02.双子の後輩


「おいネギ、さっき生徒会長から愛の告白を受けたのか?」

「ぶぇ、ごほっごほっ!」


 背後から佐野渡に囁かれ、吹き出したお茶が前席にいるグループにかかってしまった。


「なにすんだ、汚ねぇだろうが!」

「すみません、すぐにお拭きいたしますので!」


 ぺこぺこ頭を下げてどうにか許してもらう。よりにもよって野球部一軍メンバーたちだ。陽キャの権化みたいな人たちに目をつけられたら下位カーストの学校生活なんてお終いだぞ。

 僕は席を立ち、背後の佐野を教室の隅に押し込んだ。


「まったく、朝からリア充さんたちに処刑されるところだったじゃないか!」

「そうか? ノーマルキャラでも限界覚醒すればSSRに勝てるぞ?」


 誰がレアリティ最下位だと、僕は眼鏡を光らせてソシャゲの育成システムを語る佐野を睨んだ。彼は中学からの友だちだ。最高にむかつくときもあるけど、根はいい奴だ。たぶん。


「今日の放課後が楽しみだな。早めに部活を切り上げて覗きに行こうかな」

「怪しいことを考えないでくれ! ただえさえあの人に呼び出されて緊張しているのに!」

「じょ、冗談だよ。そんな怒ることないだろう。まぁ、立ち会えないのなら校内の監視カメラをハッキングして部員皆で見学させてもらうか……」

「ボソッと変なことを言ったろ? 本当にやったら犯罪だぞ?」


 彼はパソコン部だが、部活そっちのけでハッキングやらアカウントの特定等々、怪しげな技術ばかりを研究している。共犯者にみなされるよう距離をとると、先生が教室にやってきて授業が始まった。

 休み時間や昼食中も普段通り過ごすことを心がけ、やがてホームルームが終わり放課後になった。だんだんと教室から人が減り、校庭では運動部のかけ声が響き、部活棟からは吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。


 鞄に荷物をつめこんでいると案の定、佐野がやって来た。


「はやく生徒会室へ行けよ。どうせ暇なんだろ?」

「嫌味な言い方だな。たしかに今日はなんの予定もなかったと思うけど……」


 僕が帰宅部なのは凛のお迎えに行くこともあるからなのだが、今日は母さんが早めに仕事が終わるので本当にすることがなかった。

 教室に残っているのが僕らだけなのを確認すると、佐野は堰を切ったように喋った。


「それで、告白はどうするつもりなんだ?」

「いや、まだそうと決まったわけじゃないし」

「おいおい、それ以外になにがある? 一生徒に伝達なんてあるわけないだろ。今のうちに返答を決めておかないと会長に失礼だぞ」

「そ、そうかもしれないな……」


 悪友にも一理ある。

 もしも『根岸くんのことが好きです!』と、潤んだ瞳を向けられたら、どうすればいいのか? 『お願いです、私と付き合って下さい!』と言われて、手を握られたりでもしたら……。


 ハグ、しちゃってもいいのかな……?

 ……いや、こんなことはありえない! ダメだダメだ、変なことを考えるな!

 僕は妄想を払拭して息を整えた。


「大丈夫。告白だったとしても断るよ。あの人と僕じゃ釣り合わないもん」

「は、それ本気で言っているのか? なんて悲観的なやつ……」

「えつ? まさか応援してくれているの?」

「なんで意外そうな顔してんだよ。とにかく、ドキドキイベントが終わったら報告しろよ。俺はこれから部活なんだから」

「わ、わかったよ。連絡する……」


 僕は佐野と別れた。

 生徒会室は職員室や理事長室のある棟の三階に位置している。広さは普通教室の半分程。ドア窓が磨りガラスなので、廊下からでは会長が在室しているかは見えない。

 ノックをすると「どうぞーっ」と女子の声が返ってきた。

 ドアを開けると部屋の中央に長机が配置され、二人の女子がそこに置かれたノートパソコンの前に座っていた。


「すみません、九条会長に用事があったのですが、もうすぐお見えになりますか?」


 僕の問いかけに、彼女たちが同時に振り返った。


「会長ならしばらく来ないと思いますよ」

「そうそう。単独任務に時間がかかっているようです」


 返事をしたのは、ふわふわした栗色の髪にあどけない顔をした女子生徒だ。

 彼女たちは立花姉妹だ。その可愛らしい外見と、合わせ鏡のような立ち姿から新入生にして一時期校内の話題になっていた双子だ。僕も噂を耳にしたことはあったけど、生徒会役員になっていることは知らなかった。

 こうして本物に出会うと本当に瓜二つだった。

 たしか姉が鈴音りおんで、妹が美音みおんだったはず。

 ヘアピンクロスを右にしているのが鈴音で、左が美音だったかな。

 あれ、右が美音で左が鈴音かな? っていうか、姉が美音で妹が鈴音じゃなかったか? ああ、もう。どっちがどっちかわかんない。天台宗とか臨済宗の開祖を答える試験問題みたいだ。


 頭を抱える僕に、二人が同じ角度で首を傾げた。


「どうしてそんな難しい顔をしているんですか?」

「っていうか、会長になんのご用です?」

「ええっと、なんて説明すればいいかな……」

「あっ! もしかして入会希望ですか?」

「それなら大歓迎! 建学祭で兵員不足だったのだ! I want you!」

「え、建学祭?」


 そう言われればそうだ。

 五月末に学校の創立を祝う校内行事がある。部屋のホワイトボードにも日程表が貼られ、彼女たちが向き合うパソコンも建学祭用の資料が映っていた。


「さっそくお仕事をお願いします! この予算案を作って下さい!」

「理事長に提出する書面だ、不手際があったらセクハラされるから気合いをいれるように!」

「あの、ちょっと待って……!」


 背中を押されてパソコンに座らされる。入会希望ではないのだが二人は聞く耳をもってくれず、先輩なのだから予算もわかるだろうとさえ言われてしまう。


「無理だよ、普通の生徒に予算の配分なんてわかりっこないよ」

「もう、敬語を使って下さい! 生徒会役員になったのは私たちが先なんですから! ねぇ美音?」

「鈴音の言う通りだ! 我々が上官で、貴様は二等兵にすぎん!」

「は、はいすみません!」


 叱られながら画面に向き直ると、ある数字が目に止まって唖然とした。


「え……! ちょっと待って、この金額どういうことですか?」


 エクセルには予算総額が五十万円と記されている。この金額は理事長によって決定されていたらしく、二人はその配分先を入力していたのだ。


「二人ともこんな金額を任されていたんですか?」

「え、ええ。まぁ……」

「うむ……。正直、苦戦中なのだ……」


 萎縮する二人にじっとしていられなくなった。


「とりあえずできましたよ」

「「ええっ、もう?」」


 ぐっと両隣から覗きこんできたので、カーソルを操りながら説明した。


「恒例行事なら過去のデータがあるはずなので困ったときはファイル検索してみましょう。今年は総額が減っているから、固定費以外の経費を均等に下げました。残った予算は催し物のある各部で分けることになりますが、それは部長たちと話し合って決めることになるでしょう」

「「なるほど~~」」と、二人が同時に手を打ち、僕の頭を撫でてくれた。

「お見事です!」

「うむ、上等兵に昇格!」


 笑顔を浮かべる双子に胸を撫で下ろしたが、こんな大金の采配をどうして新入生に任されていたのかが気になった。聞くところによると生徒会役員は四人しかおらず、人手不足の為会計をやらざるを得なかったというのだ。


「そうだったんですか。でも難しい仕事は誰かに付き添ってもらったほうがいいですよ?」

「私たちもそう思いましたけど、少しでも先輩たちの役に立ちたくて」

「九条会長は理事長と接敵中のはずだ。さぞお疲れだろうと思ってな」

「接敵って、戦っているわけじゃないんですから……」

「だって会長は理事長が苦手みたいだし。まぁ、それは私たちも同じですけど」

「女子高生にセクハラしたいが為に理事長になったほどの変態らしいな」

「あはは……。まさか新入生にすら知られているとは、やっぱり有名なんだね」

「もう、笑い事じゃありませんよ!」

「男子は標的にならないから笑っていられるんだろう!」

「うわっ、すみません、ちょ、ちょっと、やめて下さいよぉ!」


 キシャーっと、二人揃って僕の制服の袖で爪研ぎしてくる。まるでストレスを発散する猫だ。ネズミのごとく逃げ回っていると廊下から足音が聞こえ、九条会長が駆け込んできた。


「ごめんなさい根岸くん、私が呼んでおきながらお待たせしてしまって!」

「いえ、こちらこそお忙しいのに急かしてしまってすみません」


 会長の言葉に、姉妹がきょとんとした顔になる。


「この人は会長が呼んだんですか?」

「てっきり入会希望者だと思って一緒に仕事をしたのですが……」

「え? 仕事って何のこと?」


 立花姉妹が予算案を作成できたと告げるも、九条会長の顔色が変わった。


「勝手なことしちゃダメよ、私が来るまで待つように言ったでしょう!」


 びくっと姉妹が体を震わせる。

 その鋭い口調に僕も耳を疑った。

 この人が、こんな言い方をするのか? あまりにもイメージとかけ離れた姿に戸惑いを隠せなかった。

 場が凍りつくなか、会長がはっとなり二人に謝った。


「怒鳴ってごめんなさい。でも、予算決めっていうのは重い責任が伴うから、二人にはまだ早いと思ったの……」

「いえ、こちらこそ勝手なことをしてすみませんでした……!」

「命令を無視した我々が悪いのです、九条会長が謝る必要はありません……!」

「そんなことないわ、二人のおかげでとても助かっているし――」


 彼女は反省しているらしい。

 僕も姉妹への責任を逸らそうと勝手に予算を入力したと告げた。過去のデータをもとに作成してみたのだと。数字を眺めるのは、慣れているので。


「根岸くんが作ってくれたの?」と、データを眺めた会長が目を見開く。この配分なら自信をもって理事長に提出できるという。


「皆ありがとう、これなら承認されるはずよ!」


 会長の笑顔に姉妹も喜んでいる。後輩のフォローができたようで、僕はひとまず安心した。



「あの、根岸くん。一緒に屋上まで来ていただけませんか?」


 ぐいぐいと袖を引っ張られながら「二人きりでお話ししたいんです」と囁かれた。

 聞き間違いかと思って確認すると、彼女はこくんと頷いた。


 ――あれ?


 予算案が完成したことで今日の活動は終了となり、立花姉妹は荷物をまとめていた。


「それでは会長、お先に失礼します」

「一七〇〇、状況終了。これより撤収します」


 彼女たちが下校し、生徒会室は僕らだけ。伝達事項ならここでもいいはずだが、それでも会長は屋上に行きたいらしい。また、彼女の頷き方に既視感を抱かされた。横髪を押さえて上品に腰を折る姿をどこかで見たような気がするのだ。


「根岸くん、どうかしましたか?」

「いえ、なんでもありません。きっと、気のせいだと思います……」


 僕らは屋上に出た。

 ここには給水塔があるだけで、他にはなにもなく、誰の姿もなかった。

 五月になって温かくなったとはいえ、日が落ちるのはまだ早い。

 茜色の空は西へ追いやられ、遠方の建物は長い影を伸ばしている。

 不意にショッピングモールが見え、クイズ大会のことを思い出した。


『あっ! もしかしたらあの人、遥兄ぃのお友だちだったりして?』


 凛の言葉が頭をよぎり、既視感の正体に気付く。会長の頷き方は会場にいた女性と同じだし、体格も似ている。まさか、二人は同一人物なのか?

 いや、そんなわけがない。

 たしかに僕は彼女のことをなにも知らなかった。

 いつも天使のような笑顔を振りまいているように思えても、先程のように後輩を叱ることだってあるし、完全無欠に思えても反省することもあるだろう。

 だけどそれとこれとは別だ。

 いくらなんでも彼女があんなガチ勢さんのわけが――


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