1-3


   ◎


 夕食後、両親と机を挟んで向かい合う。剣はひとまず自室に置いてきている。

「…………」

 私はとりあえず向こうが口を開くまでは黙って様子を見ようとする。

「ツルギー」

 最初に話し始めたのは父だ。

「……はい」

「どうしてあんなことをしたんだ」

 私は。「――それは今日のこと? 昨日のこと?」自分に余裕があると自覚するため、あるいは錯覚するためにそんな軽口を叩く。

「どっちも説明できるなら、それに越したことはないが」

 対する父は、冷静にそう返答する。

「今日は、だから子供の猪が可哀想だったから」私はひとまず答えられるほうをすぐに答える。今日のことに関しては、それ以上でも以下でもないため時間をかけないほうがよい。そも両親が、私の感性のがわではなく、子供をいじめたい側であったなら今すぐにでもこの家を出ていく。「昨日に関しては――えっと、説明しづらいというか、説明できないというか、あの、上手くまとめられないっていうか」

「別に上手くまとめなくたっていい。ばらばらの文章でも」父は言って、少し椅子を引いた。その行動により私の心は少し楽になる。

「……今日の朝。家の中を掃除したついでに、姉さんの部屋に入ったの。姉さんの机を見て、姉さんのベッドを見て――そして、剣を見て。そのことを、猪が村を襲った時に思い出して、農具じゃ無理でも、あの剣なら、って」

「ツルギーがやらなきゃならないことじゃないでしょう」母が言う。「突然あなたがどこかへ走っていって、心配したんだから。分かってるの」

「それは、ごめんなさい。だけど一刻を争うと思って」

「お前は、フォスと違って、何も訓練していないだろう」父が言う。「失敗したらどうするつもりだったんだ。見ただろう、あの猪の大きさを」

「け、結果的にはちゃんと――」いや、こうではない。これでは話は一生終わらない。私には決定的な言葉が必要なのだ、




「私、剣士になりたい」




 それは。あまりに自然に、口を突いて出た言葉だった。

「それは」私の言葉を受けて、口を開いたのは母だ。「それは――フォスが、そうだったから?」

「…………」

「知っているでしょう。フォスの最期を」

 姉の最期。それは見るも無残なものだった――と聞かされた。遺体は村に戻ってきたわけだが、私は見ることは許されなかった。それほどひどいものだったということなのだろう。

「――うん」私は。「知ってるよ。でもそれだけじゃないもん、私が知ってるのは」

 両親は静かに私の言葉を聞いている。

「姉さんはいつだって格好よかった。皆のためにがんばってた。命を落とした時だって、人のために動いてた。それを知ってるから、私は、私は目指したいんだ、お姉ちゃんを」

 私の頬を涙が伝っているのが分かった。熱い涙。その感覚は、あるいは感情は、生の特権だ。

「ツルギー」

「止めたって、もう、決めたことだから」

「違う。聞いてくれ」父は立ち上がって言った。「後悔してたことがあるんだ。そう、また繰り返すところだった。剣士という、立派な生き方の、悪い面だけを取り上げて、フォスとはよく喧嘩をした。それはあの子の名誉を、矜持を、生き様を否定することだった。だから」父は私の目をまっすぐ見ている。「ツルギーが、その生き方を目指したいというなら、今度は応援したい。半端も半端、分かり合える前に、あの子は逝ってしまったから」

「――ッ、」私は、教えたかった。二人にも。姉はまだ生きている――生きているとは、少し違うかも知れないが、まだこの世界に存在していると。しかし姉の声は二人には届かない。気休めだと思われるだろう。あるいは妄言だと。そのことを考えて、私は更に悲しい気持ちになる。「あり、がとう。信じてくれて」それは私の心の底からの気持ちだ。あるいは姉の代弁でもある。

 姉がどんな気持ちで、剣士を続けていたのか本当のところは知らない。しかし両親の歩み寄りを見られたことが何より嬉しく、私と姉、私と両親、そして姉と両親を繋いでくれた猪にも、感謝をしたいと思った。


   ◎


『そっか』

 両親との話を、部屋に戻って姉に報告した。

『それで、その剣士になりたいっていうのはどういうこと』

 そう、それは姉にもまだ言っていなかったこと、というか、ついさっき思いついたことなのだった。特に今後の見通しや計画があるわけではない。

「まあ、それに関しては、長期的な目標というか、最終到達点というか。目指すものがあるといいかと思って」

『本気、なんだね』

 姉は。本気の声で、私に問いかけた。

 それが、なあなあにしていい事柄ではないことがすぐに分かる。今この場で心を決めるか。それともその夢を放棄するか。二つに一つだ。

 しかし、両親との会話を経て、それが、私の進むべき道なのではないかという気すら湧いている。よく考えれば両親と真剣に将来の話をしたのは初めてで、一回り成長できたようだ。

「うん、本気だよ」

 私は答える。姉はしばらく黙っていたが、『分かった、最大限協力するよ』と言ってくれた。

「ありがとう」私は。「ところで……剣士って、どうやったらなれるの?」そんな初歩も初歩、むしろ全ての前提となるべき質問をした。

『…………』

「な、なる気がないとか、仕事に興味ないとかではなくて。姉さんって気がついたら剣士を名乗ってたなと思って、何か資格とか証明するものが必要なのか知りたいなと」

『いや、知らないのも無理はないよ。そうか、そこから教えなきゃ』

 私が焦ったのと裏腹に、姉は存外ふつうに返答した。『結論から言うと、依頼を受けるため組合に加入しないといけない。組合じたいは成人していれば簡単に入れるけれど、能力に応じて待遇とか回ってくる仕事とかが変わってくるから、とりあえず成人式まで、毎日修行だね』

「ま……毎日?」

『とりあえず、猪を斃した時の剣撃をいつでも出せるくらいには仕上げてもらうから』

 本気。

 そう、本気なのである。

 恐らく私を――姉レベルの剣士に、育てようというのだ。成人式は春が巡ってきた時点で十二歳を迎えている子供が対象となり、一応今から一年近く時間がある。しかし一年あったとして、到達できるかどうか。姉は齢十六にして大人顔負けの実力者だったと聞き及んでいる。それの半分、いや四分の一、いやいや八分の一にでも届けばいいほうではないか――と暗い妄想が続くが。


『がんばろうね、ツルギー』


 姉の声は、至極嬉しそうで。

 絶対に手は抜くまいと、全力を尽くす決心は容易だった。

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