優秀で可愛らしい君(皇太子視点)
皇后陛下との面会に訪れたリリアヴェルは、緊張致しますわ~と直前まで言っていたのに、その欠片も感じさせない程堂々と皇后の前に進み出て、美しい淑女の礼を披露した。
王国ではスカートを摘んで膝を屈するが、帝国では腕をドレスの膨らみに添わせる様に広げて、そのままの態勢で深く身体を落とす。
足の筋肉、上半身の筋肉、体幹がしっかりしていないと、美しくはならない。
まるで重さを感じさせないようにふわり、とスカートの裾が床に広がって、美しい帝国語で挨拶が紡がれる。
「帝国の輝ける月、皇后陛下に、王国が公爵家ハルヴィア家の息女リリアヴェルがご挨拶致します」
「よい。顔を上げよ」
音もなくふわりと立ち上がり、可愛らしく微笑むリリアヴェルに皇后は二度三度頷いた。
挨拶も見事だが、美しく流暢な帝国語も完璧だ。
「其方の帝国語は中々に美しい。教師が優秀だったのでしょう」
「はい、陛下。ディアド公爵家に降嫁されました、オーギュスティーヌ殿下よりご教示頂きました。今でも時折、お茶をご馳走になっております」
「懐かしや。あの気難しい義姉君がな……それは重畳。わたくしも折角だから挨拶をしなくては」
上機嫌の母を見て、メグレンは微笑んだ。
思った以上に優秀なリリアヴェルに満足したようである。
「それでしたら、お勧めのお菓子がございますの」
「ほう?義姉君は甘い物が得意ではなかったようだが……」
皇后の問いに、リリアヴェルが控えめな笑みを浮かべる。
「はい。わたくしもそうお聞きしていたので、お土産に王都の中でも甘さを抑えた味を看板にしている菓子店で、幾つか商品を見繕ってお持ち致しましたの。今でも大変気に入られていらっしゃいます」
「そうか、そうか。わたくしも是非賞味してみたい」
「では後ほどハンスにお伝えいたします」
ハンスとはこの屋敷の家令で、何時の間に名前を知ったのか、リリアヴェルが当然の様にその名を口にした。
この屋敷に訪れたのはまだ一度きりである。
母への面会のこれが二度目。
驚きを笑みで押し隠したメグレンに、皇后は笑顔で頷いた。
「後は不肖の息子とゆるりと過ごすが良い。早く其方と二人きりになりたいと睨まれるのでな」
「ま、まあ……」
途端に顔を赤く染めるリリアヴェルを見て、メグレンも愛しさに微笑みを浮かべた。
「はい、母上。老兵は去りゆくのみという言葉もございます」
「ま、何と無礼な」
扇で息子の肩を叩いて、皇后は部屋を立ち去っていく。
リリアヴェルは見送る為に、再び美しい淑女の礼を執った。
「さあ、愛しい人。庭でお茶でも飲もうか」
「は、はい。メグレン様」
今まで見たことがないくらいに、母の機嫌は良かった。
反対をされようと押し切るつもりでいたが、祝福されるに越した事は無い。
物怖じせず、されど礼節を持ち、変な野心も抱かないリリアヴェルは、真っすぐにきらきらと愛情を込めた目でメグレンを見つめてくる。
それがどれだけ得難い物なのか、メグレンには分かっていた。
「半年を待たずに連れ去りたいが、学園で友人と過ごす時間も大切にしないといけないからね」
「はい。メグレン様。それに、わたくしもまだ帝国の勉強が足りておりません。……あの、ダンス……なども……お相手頂けると嬉しゅうございます……」
もじもじと頬を染めて、乞う姿の愛らしさにメグレンは軽く眩暈を覚えた。
「ああ、勿論。何日でも君の元へ通おう」
「楽しみにお待ち申し上げます……!」
エスコートする手をきゅっと握られて、リリアヴェルの華奢な手をぎゅっと握り返せば、また頬を薔薇色に染め上げる。
今すぐ抱きしめたい衝動に駆られるものの、窓からは母の鋭い視線を感じてメグレンは思い留まった。
仮にも婚約前である。
不埒な真似をすれば、容赦なく皇后の雷が落とされるだろう。
もしかしたら弓で射られるかもしれない。
それ位不穏にして鋭い気配が背中に注がれていた。
母の怒りもそうだが、数日前まで手を握った事さえない、と頬を染める無垢なリリアヴェルも、急いては恐怖を感じるかもしれない。
先は長いのだ、とメグレンは初めて生殺しという経験を得て幸せな溜息を吐いたのであった。
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