第8話

 遠くの方で玄関の鍵を掛ける音がすると、男は胸を高鳴らせながら布団に近付いて行った。かすかにすすり泣く声が聞こえた。なるほど、まだ慣れてないんだな。男はその反応を喜んでいた。コートとジャケットを脱いで、自身も布団に入った。布団を捲った時、少女が素っ裸で何も身に着けていないのに気が付いた。一瞬見ただけだったが、小柄でぽっちゃりしていて、あまり魅力的でない体つきだった。男は遠くまで出掛けて来て、二十万も払ったのにこの程度かと失望していた。


「大丈夫?」

 男は優し気に声を掛けた。

「はい」

「いくつ?」

「14歳」

「中2?」

「はい」

「そっか。いいなぁ…若くて」

 男は隣に寝たが、女の子には手を触れずに話し続けた。女の子はしゃくり上げながら、泣き続けていた。

「彼氏いるの?」

「うん」

「そっか。それは辛いね。こんな変な場所で知らない相手としないといけないなんて…彼氏は知ってる?君がこういうことしてるって…」

「うん」

「へえ。それでも別れないんだ。よっぽど好きなんだね。君のこと」

 男は話し続けた。

「だけど、彼氏の気持ちもわかるなぁ。もし僕の好きな子がこういうことをしてても、気持ちは変わらないと思う。本当に好きだったら。君は幸せだね。その若さでそんな相手がいてさ。僕は恋人も奥さんもいない。だから金を払って若い子とエッチなことするしかできないんだよ」

 男は自嘲気味に笑った。

「彼氏とはもうエッチしてるの?」

「うん」

「今までエッチしたのは彼氏だけ?」

「違う。お客さんも」

「へえ…お客は僕で何人目?」

「5人目」

「そういう時は初めてって言わないと」

「やっぱり初めてです」男は笑った。

「大変だね。いつからこんなことしてるの?」

「今年から」

「今年の何月?」

「3月とか」

「ふうん…」

 半年で5人なら割と少ないと男は思った。

「君が落ち着くまで待つよ。今日は〇〇から来たんだ。だから、このまま帰るってのはちょっとね。途中で道に迷ってさ。はは…途中でカモシカが出たよ。すごいとこ住んでるね」

 男は淡々と話していた。女の子は男が〇〇から来たと言うので、食い気味に言った。

「おじさん、〇〇から来たの?いいなぁ。あたしも〇〇に行ってみたい」

「そう?じゃあ、遊びに来る?」

「うん!行きたい」

「後で電話番号教えるから…いいホテルを取ってあげるよ。どこがいいかなぁ…若い子はおしゃれなところがいいよね」

「本当に?」

「うん」

「私、〇〇に行ってみたいんだ。大阪とか名古屋じゃなくて」

「〇〇に来たいって、遊びに来たいの?それとも…」

「ううん。働きたい」

「へえ…中卒で働くの?」男は鼻で笑った。

「うん。お姉ちゃんもそうしてるし」

「中卒だと大変だな…やっぱり高校くらい出た方がいいよ。お母さんに内緒で来る…?」

「うん」

「君が来てくれるなら、きれいなアパート借りてあげるよ。中学を卒業したらおいで」

「でも…そんなにお金あるの?」

「うん。僕は会社をいくつか持ってるから、毎月、勝手に金が入って来るんだよ。毎日、ゴルフとかヨットとかサーフィンとか好きなことをしてる」

「すごい!」

「君には僕の店で働いてもらおうかな…〇〇〇のショップをやってて、そこの店員さんなんかいいんじゃないかな」

 男は若い女の子に人気があるキャラクターの店の名前を出した。

「え!やりたい」

 女の子は声を上げた。家出した姉は某工業地帯の部品工場で働いている。低賃金で何の希望もない暮らしをしているが、自分は違うのだ。振って湧いたような幸運だった。


「いいよ。店の子は僕が好きなように選べるから。原宿にあるんだけど、いつもお客さんがいっぱい来て、人が足りないんだよ。かわいい制服があって、チェックのワンピースで、フリルのついたエプロンをしてるんだ。今、14歳か。卒業まであと一年あるけど、待ってるよ」

「うん!」

「ちょっと落ち着いた?」

「うん」

「でも、まだちょっと待つよ…君が楽しめるまでは」

「楽しむって?」女の子は笑った。

「僕が教えてあげるよ」

「何を?」

「セックス」

「うん…」

「遊びのセックス。君がこれからこの仕事を楽しめるように」

「無理だよ…だって、お客さんは気持ち悪い人ばっかりだし。この間なんて、おじいちゃんみたいな人だったもん…でも偉い人なんだって…わざわざ京都から来たんだって。私に会うために」

「はは…馬鹿だねその人も」

「本当そうだよね」


 男はしばらく女の子と話していて、荒れた家庭環境のことなどをふんふんと聞いていた。こういう家庭にありがちだが、元父親はDV癖があり、今は窃盗で刑務所に入っていた。


「さすがに離婚したんだ。その方がいいよね…」

「でも、ここはお父さんの地元なんだ」

「じゃあ、帰って来るんだ」

「うん。でも、出て来る時期がわかるから、それまでには絶対いなくなるつもり」 

 なるほど、そう言うことかと男は納得した。引越しはそれなりに金がかかるだろう。

「〇〇に来たら過去のことは忘れちゃいなよ」

「だけど、早く逃げ出したいの。今の生活嫌だもん」

「あと一年我慢だよ。頑張れる?」

「うーん。自信ない。たまに〇にたくなるんだ」

「そんな時は俺に電話して。話、聴くから」

「ありがと」

「今まで話してなかったけど、実は僕医者なんだ」

「え、お医者さんなの?」

「うん。心のお医者さん。会社はもともと親がやってて…、親が〇んだから後を継いだんだ。僕はもともと医者なんだよ。小さい病院をやってて…紹介制なんだ。だから芸能人も来るんだよ」

「え!そうなの?どんな人?」

「〇〇〇事務所の子とか」

「え!うそ!すごい。信じられない…〇〇とか会ったことある?」

「〇〇はないけど、同じグループの〇〇はあるよ。やっぱり芸能人は、待合室で他の人と一緒になりたくないって言うし。心の病気だっていうのを世間に知られたくないから…」

「病院も遊びに来てよ」

「えー行く!絶対行く!」

「じゃあ、今度の冬休み遊びにおいでよ。お金は出してあげるから」

「え、いいの?」

「うん」

「夢見たい…〇んじゃう」少女はすっかり男に気を許していた。


「やっと笑ってくれた。こっち見て、顔見せてくれる?」

「あ…」


 女の子は不安になった。正直言って自分はかわいくない。どちらかと言うとブスだ。男ががっかりして、今の話はなかったことになるかもしれない。でも、そうなりませんように。女の子は恐る恐る男の方を見た。その人は鼻筋が通ってハンサムだった。


「え、うそ。テレビ出てる人でしょ」

 男は笑った。

「よく言われるけど、違うよ」

「違くない!声も一緒!え?何で?これって、ドッキリとか?」

「違うよ…。君、やっぱり、かわいいね。声だけじゃなくて、顔もかわいいんだ」

 男は女の子の髪を撫でた。一瞬で女の子は男に恋をした。

「あたし、顔には自信なくて」

「かわいいよ」

 それがお世辞だとわかっても、男の優しさにすっかり恋してしまったのだった。この人になら抱かれてもいいと幼いながら思った。

「落ち着いた?」男は相変わらず魅力的な笑顔で微笑みかけて来る。

「うん」

「でも、まだ心配だな。ほら、薬あげるから飲んで」

「薬?」

「気持ちを落ち着ける薬」

「怖いなぁ…私このまま〇んじゃうんじゃない?」

「まさか。僕は人〇しじゃないよ。精神安定剤だけど、一番軽い薬だよ。芸能人にもよく処方してるんだ。あの人たちって、いつもストレスを抱えてるだろ?いつも芸能記者に追いかけられて、外に出たらファンがじろじろ見て来るし。気が休まらないから、精神的に病む人が本当に多いんだよ」

「うん。わかる」

「だから、大丈夫。飲んでみて」

「うん」

「すべて忘れて楽しもう…」

「わかった」

 女の子は笑顔で答えた。

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