雨が降るシティ

 たくさんの企業が空中にレーザー広告を載せて、無駄に高いビルに集まってる。

 隅っこの廃れた繁華街から眺め、曇り空と屋根を叩く雨音が止むのを待った。

 ピンクやブルーのネオンライトの輪郭に纏わりつく。道路を何度も跳ね濡らす。

 待てど止まない、屋台でヌードルを啜る時間だけが流れる。

 スキンヘッドに鉢巻きして、白シャツにジーパンの店主は、鍋とテレビを交互に見ていた。

 宣伝と、企業の人間をゲストに呼んでぶっ叩くテレビショーばかり。

 今日もどこかでサイレンと激しい銃声が鳴り響く。


「なぁ頼むよ、今日もツケにしてくれよ、今度ちゃんとまとめて払うからさぁ」


 隣の飲んだくれたおじさんが店主に頼んでる。

 店主は訝し気に睨んだあと、おじさんを指す。


「ふざけるな、もう10回目だぞ。今日まとめて払え、でなきゃ警察だ!」

「おいおい冗談はやめてくれ、俺達の仲だろぉ」

「こっちのセリフだ! 仲良くなった覚えはない、贔屓もしない。払うのか、払えないのか?」

「この、ぐぅ——くそったれ!」


 おじさんはヌードルの汁を器ごと店主にぶちまけ、怯んだ隙に逃げてしまう。

 所謂、食い逃げ。

 服をびしょびしょに濡らし、水たまりを踏み散らして行ってしまった。


「おいこらっ! ったくクソ……出禁だ出禁。今度来たら警察に突き出してやる」


 まぁしょっちゅうあるから、店主も慣れてるんだろうな。

 むしろ10回もツケにしてくれてるとか、甘すぎる。


『おーいもしもし? 聞こえてるか?』


 突然の連絡。渋い声が聞こえた。


「うん、聞こえてる。今雨宿り中、屋台でヌードル食べてる」

『なんで連絡寄越さない? 今から向かうぞ』

「えぇ別にマンションすぐそこだし、ちょっと落ち着いたら帰れるってば」

『馬鹿野郎、1日死亡者50人は当たり前なシティだ。ついでに俺も食ってこ』


 親気取りウザいと思えば、なんだ、結局食べたいだけか。

 通話を切ってものの数分、街で一番廉価な大衆車がやってきた。個性を出そうとして古いパンクロッカーのアイコンステッカーを貼ったり、ハンドル周りをカスタムしたりと色々やってる。屋台の隣に雑に駐車。

 砂や空気の汚れた色が黒い雫となって一緒に垂れていく。


「よぉ、店主ヌードルとヤキトリ、それから肉まん5つ」

「よっ……食いすぎじゃない?」


 顎髭を伸ばし、骨格と筋肉が大きいオッサンが隣に座った。

 左腕が銀に輝くサイバーウェアで、時々軋む音が聞こえる。


「いいんだ、夕食だしな。お前も肉まん食うか?」

「1つだけ」


 店主は特に何も訊かず、ヌードルと、更に丸く太いヤキトリと、肉まん5つを出す。


「どうも、はぁー久しぶりだぜ屋台でメシ食うなんてな。お前と一緒に食べるのもな」

「毎日嫌でも顔合わすんだから、ご飯ぐらい別でもいいじゃん」

「相変わらず冷たい奴だぜ、まぁたまにはいいだろ、たまにはな」


 たまには、ねぇ……。

 未だに止まない雨に交じってずっと聞こえる怒声と銃撃戦、救急隊のヘリが上流階級を運んでる。

 後ろの道を歩いてる血だらけの人。

 サイバーウェアから火花を散らしてふらふらになってる人。

 クスリの後遺症によって道端で呻いている人。

 広告には企業の顔。空を飛ぶ車たち。

 ただこのシティで暮らしてる一般市民だってのに、どうして――。


「……オッサン、普通に働いてる人だよね」

「あ、お、おーおぅ、車屋で修理やってんぞ、急にどした?」


 どもった答え方してんな。

 肉まんを1つ貰う。

 保温された、やや硬めの肉まんを手で割く。

 中身は虫とかをすり潰して出来た人工肉の粒。

 かじって食べながら、泳いだ目をしたオッサンを見た。


「なんでもない。たまには一緒に食べてもいいかなって思っただけ」

「ん? おう、そっか」


 雨が降る、ネオンが眩しいシティをバックに、しばらくオッサンと取り留めのない会話を続けた――。







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