お兄様聞いてます?わたくし幸せ過ぎるのですが?

メグレンはカインとリリアヴェル兄妹の前で話した通り、その日の内に父の公爵と婚約の約定を結んだ。

正式に書面を交わすのは、メグレンの母である皇后の承認を得てからだが、基本的に反故に出来ないように強制力を持たせる約定である。

たとえ母が反対したとしても、メグレンはリリアヴェルを放すつもりはなかった。


幼い頃から文武両道を叩きこまれ、英才教育を受けて来た。

周囲にも当然、側近や婚約者候補も優秀な者達が集められていたのだが。

帝国という国柄、蛇のような強かさを持つ女達が多い。

権謀術数を駆使して成り上がろうとする有象無象は、皇后である母親の領分にまでうっかり足を踏み入れては処断され、かといって優秀さを見せられない者も排除され。

息の詰まる宮廷から抜け出して、他国の人達と触れ合ってみたいと短期留学していたのである。

そこで出会ったのがカインであり、リリアヴェルだ。


最初にリリアヴェルと出会った時、完璧な帝国語に驚きを隠せなかった。

淀みなく上流階級の言葉回しを使い、挨拶の所作も美しく、王子の後ろで控えめに微笑んでいたのだ。

優秀かつ邪気をもたない女性、というのがまず目に留まったが、所詮他人の婚約者で。

それが、カインの話で破棄されると耳にした時に、もうすでに心の半分は決まっていたのだ。


ところが改めて出会って言葉を交わしたら、予想以上の可愛らしい振る舞いに心を全部持って行かれてしまった。

真っ赤に頬を染める姿も、抱き寄せられてぴたっと寄り添って離れないところも。

まるで小動物に好かれているかのようで、愛おしかった。

それに何より、些細な事で幸せそうに笑顔を見せる所が、何よりも胸をぎゅっと掴んでくる。


「はあ、可愛い」


思い出しては思わず呟いてしまうほどには。

公爵と話しに王城に向かう前に、手紙を運ぶ用の隼を帝国へと向かわせてある。

帝都と王都は5日程度の馬車旅でたどり着けるのだが、帝国で訓練された特殊な鳥を使えば一昼夜で手紙だけは届く。

だが、まさか、5日の距離を皇后が2日で踏破して駆け付けるなど、誰が予想しただろうか。


「早く、会わせなさい」


カッと目を見開いて命じる母に、メグレンは呆れ半分で言った。


「せめて今日は旅の疲れを癒す為にお休みください。どうやって二日でこの距離をきたのです」


はっきりいって同道した騎士達は満身創痍、瀕死などという言葉が似あう位疲れ切っていた。

何より目の前の母親は乗馬用にしては厳つい鎧姿である。


「何を腑抜けた事を。馬を乗りついで駆ければ問題ない」


ソウデスネ、と棒読みで返したくなったが、そこまで急かしたつもりはメグレンにもなかった。


「急いでお出まし頂いた事には感謝しますが、母上。彼女は大変愛らしい花のような女性なので、決して脅かさないで頂きたい」


「わたくしに意見するとは生意気な。……ふむ、余程気に入ったと見える。善処しましょう」


侍女に鎧を外させながら、厳しい目を皇后が細めた。

メグレンは頷きながら、椅子に腰かける。


「それと、婚約式は母上の承認を頂き次第執り行いますが、彼女は学園を卒業してから連れ帰ります。それまで半年間、私もこの地に留まりますので、お許しを」


「それは構わぬが、婚約するからには誰にも奪わせるでないぞ」


「勿論です、母上」


言われるまでもなく、メグレンは会ったその日からリリアヴェルを逃がす気はなかったのである。



***



「わたくし!こんなに幸せで良いのかしら!!!ねえ、お兄様、聞いてらして?」


「いや、聞いてるけど。それもう100回位言ってるの気づいてる?」


何度もやり取りを繰り返すが、リリアヴェルは頬を染めてはふぅ、と幸せな溜息を零している。

初めての逢瀬から三日、メグレンは毎日リリアヴェルに贈り物を携えて会いに来てくれるのだ。

貰った花は押し花と、乾燥花ドライフラワーにして、香りのある花は匂袋サシェにして大事そうに持ち歩いている。

有名菓子店の菓子は、食べた後も大事そうに箱を取っておいてにこにこ眺めていた。


「まあ、うん、幸せそうで何よりだけど、明日は皇后陛下にお会いするんだから早めに休んだ方がいいぞ」

「緊張いたしますわ……どう致しましょう、反対されてしまったら」

「諦めるかい?」


にこっとカインが微笑めば、唇を窄めて一瞬考えたのちリリアヴェルは首を左右にブンブン振った。

メグレンが望んでくれたのだから、何をしてでも生き残りたい。


「諦めませんわ!!!!!」

「その意気だ」


応援したものの、本人が心配する十分の一もカインは心配していなかった。

メグレンの強力な囲い込みもあるが、公的な場でのリリアヴェルは驚くほど優秀だ。

それはもう、別人の域で。

いったい、あの淑女がどうやったらこんなにポンコツになるのだと不思議になるくらい、愛する男の前では跡形も無いのに。

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