第3話 奴隷生活

 こうしてオレの奴隷生活が始まったのだが、結論から言うと、生活はそう悪くなかった。

 今までは食うものを手に入れるだけで精一杯の生活だったが、奴隷とはいえ、宮殿にいれば食べ物に困ることはない。オレだけでなく、キャリイにも十分に食事が与えられたのはありがたかった。


 意外なことに、ノアール付きの騎士達はオレ達兄妹に良くしてくれた。

 ガラハッドをはじめ、騎士になる者は下級貴族の子息が多く、家のために出世しようと頑張っている。彼らはオレ達兄妹を見ると、家に残してきた弟や妹を思い出すそうだ。ガラハッドなど、しょっちゅうお菓子を買ってきてはキャリイに食べさせている。痩せぎすだったキャリイが今は子供らしくふっくらしてきた。


 それに首輪の恩恵もあった。首輪には宝石が取りつけられていたが、これは奴隷の所有者を現わしている。オレの色は黒。これはノアールの色だ。つまり、オレはノアールの資産という訳だ。オレに手を出すということは、そのままノアールに手を出すのと同じ意味を持つ。怖くて誰も手を出すことはできないだろう。


 嫌な目で見られることはしょっちゅうだったが、そんなものは盗みをやっていた頃は当たり前だった。直接手を出されたり、何かを言われることがなくなった分、楽になった位だ。


 キャリイにも首輪がつけられたが、これはキャリイがオレの首輪を見てうらやましがり、駄々をこねたからだ。


 ただ、従属の魔法は発動させていない。あまりに幼い時期に従属の魔法を発動させると健全な成長が阻害されるそうだ。感情が希薄な、何というか、言われたことだけを淡々とこなす機械のような大人になってしまうらしい。従属の魔法を発動させるのは、キャリイが大きくなってから検討するということになった。

 宝石も付いていて、これは所有者をはっきりさせてキャリイを守るという意味合いが強かった。


 ただ、いくらキャリイが幼いとはいえ、遊ばせておくわけにもいかないということで、ノアールの側付見習いとして働くことになった。

 とはいうものの、できることなどないに等しい。端的に言えば、ノアールのペット枠である。時々、調子の悪くなった魔道機械を直したりしているので、その点は重宝されているようだ。


 オレは皇女殿下直属の特殊部隊に配属されることになった。

 アウラスがそのトップだ。高級商店街でオレを捕縛した糸使いの老人である。


 ノアールは自分専属の部隊を保有しており、人員も全て自分で集めたものだということだった。皇族の護衛騎士は家柄や腕を考慮してキュベレーがあてがうそうだが、ノアールは全てをキュベレーに依存することを良しとしなかった。


 そのため、自分が自由にできる予算を使って自分の部隊を作り上げた。帝国の正式な部隊ではなく、表に出ることもないが、ノアールが最も信頼を寄せる自分だけに忠誠を誓う部隊である。他の皇女が割り当てられた予算のほとんどを宝石やドレスに費やすことを考えれば、相当異質な金の使い方である。


 オレは従属の首輪をしているので、裏切る心配もない。また、オレだけの特別な能力もある。まさに、部隊にうってつけというわけだ。


 オレは多分一生このままだろうが、キャリイだけは何とかして解放してもらうつもりだ。キャリイには自由に生きてもらいたい。部隊で手柄を立てて、キャリイを解放してもらうことがオレの夢になった。

 そうして、部隊で訓練と任務をこなす日々を送っていると、あっという間に三年の月日が過ぎ去った。



 ある日、オレはノアールに呼び出された。

 ノックして部屋に入ると、ノアールの他にアウラスがいた。騎士がいないところを見ると、内密の話のようだ。


 騎士はノアールの為に粉骨砕身で働くが、その忠誠はキュベレーに向けられている。キュベレーの命によってノアールの護衛をしているのだ。ノアールは本心では騎士を信用していなかった。

 オレはノアールに跪いた。


「レクサス、お呼びにより参上しました」


「ご苦労様、レクサス。君がここに来てからどれ位になるかしら?」


「三年です。ノアール殿下」


「もう、そんなに。早いものですわねえ。君は影日向なく働くとアウラスも褒めていましたよ」


「当然のことです。オレの忠誠はノアール殿下にありますので」


「ふふふ、随分と口も達者になったようですわね」


 ノアールは笑った。


「さて、君を呼んだのは他でもありません。魔王討伐に行ってほしいのです」


「は?」


 オレは一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「魔王討伐です」


 ノアールは繰り返した。


「オレがですか?」


「ええ」


「しかし、魔王討伐は勇者様が向かわれるはずでは?そのために勇者選抜の武闘大会が開かれると聞いております」


 三か月前、魔王討伐の募集がなされた。

 三か月後に開催する武闘大会で優勝した者に勇者の称号を与え、全面的に帝国が討伐のバックアップを約束するというものだ。帝国国民であれば、誰でも応募することは可能。ここまではいつも通りだが、今回はそれに加えて、次の一文があった。


『魔王討伐に成功もしくはそれに準じた功績を挙げた勇者には、帝国の黒薔薇を降嫁させる』


 帝国は熱狂に包まれた。

 黒薔薇を手に入れようと、帝国全土から帝都を目指して勇者志望の腕自慢が集まるお祭り騒ぎとなった。


 しかし、これにはカラクリがある。

 武闘大会で使用する武器、装備に制約はない。平民がいくら剣や槍を鍛えたところで絶対に勝てない兵器が高位貴族にはある。すなわち、魔道騎兵だ。

 搭乗者の意のままに操ることができる重装甲、重武装の鋼鉄の鎧である。剣や槍などでは傷一つつけることはできないし、大人の背丈を軽く超える巨大な剣の一振りで、人間などは軽くミンチである。


 質が悪いことに、キュベレーが作り出し、貴族に貸し与えるこの兵器は搭乗者に血統制限がかけられている。

 つまり、どれほど武勇に優れた者、あるいは機械の操作に長けた者であっても、血統が要件を満たさなければ魔動機兵を指一本動かすことはできない。魔道騎兵を動かすことができるものは、皇帝の血に近いものに限られるのだ。魔動機兵がより強力であればあるほど、その制限は厳しくなる。キュベレーの帝国支配の象徴ともいえる兵器なのだ。

 

 集まってきた腕自慢の輩には申し訳ないが、勇者となる者はあらかじめ決められているのだ。


 とはいえ、ノアールが賞品とされるのならオレにとっても大問題である。仮に魔王討伐に成功し、ノアールが勇者の元に降下するとなれば、オレもついていくことになるだろう。ほぼ確実に、勇者は貴族の若者だ。

 魔王討伐に失敗しろとは言わないが、せめて勇者がまともな人間であってほしいと願うばかりだ。


「ええ。わかっているとは思うのですが、勇者となる者はおおよそ決まっていますわ」


「でしょうね」


「これが勇者候補のリストですわ」


 ノアールは一枚の紙を差し出した。

 オレはリストを受け取ると、書かれている名前にざっと目を通した。


「長男が十名もいますよ!?しかも、公爵家まで」


 オレは驚いた。

 いくら勇者が貴族から選抜されるといっても、高位貴族は勇者に立候補したりしない。勇者となって魔王討伐に成功すれば皇女が降嫁されるが、これは中位以下の貴族の一発逆転狙いのようなものだ。


 高位貴族、特に何かと優遇される長男であれば、そんな真似をしなくても、家の力によって皇女ーーつまり皇帝の血統を手に入れることができる。皇帝は代々、子沢山なので、多少順番を待つことがあっても皇女を手に入れることができ、貴族位を守ることができる。


 中位以下の貴族の場合、皇帝の血統を手に入れる機会が恵まれず、代を重ねるに従い、皇帝の血統から離れていき、下手をすれば貴族位を失ってしまうことすらありえる。そうした後がない貴族が、皇女を手に入れるために勇者に立候補する場合が大半である。特に後継ぎでない次男以降の貴族は必死である。


 リストには名だたる高位貴族の名前がずらりと並び、中には長男の名前も少なくなかった。

 これは皇帝の血統狙いではない。リスクを冒しても、帝国の黒薔薇を手に入れたいというノアール人気である。


「ノアール殿下の人気はすごいですね」


「吐き気がしますわ。血統だけの種馬に興味はありませんの」


 ノアールは心底嫌そうな顔をした。


「このリストの中で、勇者となる者はおそらくこの男ですわ」


 ノアールがリストの中の一人の男を指さした。

 男の名は、ガリオン。オヘア公爵家の長男である。


「剣の腕は騎士レベル。その上、公爵家なので第四レベルの魔動機兵を扱えます」


「そりゃ、すごい。そんじょそこらの貴族では相手になりませんね」


「剣の腕がそこそこ立つ者はいますが、魔道騎兵の性能差を覆すほどの者はいません。順当にいけば、ガリオンが勇者となるでしょう」


「あれ、ガラハッド様の名前もありますよ」


 オレはリストに皇女付きの騎士隊長の名前があることに気がついた。

 ノアールの顔が曇った。


「確か、ガラハッド様は男爵家の三男でしたね。とすると、第二レベルの魔動機兵ですか。第四レベルが相手では厳しいのでは?」


「止めたのですけれど、どうしても出るってきかないのですわ。殿下のお相手は自分が見極めますとか言って……」


 ノアールはため息をついた。

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