第2話
女が子どもの方を一瞥もせずにいると、ギャーっと女の子どもの悲鳴が聞こえた。慌ててそちらを見ると、子どもがジャングルジムから転落していたのである。
女は編み物を放り出して駆け寄った。見ると、子どもが地面に倒れている。どうしてそんな風に落ちたのかわからなかった。
「痛いよー!」
普段は何も言わない娘が大声で泣いていた。
「どうしたの!」
女は娘を怒鳴りつけた。子どもは痛いというばかりで足を摩りながら泣き叫んだ。
見れば膝から骨が飛び出していた。それは、ぎょっとするような光景だった。血が溢れて吹き溜まりが出来ている。
女は初めて人間の体の中には、本当に骨があるのだと気が付いたのだった。女はおろおろおろするばかりで身動きが取れずにいた。
「不注意だからそんな風になるのよ!前にジャングルジムで亡くなった子がいるって言ったでしょ」
女は迷惑そうに子どもに言った。地面に仰向けになっている我が子はまるで動物のように埃まみれで血だらけで汚らしかった。
「これからスーパー行かないといけないのに。まったく、もう!」
「痛いよー。お母さん、助けて!」
女は娘を見下ろしながら、腹を踏んづけてやりたいという衝動に駆られていた。
「どうしましたか?」
そこに、グレーのスーツを来た男が現れた。品があって、優し気で、ハンサムだった。年齢的には三十代後半だろうか。女は少し緊張した。
「ジャングルジムから落ちてしまって」
男は女の子を見ると驚いたように傍に駆け寄った。そして、首元の高そうなネクタイを素早く外すと女の子の足の付け根にきつく巻いた。
「これは大変だ。私は医者です!」
女はほっとした。ここは心配しているふりをしなくては。女は世間一般にいるような優しい母親に見えるように取り繕った。
「〇子。お医者さんだって。よかったね」
女の子は泣き止んでその男の顔をじっと見た。少し目が大きく、普段よりかわいく見えた。
「こっちの足は動かさないでじっとして」
医者はそう言って骨が飛び出していない方の足を触り始めた。
「こっちは痛くない?」
「うん」
その人の落ち着いた態度が頼もしかった。こういう人の奥さんはいいなぁ。女は思った。自分とは全然違う生まれの人なんだろう。一瞬でそうした思いが頭の中を巡った。
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