第7話 勇者ガリオン
「死ねっ!」
大剣が振り下ろされた。
ガラハッド機は体を捻って避けようとしたが、肩口から左腕が叩き斬られた。槍を持った左腕が地面に落ちた。
ガラハッド機はガリオン機から距離を取ろうと下がった。
「逃がさねえよ!」
ガリオン機がさらに強く左手を引いた。
「ここだっ!」
ガラハッドが叫んだ。
ガラハッド機は引っ張られる力を利用して、ガリオン機に向かって大きくジャンプした。
そして、ガリオン機の頭に取りつくと、右手に腰のナイフを握った。
「私の勝ちだっ!」
ガラハッド機はナイフをガリオン機の目に振り下ろした。
『非常事態発生。本機は緊急停止します』
ガラハッド機のコックピットに抑揚のない女性のアナウンスが流れた。
同時に、ガラハッドの目の前の全てのパネルに『緊急停止』の文字が表示された。
ガラハッド機が停止した。
ガラハッド機はずるりとガリオン機から滑り落ちた。
「バカね。下剋上なんてキュベレー様が許すわけないのに……」
皇族席で観戦していたノアールがため息をついた。
ガリオンは混乱した。
やられたと思った瞬間に、敵機が動かなくなったのだ。意味が分からなかった。
ガリオン機は目の前に転がっているガラハッド機を大剣で突いた。
しかし、ガラハッド機はピクリとも反応しなかった。
続けてガリオン機はガラハッド機を強く蹴り飛ばした。
ガラハッド機はボールのように弾んで、闘技場の壁に激突し、地面に転がった。
やはり、何の反応も示さない。
「はははははっ!肝心なところで壊れたのか?これだから弱小貴族ってヤツは!」
ガリオンは笑い声をあげた。
ガリオン機はガラハッド機に歩み寄ると、ハッチを強引にこじ開けた。
ハッチの中には頭から血を流しているガラハッドが呻いていた。
「残念だったな、黒薔薇の騎士。俺様が勇者だ」
ガリオン機は大剣を振り上げた。
「それじゃ、死ね!」
その時、ガラハッド機のコックピットで雷光がはじけた。
「うっ」
眩しさに、一瞬、ガリオンの視界が奪われた。
光が収まると、コックピットからガラハッドの姿が消えていた。
「何だ?どこに行った?」
ガリオンがきょろきょろとあたりを見回していると、背後から声が聞こえた。
「参りましたー。敗北を認めまーす」
振り返ると、少し離れた場所に仮面をつけた男が立っていた。
小脇にガラハッドを抱え、小さな白旗を振っている。
仮面には黒薔薇があしらわれていた。
「いやー、さすがはガリオン様。お強いですねー。ボクすっかりファンになっちゃいましたー」
男は緊張感のない声でへらへらと笑った。
イラっとしたガリオンは有無を言わせず、大剣を振り下ろした。
大剣が轟音を立てて地面を抉ったが、男の姿はなかった。
「ひどいですー。か弱い生身の人間に攻撃するなんてー」
男は別の場所に立っていた。
「レ、レクサス……て、手を出すな……わ、私は……」
ガラハッドが血が流れて蒼白な顔を上げた。
「しっ、黙って。こんなところで死んでどうするんです?ここはオレに任せてください」
レクサスは小声でガラハッドを制した。
「お前、黒薔薇の手の者だな。何の真似だ?これは勇者を決める神聖な戦いだ。邪魔するつもりなら、ただじゃおかねえぞ」
ガリオン機が大剣を男に向けた。
「やだなあ。もう決着はついてるじゃないですかー。優勝はガリオン様で決まりです。これ以上、やるとガリオン様の品格が疑われますよー」
レクサスはそう言うと、観客席に手を向けた。
「ほら、見てください。皆さん、ガリオン様の勝鬨を待ってるんですよ。ここは格好よく決めてくれないと」
ガリオンが観客席に目を向けると、観客たちは不安そうな顔で事の推移を見守っていた。怯えたような顔をしている者も少なくない。ガリオンは憧れの目を向けられるのは好きだが、怖がられたいと思っているわけではない。
少しやりすぎたか、とガリオンは思った。
「ビシっと決めちゃってください」
さあ、さあとレクサスはガリオンを促した。
「ちっ、仕方ねえな」
不承不承、ガリオンは無人のガラハッド機に大剣を突き立てると頭上に掲げた。
「ガリオン・オヘアがガラハッド・バルブエナを討ち取ったり!」
ガリオンは高らかに勝鬨を上げた。
「勝者!ガリオン・オヘア!」
ガリオンの名前がコールされると、闘技場はほっとしたかのような拍手に包まれた。
こうして下馬評通りガリオンが優勝し、武闘大会は幕を閉じた。
―――――――――――――――
表彰式で、ガリオンに正式に勇者の称号が与えられた。
これからガリオンは魔王討伐に出向くことになる。
ガリオンの勇者就任を祝う夜会の席で、ノアールがガリオンをベランダに誘った。
ベランダの眼下には、宮殿を中心に帝国の夜景が広がっている。
宮殿の周辺こそまばゆいばかりの光に満ちているが、城から離れるにつれ光は少なくなっていき、帝都を囲む外壁の先は真っ暗闇である。
「それでお話というのは?」
グラスを片手に上機嫌なガリオンが、自慢の金髪を手で払った。
「実は、勇者討伐にこの者を同行させてほしいのですわ」
オレは前に出て、ガリオンの前で跪いた。
オレは黒薔薇をあしらった仮面をつけていた。
「こいつ、武闘大会の時の……」
ガリオンは一瞬、眉間にしわを寄せた。
「残念ですね。もっと色気のあるお話かと期待したのですが……」
ガリオンはすぐに笑顔を作って、ノアールの腰に手を回そうとした。
「あら、気が早すぎますわ。今は魔王を倒すことが先決ではないかしら?」
ノアールは軽くかわした。
「この者は腕が立ちます。魔王討伐のお役に立てると確信しておりますわ」
「ノアール殿下、このような血筋がはっきりしない者を傍に置くのは感心しませんね。ピュアヒューマンの血が汚れますよ」
ガリオンは渋い顔をした。
「たかが第三皇女にそんな心配はご無用ですわ。それに、この者は従属の首輪をつけておりますの。裏切ることはありません」
オレは首に巻いていたマフラーを下げて、首輪をガリオンに見せた。
「っ!?宝石付き……ですか?」
ガリオンは驚いた顔を見せた。
「皇族の嗜みですわ」
ノアールは扇子で口元を隠すと、うふふと笑った。
「おい、貴様、顔を見せろ!」
何故かオレはガリオンに怒鳴られた。
確かに宝石付きの首輪は高価だとは聞いたが、そんな問題になるようなものなのだろうか?
オレは困ってノアールに目をやった。
ノアールは小さくうなずいた。
オレは仮面を取った。
「何だ、まだガキか……」
ガリオンはほっとしたような顔を見せた。
「こう見えて、若手ではナンバーワンの実力者ですのよ」
ノアールはすました顔で言った。
「ナンバーワン……ね」
ガリオンは憎々しげに小さくつぶやいた。
「わかりました。この者は受け入れましょう。ただ、相手は魔王です。安全は保障しかねます。その点はご容赦を」
「もちろん、承知しておりますわ。では、レクサス。後はガリオン様の指示に従いなさい。この方をわたくしだと思って、誠心誠意お仕えするように」
「かしこまりました」
オレは頭を下げた。
ノアールはホールに戻っていった。
「おい、ガキ。名前は?」
イライラした様子で、ガリオンはオレに尋ねた。
「レクサスです。ガリオン様」
「お前、もう黒薔薇とは寝たのか?」
「………………はい?」
オレはしばらく、質問の意味が理解できなかった。
「しらばっくれるな。宝石付きの首輪をつけてるだろうが」
「これは従属の首輪ですよ。オレは単なるノアール殿下の奴隷です。ガリオン様」
「お前は宝石付きの首輪の意味を知らないのか?いいか。首輪に宝石をつけるのは『これは私のモノだ。手を出すな』って意味だ。単なる奴隷にそんなものを与えることなんて絶対にない。宮廷にも何人かいるが、みんな皇族や貴族の愛人だ」
ガリオンは吐き捨てるように言った。
「くそ、黒薔薇め。どういうつもりだ?俺様へのあてつけか?」
ガリオンは指をかんだ。
「ふん。まあいい。お高くとまっていられるのも今の内だ。降嫁してきたらぐちゃぐちゃにしてやる。あのすました顔をどろどろのメスの顔にしてやるのが今から楽しみだ」
ガリオンは目を細めて冷酷な笑みを浮かべた。
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