単身赴任
本庄 楠 (ほんじょう くすのき)
第2話
店は、十月十日に開店した。
朝から天気が良く、島一番の大型店舗の人気は素晴らしかった。エスカレーターが設置された店舗も島では初めてだった。近隣の島からもお客さんが押し寄せて大混雑だった。
徳之島、
開店初日の売り上げは、六千八百万円を記録した。この規模の店舗では、なかなかの健闘ぶりであった。
家具・インテリア担当の副課長以外は、誰も車は持ってきていなかった。皆、自転車を購入した。店から発注して、店に納入しての社員の売り上げ協力の一環ともなった。奄美大島には、交通機関としては、車か、奄美交通のバス、あるいはタクシ-、または船しかなかった。鉄道や路面電車は無い。島なので当然ではあるが・・・・・
娯楽施設もパチンコ屋くらいである。映画館もない。雄一は、映画館は一軒くらいあるだろうと思っていたが甘かった。その代わり。パチンコ店は多かった。聞くところによると、人口対比によるパチンコ店の比率は、日本一だそうである。
若い独身の社員たちにとっては、退屈なところである。飲み屋はいろいろとあるが、昼間から飲んだくれていることも出来ない。パチンコ店へも休みの度に行くわけにもいくまい。可哀想ではある。
社員の中で、独身者は九名居た。彼らは、単身赴任の名目で、本土に帰ることも出来ない。帰りたければ、休みの日に自腹で帰るしかの無いのだった。仕方がないので、夜は良く飲み歩いたのである。そして、カラオケで歌った。むしろ、飲みに行かない日の方が少ないくらいだったのである。
月に一度の店休日に、雄一は業務担当次長の岡本さんから、釣りに行かないかと誘われたのである。今迄に雄一は、海釣りの経験は全く無かった。
岡本次長は
「面白いですよ。私が教えますから」と、不安顔をしている雄一に言ってくれたのである。雄一は、釣具店で、釣り道具一式を買うことにした。
釣り具に釣り糸、浮きに重り、餌などについて、色々とアドバイスをしてくれた。長靴やクーラ-ボックス、合羽も買ったのである。そして、店休日の三日前の自分の公休日に、練習のために、雄一は、アパ-トの近くの防波堤にひとりで行って、釣りの練習をすることにしたのだった。日差しの強い暑い日だった。これからも今日のように暑いのだろうなと溜息をつきながら歩いた。季節は秋なのに!
海岸沿いにある家の庭には、真っ赤なハイビスカスが咲いていた。夏場だけ咲く花かとばかり思っていたので
「へえ。秋でも咲くのだ!」と感心して一人で微笑んでいた。
二時間程、防波堤でクーラ-ボックスに腰かけて頑張った。幾度も餌だけ取られ、付け替えては、また、釣り糸を海に投げ入れた。周りにも三人の釣り人が頑張って釣り糸を垂らしていた。
そして、突然に、雄一に当たりがきたのである。興奮しながらリールを巻き上げて竿を上げた。大きな
鯵は、雄一の行きつけの食堂である『勝浦食堂』に持ち込んだ。ここにはアパ-トに入って以来、ほぼ毎日夕食を食べに来ている。店の主人とは、もう、友人の様に付き合っている仲であった。アパ-トから歩いて十分ほどで着くので、大変便利だった。休日の日には、昼食も此処で食べた。
今日は釣り上げた鯵を持参して、塩焼きにして貰って食べることにした。
「勝浦さん。俺が防波堤で釣った魚だ!」とクーラ-ボックスから出して見せた。
「へえ-、連れたのですか?」と笑っていた。
「申し訳ないけど、塩焼きにしてくれる」とお願いした。
「承知しました」と気軽に応じて呉れたのである。店の奥から息子の慎之介が雄一に走り寄って来た。
「よう、しんちゃん!」と雄一は頭を
勝浦食堂は夫婦ふたりで、営んでいる個人食堂である。
鯵の塩焼き定食は美味しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます