第5話 勇者選抜武闘大会

 武闘大会当日は、雲一つない快晴に恵まれた。

 会場となる石造りの円形闘技場の周りには屋台が立ち並び、群がる帝国臣民によって祭りさながらの様相を呈していた。

 闘技場の中に入れば、賭け札を握りしめた観客が席を陣取って、今か今かと武闘大会の開催を待ちわびている。


 オレは観客の熱気にあてられながら、皇族席から戦いの場となる中央の広場を見下ろした。

 広場の両脇には戦士が入場するための鋼鉄の門があるが、それ以外はむき出しの地面があるだけの簡素な作りである。本番は戦いにあるということなのだろう。


「しかし、すごい熱気ですね。勇者選抜闘技大会はいつもこんな感じなんですか?」


 オレは傍に立っていたなじみの騎士に尋ねた。

 オレ達はノアールの護衛として皇族席にいた。皇族は一人一人ブースが別になっているので、他の皇族と顔を合わせることはない。その点は気楽だ。


「帝国国民は娯楽に飢えているからな。帝国は社会秩序が保たれているが、楽しみがあまりない。祭りとなれば、みんな羽目を外すのさ。特に今回は帝国の黒薔薇が賞品だ。会場には絶対に顔を出す。一目見ようと、そりゃ、盛り上がるだろうさ」


「ああ、それで」


 オレは納得した。

 ノアールが座っている席は闘技場の最上段で、皇族席の中でも少しせり出した位置にあり、会場のどこからでも見ることができる。本人がどう思っているかは分からないが、武闘大会の盛り上げに一役買っているようだ。


 武闘大会の開催が宣言され、ノアールが紹介された。

 ノアールが立ち上がって手を振ると、会場がどっと歓声に包まれた。


「オレはガラハッド様の様子を見てきます」


 こうしたハレの舞台では、裏方であるオレの出番はほとんどない。

 オレは外を見て回ることにした。


「ああ、がんばってくれと伝えてくれ」


「わかりました」


 オレは皇族席を出ると、大会参加者が控える闘技場の外の一角に向かった。

 武闘大会では魔動機兵が使われるため、闘技場の中の控室には入りきらない。そのため、大半の参加者は闘技場の外で待機することになっていた。


 魔道騎兵とは、一見すると人型に見えるが、丸みを帯びた外骨格で覆われている。人間と昆虫を融合させたような造形だ。人間が中に乗り込んで操作するため、小さなものでも三メートルくらいの大きさがある。


 キュベレーが製造し、貴族家に貸し与えるという体裁を取っており、多少の改造は許されているものの、色だけは絶対に変えてはならないというルールがある。色は所有家の身分を表しているからだ。皇帝を表す紫を頂点として、帝国には身分によって使用できる色が厳しく定められている。


 ガラハッドは青緑色のボディを持った第二レベルの魔動機兵の前にいた。青緑は男爵家に許された色である。


「ガラハッド様、調子はどうですか?」


 オレは魔動機兵の背中のハッチを開けて整備をしていたガラハッドに声をかけた。


「レクサスか。殿下の側仕えはいいのか?」


 ガラハッドが手を止めて、オレに顔を向けた。


「こういう公の場ではオレは傍にいない方がいいので」


「……そうかもしれんな」


 ガラハッドはそう言うと、ハッチを閉めて魔道騎兵から下りてきた。


「こいつを見てどう思う?」


 ガラハッドは自身の機体をぽんぽんと叩いて、オレに感想を聞いてきた。


「えっと……」


 ガラハッドは男爵家の三男だ。魔動機兵持ちの家出身というだけで、帝国では数少ないエリートに間違いはないのだが、こうして魔動機兵がずらりと並んでいると、どうしても他と比べてしまう。


 魔道騎兵持ちの家の中で男爵家は低位に属するので、機体も家の格に応じたものになる。ガラハッドの機体はまわりに比べると小さく、武装や装飾もさみしく感じられた。軍隊でいうところの軽騎兵といった印象だ。


「気を使わなくてもいい。周りと比べれば貧相に見えるだろ」


 ガラハッドはオレの肩を叩いて笑った。


「だがな。魔動機兵は動かしてこそだ。いくら性能が良くても、活かせなければ意味がない。その点、私は子供の頃からこいつに乗ってきた。今じゃ、私の手足のようなものだ。簡単に負けたりはしないさ」


「がんばってください。騎士の皆さんも応援していましたよ」


「がんばるさ。私の人生がかかっているからな」


「……」


「何で、大会に参加したんだって顔だな」


「そりゃ、そう思いますよ。わざわざそんなリスクを冒さなくても、ガラハッド様なら真面目に騎士を務めるだけで出世できるでしょうに」


 オレは本音を口にした。


「……私はお前がうらやましい」


 ガラハッドはオレの顔をじっと見た。


「は?オレは奴隷ですよ。もしかして特殊な性癖の持ち主だったんですか?」


「そういう意味じゃない。お前は奴隷という身分ではあるが、殿下から信頼されている。それがうらやましいというのだ。私が望んでも手に入れられないものだ。私達騎士は長くても数年で配置換えになる。今はノアール殿下にお仕えしているが、そろそろ配置換えの時期だ。来年には別の方にお仕えしているかもしれない」


 ガラハッドが言ったことは事実だ。これがノアールが騎士に信頼を置かない理由である。


 キュベレーは皇族に騎士を配属させるが、皇族と騎士が深く結びつくことを良しとしない。帝国の土台を揺るがす勢力となることを恐れているのだ。

 だが、皇族の命を守るために騎士は必要だ。そのため、キュベレーは通常、二、三年で騎士の配置替えを行う。そうすることにより、騎士は特定の皇族個人ではなく、帝国という国家、あるいはキュベレーに仕えているという意識を持つようになる。


「私だって最初はな、出世して、いずれは騎士の最高峰である皇帝陛下直属の近衛になることを夢見たものだ。だが、ノアール殿下にお仕えして気持ちが変わった。私の剣は一生、この方に捧げたいと思ったのだ。だが、私の立場では無理な話だ」


「……」


「騎士というのは、自分の力を捧げたいと思う主を求める生き物なんだ。必死に鍛錬して力を身につけるのは全て主の役に立つためだ。家の為とか出世したいという気持ちはその次だ。帝国では近衛となって皇帝陛下に剣を捧げるのが騎士の最高の名誉とされているが、ノアール殿下と出会ってからはあまり魅力を感じなくなってしまってな。いつまでも殿下にお仕えしていたいと思うようになった。しかし、同時にそろそろそれも終わりになるだろうと諦めに近い気持ちでいたんだ。そんな時にこの勇者選抜武闘大会の話が持ち上がった。私は居ても立っても居られなくなった。他人が聞けば、何て馬鹿な真似をするんだと笑うだろう。しかしな、私のような生まれの者はこういうチャンスをモノにするしか道がないんだ」


 そう言うと、ガラハッドはオレの頭に手を置いた。


「辛気臭い話をしてすまんな。決戦を前にして、誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない」


「いえ、がんばってください。応援してますよ」


「まかせてくれ。必ず勝って、皆をあっと言わせてみせるさ」


 ガラハッドはそう言って笑顔を見せた。



―――――――――――――――



 ガラハッドは言葉通り、鬼神のごとく戦った。

 ガラハッド機の得物は十文字槍で、全長が機体の二倍近くもある長いものだ。


 魔動機兵のレベルが一つ違うだけでも、戦いには三倍の技量が必要とされると言われている。パワーと装甲が違いすぎるのだ。


 ガラハッドは剣で相手と打ち合うことをあきらめ、間合いの長い槍を武器に選んだ。そして、小型機の唯一の優位性である小回りが利く点を活かし、とにかく動き回って相手をかく乱し、隙ができたところで相手の間合いの外から槍の一撃を叩き込むという作戦を徹底した。


 闘技場は盛り上がった。

 魔道騎兵同士の戦いというと、大剣を持った二体が真正面から打ち合い、パワーと装甲を競い合うという印象だった。面白いことは面白いが、大きくて性能の高い方が勝つという意外性のない結末を迎えることが多かった。


 ガラハッドは打ち合いをしなかった。とにかく相手の剣を避けて、縦横無尽に動き回った。

 客席からは「逃げ回っていないで、戦え!」と罵声が飛んだが、ガラハッドは気にすることなく、逃げ回り、相手が動きを止めたところで、一気に接近し、ピンポイントで相手の急所を貫いて動作不能にした。


 最初はまぐれだと思った観客も、それが二度三度と続くと、ガラハッドの実力だと理解した。小さな魔動機兵が大きな魔道騎兵を沈めていく姿は観客の心をつかんだ。観客は熱狂した。

 ガラハッド機の槍が、二回り以上も大きい伯爵家の魔動機兵の核を貫いた時、観客の熱狂は最高潮に達した。

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