第2話 お兄様の行動が早すぎる!でも期待なんてしていませんから!

リリアヴェルは、幼い頃からずっとヨシュアが好きだった。

初めて会った時から、ずっと。

王子様として輝きを放つ金の髪と、吸い込まれそうな翠の瞳にうっとりとしていた。

どんなに厳しい教育も、窓から王子の顔が見られただけで、頑張れたのだ。

あの美しい王子の隣に並び立てるのであれば、と教師も舌を巻くほどの速度で語学も習得した。

何しろ、暇があれば後をついてまわるリリアヴェルを疎ましがって、王子が次々に課題を与えるからである。


「王妃になりたいのなら、当然だよ、ね?」


そう甘い顔面マスクで確認されれば、リリアヴェルは目をハートにして頷いた。


努力し続けるリリアヴェルに、城の者達は皆優しかった。

お部屋ルールは浸透して、使用人達と部屋でおやつを貪るおやつ時間タイムも導入したのだ。

城に勤める女官や侍女や小間使い、下働きの下女に至るまで、順番に招待されるのである。

普段は口に出来ない上等なお菓子とお茶に、使用人達は喜んで参加した。

その際にリリアヴェルは約束していた。


「女性は甘い物が大好きですもの!わたくしが王妃になった暁には女性達におやつを毎日お配りして、おやつ時間タイムを設けますわ!」


小さい公女のとんでもない話でも、招待された大人たちはその思い付きに皆笑顔で拍手を送った。


「……このままでは、皆さんにも顔向けできないわ……」


ヨシュア王子の望むように側妃になってしまったら、約束は果たせない。

しょんぼりしながらも三日間の怒涛の執務を終えて、リリアヴェルは申し出通りに公爵家への宿下がりを勝ち取った。

珍しくリリアヴェルの元にやって来たヨシュア王子は、珍しくリリアヴェルの手を取って言ったのである。


「君が王城に居ないと思うと心細い。どうか早く帰っておいで」

「はい!」


何なら明日にでも!と言いかけて、リリアヴェルは兄との約束を思い出して口をぎゅむっと噤んだ。


いけない、いけない。


こんな時だけ特別恰好いい顔を見せて、懇願してくるヨシュアに腹立たしくもあるが、何せ顔が良いのである。

あのまま、今夜は離さない、などと言われたら退出できたかどうかも分からなかった。

幸い、そんな事にはならなかったのだが。




「明日、君とある貴公子とのお見合いを定めた。それに先立って王子殿下との婚約は一時解消としてある」

「えっ!?ええーーーっ!?聞いてませんわ、そんな事!」


兄に突然婚約解消したと言われて、ヨシュア王子からも何も聞いていない事に気づいて、リリアヴェルは涙目になった。

側妃になるのに何故、と思うが、もしも側妃になるのならば結婚もまた後回しになるのである。


「うっうっ……酷いですお兄様、騙し討ちになさるなんて……」

「騙したのはヨシュア王子であって私じゃないだろう。それに、明日お前と会って頂く貴公子は、顔がいい」


兄の告げた言葉に、リリアヴェルはパッと伏せていた顔を上げた。


「まあ、お顔が!?」


しかし、顔が良いと言っても。

今までリリアヴェルが王城にいて、貴族諸侯や、他国の来賓を見てきたが、見目麗しい人は沢山いた。

だが、誰一人としてヨシュア王子を超える者はいなかったのである。


「でも、それって、男性から見て、恰好いいというやつでは……?」

「いや、女性からも人気は高い」


少しだけ期待する心がリリアヴェルに芽生えた。

女性の人気が高いというのなら、良い可能性がある。


「背も高いし、身分も高い。しかも、側妃ではなく正妃をお探しだ」


「まあ!」


でも、待って?

だったら何故、婚約者がいないのかしら?


疑問を口にする前に、カインが答える。


「ご両親の審美眼が厳しくてね。中々お眼鏡に適う女性がいないというのと、彼もこれ、と運命を感じるほどの女性には出会った事がないというのだ」


「まあ、そうでしたの」

「とりあえず、明日いらっしゃるから、庭園を案内してあげなさい」

「はい。畏まりました」


期待しすぎは禁物、と胸に刻みつつも、リリアヴェルは初めての経験に胸が高鳴っていた。


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