第4話 魔王討伐同行の命
「状況はわかりました。それで、オレは武闘大会に出てガリオン様を倒せばいいのですか?」
厳しい戦いになるだろうが、やってやれないことはない。魔動機兵を操ることはできないが、オレの力をフルに使って引き分けくらいには持ち込んでみせる。
オレは拳を握りしめた。
「あら、ガリオンを倒せと言えば、やってくれるのかしら?」
ノアールは顔を上げた。
「ご命令とあらば」
オレは胸を張ってみせた。
「アウラス。レクサスが勝つ見込みはあるのかしら?」
ノアールは背後にいるアウラスに尋ねた。
アウラスは渋い顔をした。
「勝つのは難しいでしょうな。魔動機兵の装甲を突破する火力がありません。レクサスのスピードで攻撃をかわしまくって、時間切れのドローに持ち込むのが精いっぱいというところでしょうか」
「それじゃ、意味がありませんわ。倒せなければ、判定でガリオンが勝者になるだけです。その話はなしにしましょう」
ノアールはがっかりした様子を見せた。
オレもがっかりした。
訓練して身につけた力を魔動機兵相手にぶつけてみたかったのだ。厳しい訓練を経て、オレは誰にも負けない力を身につけたと自負していた。
「レクサス」
消沈した様子のオレを見て、アウラスが声をかけてきた。
「そもそも生身で魔道騎兵と戦おうと考えること自体が無茶なのだ。引き分けに持ち込むだけでも大したものなのだぞ。自分の力を正確に把握しろ。自信過剰は論外だが、自分を卑下するのも問題だ」
「はい」
アウラスはオレの上司であり、戦闘の師匠でもある。平民の出で、ノアールに見い出されて今の地位に就いている。そのため、部下を生まれで差別することを一切しない。実力だけが彼の判断基準であり、その見立ては恐ろしく正確だ。
「そもそも、ガリオンが勇者になるのは構いませんの。魔王を倒せなければ、わたくしが降嫁することもないのですから、誰が勇者であっても同じことですわ。これまで魔王を倒した勇者はいません。今回もそうなる可能性が高いでしょう」
ノアールは言った。
「君には勇者に同行して、魔国の情報を探ってきて欲しいのですわ」
「魔国の情報ですか?」
「ええ。わたくしは魔国の情報が欲しいのです。帝国の建国以来、魔国とは交流もなく、互いに不干渉を貫いてきました。しかし、ここ十数年、キュベレー様は積極的に魔王討伐に乗り出しています。魔国の帝国侵略に対する反撃という名目ですが、わたくしが調べた限り、そのような事実は確認できませんでした。キュベレー様の愛を疑うことはありませんが、キュベレー様が全ての事実を公開してくれるわけではありません。キュベレー様にとって皇族は愛する我が子のようなものです。おそらく、わたくしたちのことを思って秘密にされているのでしょう。でも、わたくしは本当の理由が知りたいのですわ」
「なるほど」
「話はわたくしからガリオンに通しますわ。皇女からの餞別という形にすれば、ガリオンも断れないでしょう」
そう言うと、ノアールは脱力してソファーに大きく背を預けた。
お行儀がいいとは言えないが、この人の場合、何をやっても絵になる。
「何なら、道中、隙を見て勇者を後ろから刺してくれてもよろしくてよ」
ノアールがオレの目を見てふふんと笑みを浮かべた。
「ノアール殿下!キュベレー様の耳がありますぞ!」
アウラスが焦った声を出した。
「構いませんわ。キュベレー様は皇族が何を言おうと気にしません。可愛い我が子の戯言と聞き流すだけですもの」
ノアールはあっけらかんと言った。
皇族以外の人間がそんなことを口にしようものなら、その瞬間、この世とおさらばする未来しかないわけだが。
「冗談はさておき、そういうわけで、君には魔国に行ってもらいます」
とても冗談を言ったようには見えなかったが、まあいい、情報を取って来いという解釈でいいだろう。
「承知しました」
「危険な任務に就くのですから、無事にやり遂げることができたら褒美を取らせましょう」
ノアールは口元に笑みを浮かべた。
オレは嫌な予感がした。
「……そうですね。魔国の情報を探るだけでなく、勇者に代わって魔王を討伐してくれたら、君に輿入れしてもいいですよ」
ノアールはオレを試すような目をした。
「ご、ご冗談を!」
オレは焦った。
「あら、君は帝国の黒薔薇が欲しくないのかしら?」
この人はいつもこうしてオレをからかうようなことを言う。
きわどいことを言ってオレが困るのを見るのが楽しくて仕方がないのだ。オレが彼女の奴隷で、なおかつ年下だから気安いのはわかるが、正直、やめてほしい。
「い、いえ、ノアール殿下が魅力的なのは今さら言うまでもないことです!ノアール殿下を伴侶にできるとなれば、世の中の全ての男は命をかけるでしょう!」
「君も?」
「も、もちろんです!」
「それじゃ、わたくしのために魔王を討伐してきて頂戴」
ノアールはにやにやした顔でさらにオレを追い込んできた。
オレは困ってアウラスに目を向けたが、アウラスは目をそらした。
くそっ、役に立たない師匠だ。
「オ、オレとノアール殿下とでは身分が違いすぎます!」
オレは叫んだ。
「ふーん、ここで身分を持ち出すのですね」
ノアールは舐めるようににオレの顔を見た。
蛇に睨まれた蛙のように俺は震えた。
「そもそも君はわたくしのことをどう思っているのかしら?」
「どうって……」
オレは助けを求めて、再度アウラスに目を向けた。アウラスはいつの間にか窓辺に移動して、外の景色を眺めていた。
くそっ、危機察知能力が高い。
「ノアール殿下はまさに帝国の黒薔薇と呼ばれるにふさわしい美の体現者。夜空に浮かぶ星々も殿下の美しさの前には輝きを失うしかありません。その美しさは永遠に帝国の歴史に刻まれることでしょう」
オレは夜会で貴族連中がよく口にする美辞麗句を並べてみた。
「そんな貴族連中が年中まくし立ててるような定型句はいらないわ。わたくしは君の本心が聞きたいのです」
ノアールはそっけなく言った。
「うっ……ええっと、その……ノアール殿下はすごい美人で……その、オレたち兄妹によくしてくれて……大変、感謝しております!」
オレは何を言わされているんだ?
「それから?」
「えっ、それから!?」
うえっ、まだ、何か言わなきゃいけないの!?
「うーん、うーん……」
オレは頭を抱えた。
「ほら、早く。女を待たせるものじゃありませんわ」
ノアールはオレを急かした。
「……つ、つらい任務についた時でも、ノアール殿下のためだと思えばがんばれます」
オレは必死に言葉を絞り出した。
「あら、そう。うふふ」
ノアールは嬉しそうな顔をした。
「まあ、いいわ。今日のところはこれで許してあげます」
満足したらしい。ノアールはソファーに座り直した。
オレはほっと息をついた。
何か、疲れた。それにしても、『今日のところは』か。次もあるのか……。
しかし、チャンスだ。これだけは言っておかなければならない。
「褒美をいただけるということであれば、ひとつお願いがあります」
「レクサス。無礼だぞ」
アウラスがいつの間にかノアールの後ろに立っていた。
くそっ、さっきまで窓辺に避難していたくせに。
「構いませんわ。どんなことかしら?」
「奴隷から解放してください」
「それはダメ。君は永遠にわたくしのモノですわ」
即座に却下された。
オレという玩具を手放してはくれないらしい。しかし、それはとっくにあきらめている。
「いえ、オレではなく、キャリイのことです」
「キャリイ?」
ドアがノックされ、がちゃりと開いた。
「おちゃをおもちしました」
ティーカップを乗せたワゴンを押して、幼い女の子が入ってきた。メイド服を着たキャリイだ。
オレ達三人に緊張が走った。
ドアの向こうには、心配そうな面持ちでキャリイの様子を窺う侍女の姿が見える。
キャリイは真剣な面持ちで、ワゴンをオレ達の所まで押してくると、たどたどしい手つきで焼き菓子の入った皿とティーカップを並べた。それから、ポットからティーカップにお湯を注いだ。
全員が固唾をのんで、キャリイの一挙手一投足に集中した。
重かったのか、ポットの注ぎ口がカップに当たり、ガチャリを音を立てた。
オレ達は全員、びくっとした。
しかし、キャリイは慌てることなく、お湯を注ぎ終えると、一礼してポットをワゴンに戻した。
オレが小さくガッツポーズを作ると、キャリイはオレだけに見えるように親指を立てた。
「緊張しましたわね」
ふうっと、ノアールが息を吐いた。
「こんなに緊張したことは久しぶりですな」
同じくほっとした様子のアウラスが同意した。
「ねえ、キャリイあなたここから出ていきたい?」
ワゴンを押して出ていこうとするキャリイの背中にノアールが声をかけた。
「いやっ!あたしはずっとでんかといっしょにいます!」
キャリイは走ってきてノアールにしがみついた。
おいこら、キャリイ。相手がノアールじゃなかったら、首が飛んでるぞ。
「そう。キャリイはいい子ねえ。これをあげましょう」
ノアールは焼き菓子を一つつまむと、キャリイの口に放り込んだ。
「おいひぃ」
キャリイは両手で頬を押さえて、身もだえした。
完全に餌付けされているな。どうでもいいが、ここの人達はみんなキャリイを甘やかしすぎだ。よってたかってキャリイにお菓子を食べさせるので、最近、太ってきたぞ。それでも世界で一番可愛いことに変わりはないが、無駄肉がない方がより可愛いに決まっている。
「キャリイは、こう言っていますけど」
キャリイの頭を撫でながら、ノアールが勝ち誇ったような目をオレに向けた。
「キャリイが望んで殿下のそばにいたいというなら、もちろん反対するつもりはありません。ただ、望んでそうするのと、強制されてそうなるのでは意味が違います。オレはキャリイに選択肢をあげたいのです」
「なるほど。わかりましたわ。キャリイのことは、悪いようにしないと約束しましょう」
「感謝いたします」
オレはノアールに頭を下げた。
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