第9話

 古い木造の町営住宅に女の住まいはあった。平屋の一戸建てだ。間取りは2DKで、築40年以上は経っていた。女は生活保護を受けて暮らしていた。

 

 女はニヤニヤしながら、また板で野菜を刻んでいた。子どもたちにハンバーグを食べさせてやろうと思っていた。今日はご褒美に次女の分も作るつもりだった。今日一日で二十万も稼いだ。あんなブスでも、やっぱり中学生は人気があるんだ。年を取る前にできるだけ稼がせないと。


 その家には元々5人の子どもがいたのだが、長男は高校を中退して東京に働きに行っていた。何をやっているか忘れたが夜職だ。長女は行方不明。次女は中二で、三女は小六。次男はまだ小五だが、一番男前でかわいい。小学校で野球をやっている。今度、〇〇で新しいスパイクを買ってやろう。女は息子が喜ぶ顔を想像すると嬉しくなった。私もブランドの鞄でも買おうか。借金を返したら何もなくなってしまうのだが。今日の人、また来てくれるだろうか。その人は、ヤ〇〇屋さんの紹介だったが、いかにも金がありそうな人だった。そうだ、〇〇さんに紹介料を払わないといけないかもしれない。でも、客からも取っているだろう。〇〇さんは気まぐれで困る。


 久しぶりのご馳走に子どもたちは喜んだ。次女のために作ったハンバーグは息子が食べてしまった。食事の後は三人でゲームをして楽しんだ。


 女は時計を見た。もう8時だった。さすがにもういいだろうと思った。

 まだ、最中だったら車で待っていなくてはいけなくなる。女は9時まで待った。


 女はようやく重い腰を上げた。三女に弟の世話を頼んで次女を公民館に迎えに行くことにした。次女から取り上げた洋服はビニール袋にくしゃくしゃに詰めて後部座席に置いていた。女は送迎を面倒に感じていた。これからは自転車で帰って来させよう。車のトランクに自転車を乗せられるだろうか。いや、車が小さいから、次は隣の人に軽トラを借りよう。お礼は庭に生えてる果物でも渡せばいいか。それより、自転車で一人で行かせるか。それはダメだ。約束をすっぽかすかもしれないからだ。


 女は好きな音楽を聴きながら、暗い山道を登って行った。街灯が少なくてよく見えないし、道が狭いから、途中で対向車が来てもすれ違えない。やっぱり、夜まであそこにいるのは良くなかった。そこまで気が回らなかったのだ。次は客に頼んで次女を平地まで下ろしてもらおう。

 そう言えば、あの人はどうやって公民館まで来たんだろう。もしかしたら、どこかに車を停めているのかもしれない。


 途中で客が降りて来たら困るな…女はハラハラしていた。


 女が公民館に着いた時は、まだ広間に電気が点いていた。まだ部屋にいるのか…。女はどうやって男に帰ってもらおうかと考えていた。


 しかし、玄関を見ると、男の靴がなくなっていたから、もう帰ったというのがわかった。終わったら電話しろって言ってるのに…。気の利かないやつだ。女は腹が立った。

「おい!まだ寝てんのかよ!」

 女は座敷の戸を開けるなり、布団で寝ている娘に向かって怒鳴った。娘の反応はなかった。女は怒って足早に駆け寄ると、布団をはいだ。そこには裸の娘が横たわっていたが、眠ったままだった。

「何寝てんだよ!何時だと思ってんだ!バカ野郎!」

 そして、娘の体を蹴ったが、娘は起きなかった。顔を見ると土色で目がくぼんでいる。そして、胸元が変な風に潰れていた。

「うぁーーーーーー!!!」

 女は叫んだ。

「ギャー!!!!!!」

 そして、床に座り込んで後ずさりした。


 しかし、5分も経つと状況を理解した。


 娘の姿を見ないようにして布団を掛けると、枕もとに娘の着ていたしわしわの服をぶちまけた。


 そして、電気を消して、鍵を掛けると、その場を立ち去った。


‥‥‥‥‥


 女は何事もなかったかのように家に帰った。

「お母さん、お姉ちゃんは?」

「迎えに行ったけどいなかった」

「探しに行かなくて大丈夫?」

 三女は姉のことが大好きだったから、心配そうに言った。

「彼氏と遊んでるんだろ?」女は吐き捨てるように答えた。

「うん。そうだね」

 亡くなっているのだから当然だが、姉はその夜帰って来なかった。

 朝になって三女は母に訴えた。

「お姉ちゃん、何かあったんじゃない?今まで帰って来ないことなんてなかったし」

「いいから、ほっときなよ。きっと男と逃げたんだ」

 上の兄姉がいなくなっていたから、三女は姉もそうしたのだと思うことにした。しかし、果たしてそうだろうかと三女は疑問だった。上の二人は高校生だから出て行ったが、姉はまだ中学生だ。

 母親は機嫌が悪く、反論できない空気があった。

「ほら、早く学校行きなよ!めそめそするんじゃないよ!恥ずかしいから余計なこと言うんじゃないよ」

 女は娘を殴った。


 次女の遺体が見つかったのは、それから三週間も経ってからだった。町内会の集まりがあって、誰かが公民館に行った所、集会場に長女の腐乱死体が発見されたのである。


 女は警察に事情を聞かれた時、確かに娘は家出したけど、普段家で暴れていたから探しに行かなかったと伝えた。結局、娘は家出して公民館で自殺を図ったいうことになった。女の住んでいる地域では不審死があっても司法解剖がされなかったため、それ以上捜査されることはなかった。 

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