第3話

 店の店休日は、毎月第三水曜日だった。

 今日は岡本次長と釣りに行く約束をしていた日であった。朝の五時に名瀬港に集合することにしていた。

 雄一は、釣り道具一式を自転車に積んで、アパ-トを出た。外はまだ、暗かった。こんなに早い時間に起きたのは、奄美に来て初めてだった。港は通勤路の途中にある。いつも自転車で通っているので、場所は解っていた。暗かったので、自転車のライトを点けて走った。約束の時間までには着いた。

 今日は、漁船で釣り場の岩場まで運んで貰って、岩場で釣る計画である。船に乗り込んで、岩場迄運んで貰った。岩場に着いたら船は一度帰って、五時間後に迎えに来てくれるとのことであった。

「岡谷次長。合羽かっぱは持ってきましたか?」岡本次長が訊いて来た。

「はい。持ってきました」

 島の天気は変わりやすく、何時いつ雨が降って来るか分からない。磯釣りには合羽は必需品であるらしい。

 岩場には、雨を避けるようなものは何もない。洞窟がある訳でもないし、小屋などもちろん無い。雄一は、何もかもが初めてであった。少し不安になって来た。

 船が帰って、岡本次長と二人きりになった。岩の周りはすべて海。三百六十度、視界には陸地らしきものは、何一つ見えなかったのである。

 二人は、岩を背中にして、それぞれ反対側で釣りを始めた。雄一は、なんだか世界で二人しか居ないような錯覚を感じた。空は何処までも青く、周りはコバルトの海。聴こえる音は、岩に打ち寄せる波の音だけであった。

 一時間経っても何の当たりも二人とも無かった。それからしばらくして、急に空に大きな入道雲が出て、岩場の方へ近づいて来た。続けて大粒の雨が降り出したのである。スコ-ルだ!

「岡谷次長、合羽を着ましょう」岡本次長が叫んだ。雄一は慌てて、リュックサックから合羽を引っ張り出して着始めた。

 雨は十五分くらいで止んだ。通り雨だった。身体は、二人とも、かなりれてしまった。そのうちに太陽の熱で乾くだろうと雄一は気にはならなかった。

 その後、岡本次長に当たりがきて、次々に掛かり出したのである。雄一にも当たりがき始めた。

 この日のふたりの釣果は、岡本次長が、クロダイ二匹、メッキ一匹、室鯵むろあじ一匹、目鯵めあじ二匹であった。雄一は、クロダイ、メッキ、室鯵が一匹づつ、カワハギが二匹だった。いずれにしても坊主でなくて良かった。

 雄一は、初めての磯釣りなので、自分の釣果に満足していた。でも、今後、自ら進んでは磯釣りに行こうとは思わなかった。なにかしら、あまり楽しめなかったのである。それと、岡本次長には言わなかったが、一度、糸が小岩に引っ掛かって、それを外している際に、ツルッと滑って、危うく海に落ちそうになったのである。まさに命懸けだった。救命胴衣は着ていたが、冷や汗が出たのだった。

 正午前に、迎えの船が来て、無事に名瀬港に帰り着いた。雄一は、釣った魚は勝浦食堂に渡した。

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