開けた。


「あれ、友だち? あまり遅くならないうちに帰してあげなよ」


 廊下から一人の女性が現れた。お姉さんのようだ。

 階段を上る途中、階下から話し声が聞こえてくる。どうやら妹さんもいるらしい。


「梨香が男を連れて帰ってきたよ」

「え、お姉ちゃんに新しい彼氏ができたの?」

「彼氏かどうかはわかんないけど」

「どんな人だった?」

「後衛職みたいな男だった」


 僕は階段を踏み外しそうになる。

 後衛職って幅広いですけどどの職業ジョブなんでしょう? まぁ、たしかに剣士や武道家にはなれない体格ですけど。


「あ、ちょっと待ってね。散らかってないか気になって……」


 会長が扉を少しだけ開いて部屋を覗いている。よく考えれば異性の、それも同級生の部屋に入ることなど初めてだ。いったいどんな部屋なんだろう?



「大丈夫、入って」

「失礼します」と、足を踏み入れる。


 会長の部屋は、とても整然としていた。

 カルルピのグッズが山積みになっているのかと思いきや、ベッドと机、本棚やパソコンなど、置かれているものは僕の部屋と同じものばかりだ。でも、どの家具も暖かみのある配色で、鼻腔をくすぐるような不思議な香りが漂っていた。

 カーペットに腰を下ろすと、会長が部屋の隅にあった収納ボックスを運んできた。


「ジャ~~ン! こちらが私のコレクションよ、写真を撮るときはフラッシュ厳禁だからね!」


 そこには緩衝材に包まれたグッズが大量に入っていた。


「あ、このアイテムはレトルトカレーの景品ですよね?」

「え、どうして知っているの?」


 僕はカルルピのキーホルダーを指差した。

 商品のレシートを撮影した人に抽選で当たる景品で、凛が欲しがったので三十回ほど応募し、その間の僕は毎日三食カレーだった。他にも会長のグッズはレアな景品ばかりである。


「これはふりかけの抽選品で、これは展覧会の先着入場特典ですね」

「まさか、全部持ってるの? まさか、私のとっておきを制覇しているなんて……」

「会長もここまで集められるなんてすごいですよ。我が家は凛の為に総力戦ですけど、会長は一人で全部集めたんでしょう?」

「ううん。お姉ちゃんたちにも手伝ってもらってる」

「そういえばお姉さん、カルルピのスナック菓子を持っていたような……」

「フッフッフッ。驚いたわ。様子見をしたのは失礼だったようね――」

「え? いきなり芝居じみた台詞を口にしてどうしたんです?」

「――もう遊びはおわりよ! 根岸くんには、私の本気をみせてあげるわ!」


 第二形態に変身するラスボスみたいな言葉とともに、クローゼットには更に希少なグッズを隠してあることを打ち明けられた。

 会長が戸を開けようとして、はっと僕へ振り返った。


「根岸くん、あっち見てて」

「え?」

「恥ずかしいから……!」

「あ、すみません!」


 僕は赤面するラスボスから顔をそらした。

 そこにはグッズだけでなく、制服や私服、肌着もあるはずだ。決して盗み見たりはしないけど、服を移動させているのか、柔らかい衣擦れの音が聞こえてしまう。

 ぜったいに覗いたりはしないけど、やはり気になってしまう……。


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