英雄の狂気

『敵対する連合国の侵略を阻止!

 寛容な心で連合国と和平同盟を組んだ国王と英雄に万歳!』


 しばらくの見出しはこれだ。

 短い髪を掻きながら、飲み屋のベンチから花吹雪の如く舞う記事を眺める。

 みんなが王城に向かって首を垂れ、「国王万歳、英雄万歳!」と喜ぶ姿に、どうにも俺は共感ができない。

 喜ぶべきだと、分かってる。

 だが、そう簡単に武器を下ろせない。


「……」


 英雄様のとんだ甘ちゃん行動と、頭が上がらない平和ボケした王様。

 故郷を奪われた憎しみと、奴隷だった過去があったうえでの侵攻だって分かってるのか? 彼らにとっては決死の奪還だった。


「辛気臭い顔してるな部隊長殿」


 骨付き肉を食いながら、同僚が声をかけてきた。

 丸坊主に、筋肉の塊といってもいいほど鍛えた肉体で鎧が入らず、戦争中も上半身裸に近い状態で戦った男。後世に語り継がれてもおかしくない働きぶりを見せてくれた最高の男だ。


「色々考えることが多くてね」

「はっ、お前は考え過ぎだな。生き残りがいりゃ蹴散らせばいい。だろ? 今は食べて食べて倒れるまで食べまくれ」


 明快な思考と、頼りがいのあるニヤリとした笑み。彼が同僚でよかったと思えるぐらい、気分を明るくしてくれる。


「まぁそうだな……城の警備には師匠の部隊もいる。町の周りを警戒しつつ、今は束の間の平穏を味わうか」

「おうとも!」


 とはいえ食欲が湧かず、酒を少量だけ飲むことにした。

 すっかり夜になり、城も町も不気味なくらい静かだ。

 酔いつぶれる同僚たちの幸せな寝顔に呆れつつ、町の外側へ向かった。

 心地いい風が吹いている。

 数日前まで血や泥にまみれていた平原と遠くの国境が見える。

 剣を抜き、そっと中段に構え、先を睨んだ。

 どれだけ綺麗に拭き取っても、俺の目には血が映っている。


「こんな時でも訓練ですか?」


 細い、静かな声が背後から聞こえ、思わず切っ先を向けてしまう。

 全く気配に気付けかなかった……まさか、こんな町に英雄様が来るとはな。

 鎧は身に着けず、軽装のシャツにズボンとブーツ、聖剣エクスカリバー――正確にはレプリカだが、切れ味と耐久性は世界に誇れる——を装備している。


「これはこれは、英雄様がこんなところまで、何の御用ですかな」


 長いブロンドの髪を後ろで結び、才色兼備を思うがままにしている英雄。

 剣の才能だけじゃない、絶えず変化していく戦局に怯まず、連合国との和平同盟でも尽力した、英雄を通り越して不気味な存在だ。

 誰も彼女の出生や経歴を知らない。

 最前線で戦っているせいか、血のニオイも漂う。


「ずっと賑やかな場所にいたので、貴方のお師匠さんから静かな場所を聞いて、ここにきました」

「そうでしたか。実力のほどは十分承知していますが、まだ安心できませんのでお気をつけください。それではまだ見回りがありますので、失礼」

「避けてるの? ねぇ、せっかくだし話をしましょう、隊長さん」


 余裕を浮かべた微笑み。


「……少しでしたら」


 彼女の間合いに冷や汗が出る、背中を向けることだって一秒たりともできない。

 国王が溺愛する英雄だというのに、身構えてしまう。

 英雄は遠くに見える連合国を眺める。

 余裕たっぷりの横顔から感情を覗くことはできない。


「城にどうして来なかったんです? お師匠さん達困ってましたよ」

「はは……祝う気になれなかったのです」

「どうして?」

「連合国のことを考えていました」

「へぇ、どんなことを?」

「決死の覚悟で奪還しに攻め入った彼らが、和平同盟を結ぶなんて思いませんでしたので……」


 口元を手で押さえて静かに笑う。だが、目は笑っていない。


「やはり師弟関係があると同じ考えになるんですね。お師匠さんも同じことを仰ってました。でも大丈夫です、連合国は小さな国の寄せ集め、故郷奪還だと思ってるのは、ほんの一握り。戦争をしなくて済むんだったら、そうします」

「そうでしたか……俺もここで生まれ、この国が故郷です。国名は違えど同じ土地で生まれたのに争うのは、嫌ですから」

「私は連合国で生まれました、育ちはこっちですけど」


 遠くの国境を指す。

 彼女の出生を聞いた瞬間、緊張を張り詰める音がした。


「親は、故郷を奪われた悔しさをずっと語っていました」


 城に向かって彼女は歩き出す。背中を向け、離れていく。


「……明日、城へ来てください。手合わせの時言ってましたよ、師匠よりも弟子の方が遥かに強いって、是非、手合わせ願います。ちゃんと剣、持ってきてくださいね」


 一気に汗が噴き出す。

 何度拭ってもずっと、嫌な胸騒ぎがずっとしている。

 彼女は……——。






 ——翌日のこと、城下町はいつも通りの賑やかでまだまだお祭り騒ぎだというのに、城に近づくにつれ、異常なほど静かになった。

 門兵は俺を見るなりすぐに門を開ける。

 カラカラ、と軋む。

 師匠の姿がない、国王の親族もいない。

 問いかけても、何も言わない兵達に玉座の間まで誘導される。

 血の臭いが強くなった。

 黄金と宝石で装飾された台に、目を奪われる。


「へ、陛下……こ、これは」


 国王の首だけが、虚ろな目と血の色悪く真っ青な顔で固定されている。

 赤い絨毯の上に塗り重ねられた濃い血が台から、滴っている。

 壁には、槍で磔にされ、師匠達の項垂れた姿。

 憎しみに溢れたこの狂気に、恐怖以外、何も出てこない。

 その奥、玉座に腰かける英雄が、静かに微笑みながら待っていた――。

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