君が戻らないのは兄の入れ知恵か(王子視点)

三日も戻らないリリアヴェルに、ヨシュアは流石におかしいと思い始めていた。

病気なのではないか?と思い、父親であるハルヴィア公爵に尋ねてみたが、「家で元気に過ごしております」と言われただけだったのである。

側妃の話は?と思ったが、公爵に直接聞くのはさすがに不味い。

既に婚約は解消して、国王と王妃には本人の了承を得ている体で話を進めているが……。

だが、公爵の様子からはその話が進んでいるとは思えない。

あくまで、「リリアヴェルの望み」でないといけないのだ。

王家からの命令だと思われてしまえば、身分社会を覆す大罪と目されてしまう。

勿論、ヨシュアの希望ではある。

そう伝えればリリアヴェルは喜んで献身するのだから。


「仕方がない。迎えに行ってやるか」


戻らないリリアヴェルに痺れを切らして、翌日の学校帰りに公爵邸へ寄る。

先触れを出したので、問題なく居間に通されて、リリアヴェルに挨拶を受け、ヨシュアは本題を切り出した。


「何故、城に戻らない」

「何故?と申されましても?お休みは一週間頂いておりますし、もう婚約者ではないのでお城に戻る必要はないとお兄様にもお父様にも言われております」


は?


何を言っているのか、一瞬ヨシュアには分からなかった。

確かに、婚約解消は済んでいる。

休みはまだ四日あるのも知っていた。


だが、戻らなくていい、とは何だ?


「それは困るよリリアヴェル。側妃になってほしいと言っただろう?」


両手でリリアヴェルの手を挟み、リリアヴェルの愛するキメ顔を見せる、が。

リリアヴェルはスッと目を逸らした。


「あ、えぇ、はい。でも、そのお話はお受けできません」


断られると思っていなかったヨシュアは、逸らした視線の先に再び身体を捻じ込んで見つめる。


「そんな事を言って困らせないでおくれ。僕には君が必要なんだ」


「……えぇと……レミシア様がいらっしゃるではないですか?」


スッとリリアヴェルは反対側に再び視線を移す。

ヨシュアも再び、視線の先にキメ顔を捻じ込んだ。


「レミシアに執務は荷が重い。君の力が必要なんだ」


今まで喜んでその労働力を提供してくれたのだ、今回も上手くいくだろう、とそう思っていた。

しかし、ヨシュアから視線を外す様に、リリアヴェルは視線を天井に向けている。


「無理なのです」


「何故なんだ」


手をぎゅっと握ってみるが、反応はない。

今までなら嬉しそうにはにかんで、こちらをじっと見つめてきたというのに。


「他に好きな人が出来ました」


そういう事か。

カインの入れ知恵だな。


ヨシュアは眉を顰めた。

公爵家が側妃という立場を不満に思うのは仕方がない。

だから、我慢して気のない振りをする芝居をしているのだろう、とヨシュアは当たりを付ける。

今までずっと、ヨシュアを追いかけまわしてきたリリアヴェルが、他の誰かを好きになるとは思えなかった。

視線を合わせないのは、それを悟らせない為だろう。


「ずっと何年も僕の妃になるために研鑽を積んできただろう?そんな簡単に捨てられるものなのかい?」


「はぁ……えぇ……まぁ……」


「僕は君のこともきちんと愛しているよ」


「はぁ……初耳ですが、……そうですか…」


目を瞑ったまま、リリアヴェルは曖昧な返事を繰り返す。

そこで、カインが部屋に入ってきた。


「幼気な妹を騙すのは止めて頂こう」

「お兄様!」


先程までの虚ろな人形のような様相から突然息を吹き返したように、ぴゃっと手を放してリリアヴェルはカインの後ろに隠れた。


「失敬だな。……だがまあいい。リリアヴェル、また学園で会おう」

「……はい殿下」


顔も出さないまま、カインの背後からリリアヴェルの短い返事が返ってきて、ヨシュアは仕方なく公爵邸を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る