2-2
◎
結局、三日目の昼過ぎ、ようやく目的地である組合の会館に到着した。
『受付は入って正面だからね』
姉の言葉を頼りに、扉を押し開ける。
「し、失礼しまーす」
室内には二十人ほどがいて、がやがやと賑わっていた。姉の言う通り、正面の仕切られたスペースに受付らしき人がいる。とりあえずそこまで向かいたいのだが、
周囲の視線が痛い。
まあ当然といえば当然で、室内の二十人ほどというのはそのほとんどが男性、それも皆が皆、私より頭二つは大きいのではないかという人ばかりだ。女性も受付の人以外に一人いるようだが、その人も頭一つは私より大きい。姉よりも高いことは間違いない。
そこに、私のような子供か大人かも分からないチビッコが入ってきたのだ。品定め、というよりは単なる好奇の目に晒される。私の一挙手一投足が注目を浴びている。緊張しながら、なんとか受付に辿りついた。
「あの、新規の入会手続きをしたいんですけど」
「はい。書類を提出して下さい」受付の人に言われて私は鞄から出していた紙を机に置く。「お名前を確認いたします」
「あ、ツルギー・トイニムです」
私が、受付でそう言った時。
明らかに雰囲気が変わった。
全員が私を見ている。その視線の意味はもはや、それまでのものではなかった。今や完全に、同業者を見る目だ。好奇は含むものの、冷徹に、私の能力を、実力を、弱点を探る目。受付の人は気にせず手続きを進めてくれる。気分が悪くなりながら、私は説明を受ける。
「これからあなたの力量を示して頂きます。能力に応じて、今後受けられる仕事が異なってきますので、少し休まれて構いません」
私は頷いて、その辺に座っていようと振り返った。
「よお、フォス・トイニムの妹」
三人。
ガタイのいい男が三人、私の背後に立っていた。
「あ、はい、ど、どうも」
「よかったら俺たちが手合わせしてやるよ」真ん中の男が言う。
さてどうしたものか。というか絶対に嫌だ。勝敗はそこまで重要ではないとしても、既に圧倒されているのだ、よいパフォーマンスを見せられるわけがない。私のほうが太さで勝ってる部分がない。だからどうにかして、この場を切り抜けたいがその勝率は微妙で、結局この人たちと戦うことになりそうだ。私はせめてもの抵抗として、後ろに一歩下がった。
『ツルギー』その時。姉が久し振りに喋った。『大丈夫だから』それだけ言って姉は黙る。
大丈夫だから? いや、絶対に大丈夫ではない。大丈夫では済まされない。これもいい経験ということか? 得られるのは経験値どころか冥土の手土産になりかねない。
「いい剣じゃねえか、ちょっと見せてくれよ」私から見て左の男が、私の腰の剣に手を伸ばす。
「や、やめ、」
「どけ」
そこに。隣から、声が飛んできた。
男たちは声のしたほうに首を回す。「……ドニー」
「その子は私が受け持つから。当然でしょ」
声の主は、一人だけいた長身の女性だ。長い髪は高めに結っていて、右手にだけガントレットを着けている。彼女は私と男たちの前に割り込んでくる。
「何を勝手に――」
「フォスに負け越してる奴が吠えてんじゃねェよ」彼女は一瞬振り向いて冷たく凄み。「そういうことだから。よろしくね、ツルギー」しっかり名前も憶えられ、私の実力試験の相手が決定した。
笑顔は少しだけ優しかった。
「姉さん、あの人って知り合い?」
私の問いに、
『教えた通りにやれば大丈夫だよ』
姉はそう答えた。
◎
私の実力を測るための模擬戦が始まる。武具はなく、着けろと言われても重くて動けなくなると思われたのでよかったが初日から怪我はしたくないなとは思う。
ドニーさんと会館の裏庭で相対する。周りは室内にいた人たちでけでなくいつの間にか二倍近くに増えていた。受付の人が私とドニーさんそれぞれの装備を確認して試験の正当性を確認する。いやドニーさんは、ガントレットを着けっぱなしなのだが、私の攻撃を受ける立場なので許されているのだろう。
受付の人が下がって、私たちは互いに剣を抜き、構えた。
「始めっ!」
その宣言と共に、私は剣で斬りかかる。ドニーさんはすぐにいなして逆に突いてきた。躱して体勢を立て直す。続いてもう一撃。ドニーさんは今度は受けた後、蹴りを入れてくる。早めに察知して、脚で受けることで衝撃を緩和する、と思ったがなかなか強烈で、私は後方に吹っ飛んだ。すぐ立ち上がり、ドニーさんから視線は外さない。
「流石にこの程度ではやられんか」「だがやっぱりキレは――」「ああ、まだ未熟」
外野がうるさい。しかし私は目の前の相手に集中する。ふつうの攻撃では駄目だ。私は再び斬りかかる。今度は、彼女の中心から外れ、彼女の左側から攻める。中心から外に攻撃が来れば、腕を後ろに引くか、逆さにして受けるしかない。前に踏み込んで、身体の向きを変えにくくもさせる。相手の体勢が崩れたところで、二撃目を狙いたい動きだが。
ドニーさんは。左手だけ引いて、片手で私の剣を受け。
右の拳を握りしめる。
まずい。剣はほぼ囮のようなものだったか。彼女にとって、本命はその拳。
先程は脚で多少は防ぐことができたが、今度は直撃を喰らう。これを防ぐ手段は一つしかない。すなわち、
私は両手に力を込める。
体勢が崩れなかったのなら、無理やり崩せばいい。左腕が内側に動けばそのぶん右手も奥まり、攻撃が届きにくくなる。私は力をいっぱいに入れ、
ドニーさんの剣を弾いた。
「あッ」
おおっと歓声が上がる。私は構わず、当初の予定通り二撃目を――
ドニーさんは。即座に剣を滑らせた左手で私の手首を掴む。透かさず体勢を立て直し、今度こそ私のお腹を目がけて拳で殴りかかる、
「そこまで!」
その宣言で、ドニーさんの拳はぴたりと止まった。直撃まであと拳一個ぶんだった。
「おつかれさまでした。査定結果が出るまでしばらくお待ち下さい」受付の人は言って、建物の中へ入っていった。
私はその場にへたり込む。周囲の人間が集まって来る前に、まっさきにドニーさんが駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「は、はい」私は伸ばされた手を取って立ち上がる。「ありがとうございました。勉強になりました」
「こちらこそ、手を抜いたようで申し訳ない」言って彼女は落とした剣を拾う。素で落としたらしい。「そうだ、ちゃんと名乗っていなかったね。
私はドニー。君の姉の、相棒だった者だよ」
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