第6話 武闘大会決勝
次はいよいよ決勝戦だ。
相手は下馬評通り、公爵家のガリオンである。
魔道騎兵の戦い方としては異端のガラハッドと違い、ガリオンの戦い方は正統派だ。参加者の中でもとりわけ大きく高性能な魔道騎兵を操り、真正面から相手を粉砕していた。
決勝戦が始まるまでのわずかな休憩時間、ノアールがガリオンを呼び出した。
ガラハッドが皇族の控室に入るなり、ノアールが声を張り上げた。
「棄権しなさい」
ガラハッドに有無を言わせず、ノアールは続けた。
「あなたではガリオンに勝てませんわ。あなたの腕前は認めます。でも、魔動機兵を使う限り、絶対にガリオンには勝てないのです。怪我ですめばいいですが、相手はガリオンです。何をするかわかりません。あなたはこんなところで死にたいのかしら?」
確かに、ガリオンの攻撃は実戦さながらというか、過剰に相手を痛めつける様子が目に余った。
血に飢えた観客は喜んでいたが、やられる方からするとたまったものではない。戦意を失って降伏する相手にさえ、追撃をやめない。むしろ、かさにかかって攻撃するという非道っぷりだった。戦いが終われば、ひしゃげてつぶれた魔道騎兵の残骸が転がっているという有様である。
ガリオンが公爵家の跡取りという帝国では皇族に次ぐ地位にあるため、やられた方はわずかばかりの金で泣き寝入りするしかなかった。
「私は最後まで自分の信念を貫きます。失礼します」
ガラハッドは毅然とした態度でそう言うと、頭を下げて踵を返した。
「ガラハッド、待ちなさい!」
ノアールが立ち上がって呼び止めたが、ガラハッドはノアールの声を無視して部屋を出ていった。
「まったくもう」
イライラした様子で、ノアールはどさりと椅子に座った。
ノアールがここまで感情を露わにするのは珍しい。
「チャンスくらいあるんじゃないですか?」
オレはノアールに言った。
「ありませんわ」
ノアールは即座に否定した。
「でも、あれだけがんばってるんですし……」
オレはそう口にしながら、助けを求めてアウラスに目を向けた。
だが、アウラスは首を横に振っただけだった。
「確かに魔動機兵を操る腕だけを見れば、ガラハッドの方が上でしょう。でも、帝国の中では絶対にガリオンに勝てませんわ。ガリオンには神がついています」
ノアールは忌々しそうに爪を噛んだ。
―――――――――――――――
ガラハッドは魔動機兵に乗り込むと、コックピットの側面にあるパネルに手を置いた。ガラハッドが手を乗せると、パネルは赤い光を放ち、ガラハッドの手をスキャンした。
『権限を確認しました。魔動機兵を起動します』
機械質の女性の声が聞こえると同時に、ガラハッドの魔力が魔動機兵のコアに流され、コアが回転を始めた。コアの回転によって増幅された魔力が、魔動機兵の人工筋肉に流されていく。
コクピット内に所狭しと並んだメーターの針が一斉に動き出した。正面のパネルに闘技場の入場口が映し出された。入場口は開かれていた。
『魔動機兵の起動が完了しました。操作を開始してください』
声が準備完了を伝えた。
ガラハッドがレバーを引くと、魔動機兵は立ち上がった。
「行くぜ。相棒」
ガラハッドは愛機に声をかけると、アクセルを踏んだ。
ガラハッド機は決勝の場に向かって歩き出した。
―――――――――――――――
南側ゲートの鉄柵が上がり、ガラハッド機が闘技場に入ってきた。
得物はこれまでと同じ長槍である。
ガラハッド機は中央まで進むと、槍を地面に突き立てて腕を組み、北側ゲートが開くのを待った。
しかし、いくら待っても北側ゲートが開く様子はない。
観客が訝しげな声を上げ始めた時だ。闘技場を影が覆った。見上げると、上空に巨大な魔道船が浮かんでいた。公爵家を表す紺青の豪華な船だ。
皆が声を出すのも忘れて見上げていると、魔道船から何かが射出された。それは最初はただの黒い点だったが、地上に近づくにつれ、その正体が分かった。魔動機兵だ。
魔動機兵は地上に近づくと、三角の翼を広げた。魔動機兵の何倍もある大きなものだ。魔動機兵は闘技場の上空をゆっくりと旋回しながら下りてくると、あと少しで地上に到達するということろで翼を切り離した。魔動機兵は轟音を立てて、闘技場に下り立った。頭部に長い一本角を持つ、紺青のボディーを金で装飾した美しい機体だ。
観客は大盛り上がりだった。
魔動機兵のハッチが開き、搭乗者が出てきた。ガリオンである。
ガリオンは背中まで垂らした金髪をなびかせてひとしきり観客に向かって手を振ると、ガラハッド機に目を向けた。
「おい、お前。顔を出せ」
ガラハッドはハッチを開いて、顔を出した。
これから戦うとはいえ、上位者の命令には逆らえない。
「今までの戦いを見せてもらった。お前、なかなかやるな。気に入った。降参して俺様に下れ。部下にしてやる」
ガリオンは上機嫌でガラハッドに降伏を呼び掛けた。
「その機体、お前、男爵家だろ。今よりいい暮らしをさせてやるぞ」
「ありがたいお言葉ですが、遠慮させていただきます。私はノアール殿下の騎士です。私の忠誠はノアール殿下にあります」
ガラハッドは丁重に断った。
「はあ?」
ガリオンは呆れた声を出した。
「騎士だと?騎士のくせに皇女への忠誠を口にするのか?」
ガリオンはまじまじとガラハッドの顔を見た。
帝国騎士の忠誠はキュベレーに捧げられている。騎士にとって皇族は保護対象であり、忠誠をささげる相手ではない。
「……ははーん、なるほどな。黒薔薇の色香に迷ったか」
少し考えて、ガリオンは納得した様子で口角を上げた。
「確かにあれはいい女だ。俺様の妻となるにふさわしい。お前の気持ちは分からんでもないが、俺様の妻に余計な虫はいらんな。そういうことなら話は終わりだ。お前はここで死ね」
そう言うと、ガリオンは勢いよく魔動機兵に飛び込んでハッチを閉めた。
ガラハッドもハッチを閉めた。
ガリオン機は背中の大剣を抜いた。幅広で肉厚の片刃を持つ大重量の大剣だ。鋼鉄の装甲を切り裂くのではなく、装甲ごと魔道騎兵を叩き潰す武器である。まともに当たれば軽量のガリオン機など一たまりもない。
ガラハッドはいつものように正面に槍を構えた。
二機の間に赤いボールが投げ込まれた。
戦闘開始の合図である。
ガリオン機が前に出た。巨体に似合わず、恐ろしく速い。ガリオン機はガラハッド機に一気に詰め寄ると、大剣を横薙ぎにした。
うなりを上げて大剣が迫るが、ガラハッドは慌てず、槍の穂先を大剣に合わせて、最小限の力で軌道を変えさせた。
大剣を振り切ったガリオン機に隙が生まれた。
ガラハッド機の槍がガリオン機の目を狙った。第四レベルの重装甲とはいえ、目だけは剝き出しのレンズである。第二レベルの槍の一撃でも簡単に破壊することができる。
しかし、ガリオン機は頭を下げて槍をかわした。槍の穂先がガリオン機の頭部を削ったが、塗装が剥げた程度である。ダメージを与えたとはとても言えない。
頭を下げたまま、ガリオン機がガラハッド機に掴みかかった。しかし、すぐさまガラハッド機は大きく後方にジャンプして逃げた。
「ちっ、すばしっこいヤツだ。安易に攻めすぎたか……」
ガリオンは舌打ちした。
「さすがは第四レベル。あの重装甲であのスピードか……」
一方、ガラハッドは冷や汗をかいていた。
同格は言うに及ばず、ひとつ上の第三レベルまでの魔動機兵であれば今の一撃で視界を奪えたのだが、軽くかわされた。かわされるどころか、掴みかかってさえきた。捕まれば一巻の終わりである。
一つの間違いも許されないぞ、とガラハッドは気を引き締めた。
ガラハッド機は槍を構えて一定の距離を保ちつつ、ガリオン機の周りを回り始めた。
魔動機兵を相手にする場合、勝利の条件は三つある。
一つは両目を潰して魔動機兵の視界を奪うこと。
もう一つは機体の中心にあるコアを破壊すること。
最後に胸のコックピットを破壊すること。つまりはパイロットを殺すということだ。
できればパイロットを殺すことは避けたい、とガラハッドは思っていた。
相手は公爵家の長男である。公式試合であるため、罪に問われることはないが、後から公爵家がどんな報復をしてくるかわからない。今も会場のどこかで見ているであろう家族に迷惑をかけたくはない。
コアを破壊するにはあの重装甲を突破しなければならない。第二レベルの機体ではパワー不足だ。
必然的に狙いは目を潰すということになる。
ガリオン機が一歩前に出れば、ガラハッド機は一歩下がり、ガリオン機が隙を見せれば、ガラハッド機が前に出て目を狙う。息詰まる一進一退の攻防が続いた。
「ええい、くそ!めんどくせえ!」
嫌気がさしたガリオンはコックピットの中で悪態をついた。
「ふん。よく考えれば、あいつの戦い方につきあう義理はねえよな」
ガリオン機が左手を前に出した。
五本の指先がガラハッド機に向けて射出された。指先にはワイヤーがついている。ワイヤーがガラハッド機の体に巻き付いた。
「おらよっ!」
ガリオン機が左手を大きく引いた。
ガリオン機のパワーに抗うことができず、ガラハッド機はガリオン機の前に引っ張り出された。
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