第3話 お兄様!この方、世界一カッコイイですわ!?

翌朝、頃良い時間に家紋の入っていない黒塗りの馬車が公爵邸へと滑り込んだ。

めかし込んで出迎えたのは、リリアヴェルだけでなく、家人全員である。

使用人達も全て玄関前に並んでのお出迎え。

カインは頑なに「貴公子」としか口にはしなかったが、他国の王族であることはリリアヴェルにも分かっていた。

それはカインが正妃と側妃、と口にしたからだ。


「帝国の猛き狼、皇太子メグレン様にご挨拶申し上げます」


友人であるカインがまず挨拶を向上を述べ、両親とリリアヴェルは静かにその挨拶に礼を執った。


「良い。非公式の場だ。今日はカインと美しい妹君に会いに来た。他の者は下がってくれ」


堂々たる威風に、リリアヴェルは大きな目をパッチリと見開いた。

黒髪は艶やかに流れるようで、瞳は細く切れ長。

冷たそうな青の瞳が、やや垂れる目尻で柔和さも醸し出している。

確かに物凄く美形。


好みではないけれど、大変、宜しゅうございます。


「妹のリリアヴェルにございます。ようこそお運びくださいました。僭越ながらお庭をご案内致します」

「ああ、宜しく頼むよ」


笑まれると、より優しさが際立ち、小鹿のようにリリアヴェルの鼓動が跳ね上がった。


「俺は先に茶でも飲んでるよ」


言葉を崩したカインが、ぽんと気軽にメグレンの肩に手を置いてから歩き去っていく。

それを笑顔で見送っていると、すっと、形の良い掌が差し出された。


「お手をどうぞ、リリアヴェル嬢」


「あ、は、ひゃいっ!」


思わずリリアヴェルは緊張のあまり声を裏返してしまった。

何せ、慣れていないのである。

ヨシュア王子は庭を散策する時も手を引いてくれる事は無いし、夜会の時に儀礼的に同伴エスコートする時くらいである。

そんな時は大抵、私用ではなく公用の行事なので、照れている暇も堪能する暇もないのだ。

手を添えると、ぎゅっと握られて、思わずリリアヴェルの口からムフっと吐息が漏れてしまった。


何て男らしい力強さなのかしら!


背もお高くていらっしゃるし、見事な体躯、ですわ!!


肩幅も広い上に、大人の色香を纏っていて、布の上からもしなやかな筋肉が躍動してる様が見て取れる。

ぎくしゃくと、庭の方に歩き出した時に、メグレンに気を取られるあまりにリリアヴェルは敷石に躓いてよろけてしまった。


ああっ……私終了の御知らせ……!


無様にべしゃっと転ぶ様を思い浮かべて、リリアヴェルは目を瞑った。

昔、ヨシュアを追いかけている際に、そうやって盛大に転んだ挙句に泥を被って、冷めた目を向けるヨシュアに「無様だな」と鼻で嗤われた事が走馬灯のように頭を駆け巡る。


いえ、そんなお顔もご褒美でしたけれども……!


だが、腰をぎゅっと支えられて、気が付けば広い胸に顔を寄せる形でリリアヴェルはメグレンに抱き止められていた。

ヨシュアには振り払われたり突き飛ばされた事はあるものの、助けてもらった記憶はない。

しかも、布越しに感じる力強い筋肉の温もりとしなやかな硬さが、心地よく。


「大丈夫か?」


ささやく色香の乗った低い声は、もう。


好き!!!!!!!!!!!!!!


リリアヴェルの鼓動はもうお祭り状態にドンドコドンドコと打ち鳴らされていた。

見上げた顔は、心配そうに顰められた眉と、僅かに微笑みを形作る薄い唇。


世界一、カッコイイですわ!!!!?!?


え?誰ですか?好みじゃないとか言っていた不届き者は!?

私でした!!!!!


あの時の自分が何を考えていたのか、リリアヴェルにはもう思い出せなかった。

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