足を折る

連喜

第1話 

 1985年都内某所

 舞台は団地内にある寂れた公園

 まだ日がある時間帯なのに、一組の親子以外は誰もいない。

 足元の地面は乾燥した土で、散々子どもたちに踏み荒らされてしまい、草は周辺にまばらにしか生えていない。

 風が吹くたびに埃っぽい空気で目が痒くなる。


 そこにいるのは、5歳くらいの髪の長い女の子と三十歳くらいに見える母親。

 母親は細身のスカートを履いて、上には黄色い半そでのサマーセーターを着ている。

 女の子は脂ぎった髪をしていて、毛玉だらけのスエット素材のスカートを履いたまま、ジャングルジムに登って一人で遊んでいた。母親は身ぎれいだったが、子どもはみすぼらしかった。

 子どもはただ黙々と鉄の棒を上がったり下がったりしていて、全く楽しそうに見えなかった。日焼けして痩せた手足が野生動物のようにジャングルジムの鉄枠のかなを行ったり来たりする。まるで、動物園の檻にいる獣のようだった。


 母親はちょっと離れたベンチで季節外れの編み物をしていた。

 もう、数か月したらそのセーターが役に立つくらいに寒くなるのだ。

 母親は考え事をしながらセーターを編んでいて、子どものことなど見てはいなかった。とめどなく浮かんで来る嫌な思いが頭の中を支配していて、手元は機械的に動いていた。


『隣の〇〇さんって、何でいつもああなんだろう。〇子(子ども)が将来水商売の人になる、そんな顔してるなんて…』

『〇子はなんであんなにブスなんだろう…もっと、かわいかったらよかったのに。私に似れば二重だったのに…』

『旦那が子どもの貯金に手を出して飲み代に使ってしまった…今月赤字だから私の貯金で埋め合わせないといけない…』

『〇子(妹)が離婚したけど、頼られたくないから会いたくない…釣り合わない人と結婚するからそうなるんだ…自慢しやがって…だからあんな風になるんだ…』

『〇子(友人)は弁護士と結婚したのに、私は何であんな男と結婚したんだろう…みな私が高望みし過ぎというけど、うちくらいお金のない人と結婚したのは私だけだった…』

『〇〇さんに騙された…利子付けて返すって言ったのに…貯金があと5万円しかない…どうしよう』

『お兄ちゃんの奥さん苦手だわ…きついし…自慢して来るし…』


 セーターなんか編んでいるのは、実家に使っていない毛糸が沢山あったからだった。古いから変な臭いがする。しかし、それを大方引き受けて、子どもの冬のセーターにしようと思っていた。子どもはすぐ大きくなるから服に金をかける人は馬鹿だ、と女は思っていた。


 娘は本当に貧相な顔をしていた。


 父親は目が細くて、地黒で四角い顔をしていた。それでも、男だから精悍に見えるのだが、娘は女の子だからそうした特徴を受け継いでも美しくはなかった。それに無口で愛想がなく、何も喋らない。笑いもしない。とにかくかわい気がないのだ。頭も悪くて字が満足に書けない。もし、時間を巻き戻せるなら、子どもが生まれる前に戻って、違う男との人生を選びたかった。あの時、〇〇の大学生と付き合っていれば…今頃公務員の奥さんだったのに。このまま子どもがいなくなればいいのに、と女は心の中で思っていた。

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