第5章:町おこしイベントでの仲間割れ

 夏の到来を告げる蝉の声が、古い石畳の道端で耳に響く。

 ここ、寂れた温泉街では、数年前までは夏と言えば盛大な花火大会があったものの、今では資金難で中止が続いていた。だが今年は少しだけ事情が違う。町長が「ご当地アイドルによるステージイベント」を目玉に据えて、新たな町おこし企画をぶち上げようとしているのだ。狙いは、夏祭りとアイドルのライブを掛け合わせて観光客を呼び込むこと。実現すれば街の活性化につながるかもしれない。少なくとも町長や商工会はそう信じ、動き出していた。


 一方、その“ご当地アイドル”である「スパークル・ステージ」の面々は、地元の老舗旅館「三峰旅館」に滞在しながら活動を続けている。俺、三峰(みつみね)ジンもその旅館の息子として、そして“婚約者”設定まで背負った立場として、何とか彼女たちをサポートしようと奔走していた。だが、いかんせん本格的なアイドル活動など未知の世界。俺も彼女たちも、手探りの状態が続いているのが実情だ。


 そんな中、リーダーの水無瀬(みなせ)ヒナが、初めて本格的な“リーダーの壁”にぶつかることになった。きっかけは、夏祭りに合わせたステージイベントの企画案だ。メンバー四人の意見が割れ、ちょっとした対立が表面化してしまう――。


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### 1.夏祭りの準備会議


 「夏祭りは一ヶ月後か……。本当にそんな短期間で、ステージを組んだり宣伝したりできるの?」

 旅館の大広間。町長、商工会の数人、そして「スパークル・ステージ」のメンバー(ヒナ、桜庭(さくらば)ミツキ、春川(はるかわ)サヤ、一ノ瀬(いちのせ)ナナ)が集まり、ざっとした会議を行っていた。

 俺は隅の方でメモを取りながら、町長の話を聞いている。どうやら、祭り自体は昔ながらの神社行事をベースにし、そこに出店や屋台を並べて小さなパレードも行うのだという。そして、その目玉イベントとして、「スパークル・ステージ」がライブを披露する。

 「ま、予算は少ないが、既存の祭りに合わせてステージを組むだけなら何とかなるさ。あとの問題は演出と進行だ。君たちアイドルが“どう見せるか”が勝負だね」

 町長は相変わらず強気だ。メンバーたちも「了解です」と返事をしているが、その表情にはやや不安の色が混じる。正直、まだこの街の人々から十分な支持を得られているわけでもない。前回のミニライブはそこそこの結果だったが、大成功とは言いがたかった。


 それでもヒナは、「リーダーとして頑張らなくちゃ」といつになくやる気をみなぎらせているように見える。会議のあと、彼女は率先して新曲の準備やダンスの振付を決めようと動き出した。事務所からは多少のサポートがあるものの、基本的にはメンバー主体で作り上げる方針らしい。

 「みんな、あの……今回の夏祭りは、せっかくだし浴衣を着てパフォーマンスするのはどうかな? ほら、この温泉街の風情もアピールできると思うし」

 夕食後、三峰旅館の一室に集まった四人のメンバー。その中心で、ヒナがアイデアを出す。

 「浴衣かあ、確かに可愛いと思うけど……動きづらくない?」

 ミツキが首をかしげる。彼女はダンスのキレを重視するタイプで、従来のアイドル衣装のほうがパフォーマンスしやすいという考えだ。

 「たしかに……でも、せっかくだから和風に振り切るのもありじゃない? 『スパークル・ステージ』ならではの演出になるし。足さばきが大変ならアレンジ浴衣とかにしたらいいんじゃないかな」

 ヒナがそう力説すると、サヤは「うん、それいいね。写真映えするし、SNSでもバズるかも」と賛同の声を上げる。ナナはいつものように黙りがちだが、小さくうなずいているようだ。


 しかし、そこから話がスムーズにまとまるかと思いきや、ミツキはあまり乗り気でない様子。

 「浴衣とかアレンジ衣装って、結局作るのにお金も時間もかかるし、練習するにも動きに制限が出るよ。そもそも私たち、まだ既存の曲のダンスすら完璧じゃないし……。ステージだけやるならまだしも、夏祭りの盛り上げ役として予定が詰まってるんだよ? 大丈夫かな」

 真っ当に見えるこの意見には一理ある。ヒナが気軽に「あれもこれも!」と企画を盛り込もうとすれば、そのぶん準備は増え、リハーサルも煩雑になる。しかも夏祭り当日は、街全体が慌ただしい。屋台や神社行事との兼ね合いでスケジュールがタイトなのは想像に難くない。


 そこでヒナは一瞬、言葉に詰まる。「そうだよね……わかってる。でも、せっかくの町おこしイベントだし、私たちも手を抜きたくないの」

 ヒナの想いもまた真っ当だ。ただ、ミツキも譲れない部分があるらしく、「やるならちゃんとスケジュールを切り詰めて、私たちの体力も考えてやらないと、結局中途半端になると思う」と真顔で指摘する。サヤは「ちょっと二人とも落ち着いてよ」とオロオロし、ナナは終始黙ったままだ。


 いつもであれば、ヒナがリーダーシップを発揮してうまく方向性を示すのだが、今回はそう簡単にまとまりそうにない。企画が大きいだけに、ヒナ自身もどう折り合いをつければいいか分からず、思考が空回り気味だ。

 (うーん、このままじゃヤバそうだな……)

 俺は同じ部屋に居合わせながら、傍観するしかなかった。彼女たちが本気でステージの成功を願うからこそ、意見が衝突しているのはわかる。しかし、助言しようにもアイドル活動のノウハウなど皆無な俺に、何が言えるだろう?


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### 2.リハーサルと衝突


 夏祭りまで残り三週間。町長が用意した特設ステージの場所や、祭り当日のタイムスケジュールが徐々に固まり始めた。スパークル・ステージの出番は夕方から夜にかけての二回公演。浴衣姿でのパフォーマンスと、従来のアイドル衣装でのダンスを混ぜる“ハイブリッド構成”を提案したのはヒナだが、実現するには相当な練習と段取りが必要だ。

 メンバーは毎日昼夜を問わず集まり、リハーサルや楽曲練習に追われることになった。ところが、全員の意見がまとまらないままスケジュールだけが詰まっていき、徐々にギスギスした雰囲気が漂い始める。


 「ヒナ、ちょっといい? やっぱり新曲を入れるなら、既存のダンスを完璧に仕上げてからじゃないと危ないと思う。時間が足りなさすぎるよ」

 休憩時間にミツキが声をかける。その言葉に、ヒナは顔をしかめるが、「でも新曲を披露したほうがインパクトもあるし、町長にも期待されてるんだよ。せっかく事務所から曲データが届いたし……」と譲らない。

 サヤは慌てて「う、うん……私も新曲やりたいけど、振り付け間に合うかなあ」と戸惑い、ナナは相変わらず言葉少なに押し黙る。結局、まとまりのないままリハーサルが再開され、ぎこちない空気が流れる。


 ある日の夜、ステージ準備を手伝っていた俺は、帰り支度をしているヒナの姿を見て声をかけた。

 「大丈夫か? 最近、なんだかみんなピリピリしてるよな」

 ヒナは肩を落として振り返る。「うん……私がリーダーでしっかりしてないから、余計にごたついてるのかも。ミツキは正論言ってるし、サヤやナナも本当は意見があるのに、うまくまとめられなくて……。どうしたらいいのかな」

 俺も大したアイデアが浮かばない。ただ、見ている限りでは、ヒナがあまりにも頑張りすぎて、周囲を置いてきぼりにしている感もある。

 「ヒナ、もう少しメンバーの意見をゆっくり聞いて、具体的に役割分担を決めたら? 全部をヒナが背負う必要はないんじゃないか」

 そう提案してみるが、ヒナは眉をひそめ、「わかってるつもりなんだけど……リーダーの私が方向性を決めなきゃって思うと、どうしても焦っちゃうんだよね。時間も少ないし」と唇を噛む。


 焦燥感と責任感。ヒナはこれまで町おこしの起爆剤になることを期待され、婚約者設定まで背負ってきた。結果を出さないといけないという重圧が、彼女の心をさらに追い詰めているのだろう。俺はそんなヒナを見て、何とか力になりたいと思うが、具体的な手立てを示せずもどかしさを感じるばかりだ。


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### 3.祭り当日のハプニング


 そして迎えた夏祭り当日。朝から強烈な日差しが照りつける中、神社の鳥居周辺では露店が並び、子どもたちや観光客の姿がちらほら見える。もっと賑わうかと思ったが、まだ昼前ということもあって出足は鈍いようだ。

 スパークル・ステージの初公演は夕方五時から。浴衣を着て爽やかな夏ソングを披露する予定だ。続いて夜八時からは、アイドル衣装に早着替えして新曲含む数曲を踊るという段取り。

 「間に合うかな、衣装チェンジとかリハの確認とか……」

 特設ステージ裏のテントでは、ヒナがプログラム表を睨みながら落ち着かない様子。ミツキはストレッチをしながら「大丈夫だって。やるしかないし」と気合を入れるが、内心の不安を隠し切れていない。サヤは鏡の前で髪飾りを直し、ナナは相変わらず口数少なめだ。


 祭りの進行表によると、地元の子ども踊りや太鼓の演奏など、小規模の出し物が前座として続く。それが終わるタイミングで、いよいよスパークル・ステージの出番だ。俺は裏方として音響スタッフを手伝う形になった。

 (どうか上手くいきますように……)

 そんな祈りを込めつつ、控えめにテントを覗くと、ヒナがいきなり小走りでこっちへ駆け寄ってきた。

 「ジン、大変! ミツキが腹痛だって……」

 「えっ!?」

 どうやらミツキが急にお腹の具合を悪くし、トイレにこもっているという。水分補給のタイミングが合わなかったのか、あるいは緊張と暑さで体調を崩したのかもしれない。こんなタイミングでメンバーに不調が出るなんて、最悪だ。


 「ど、どうしよう……ミツキ抜きでパフォーマンスなんて無理だし、とりあえず少し様子を見るしかないけど。もう出番まであまり時間がない……」

 ヒナは焦燥の色を浮かべる。サヤとナナも心配そうに立ち尽くし、どう声をかけていいかわからない。俺としては「どうにか回復してほしい」としか言えないが、幸いミツキの症状は軽く、五分後には顔を青ざめながらもトイレから出てきた。

 「ご、ごめん……何とか踊れるとは思う。お腹痛いけど、やるしかない」

 必死に笑おうとするミツキを見て、ヒナは「無理しないで」と言いつつも、曲目変更などの選択肢は浮かばないらしい。結局、そのまま本番に突入することになる。


 夕方五時。神社境内の簡易ステージ前には、地元の人々や観光客らが少しずつ集まりはじめ、ざわざわとした熱気が漂う。客足は決して多くはないが、先日のライブよりは確実に人が増えた印象だ。浴衣姿のヒナたちが舞台袖に整列し、やがて司会者が紹介のアナウンスを入れる。

 「皆さま、本日は温泉街の夏祭りにお越しいただきありがとうございます! ここでスペシャルステージの始まりです。ご当地アイドル『スパークル・ステージ』の皆さん、どうぞー!」


 拍手とともにヒナたちがステージに登場する。色とりどりの浴衣姿は、たしかに目を引くし夏祭りの雰囲気にもマッチしている。ヒナがマイクを握り、「今日は暑い中来てくださってありがとうございます!」と挨拶。続けて夏の風情を感じさせる曲が流れ始める。

 俺は裏方で見守りながら、胸の奥がぎゅっとなるような感覚を覚える。ミツキは大丈夫か、ヒナは焦りすぎていないか。だけど、舞台に立った四人は笑顔を作り、浴衣らしいしなやかな踊りで客を魅了しようとしている。やはりプロ意識があるのか、先ほどまでのギスギスを感じさせないほどだ。

 観客も「おお、可愛いじゃん」「浴衣で踊るとか面白いね」と好意的な反応を見せている。拍手や口笛が上がり、気温以上の熱気がステージを包む。


 曲が終わり、MCコーナーではヒナが「ここ、実はすごくいい温泉街なんです。私たちも旅館に長期滞在して、お湯の良さに癒やされてます!」と宣伝。サヤが「おまんじゅうも美味しいので食べてくださいね」と補足すれば、客席から笑いが起きる。地方イベント独特の緩いムードだが、それがかえって心地いい。

 最初のパートは無事終わり、ヒナたちはテントに戻って息をつく。ミツキの腹痛は相変わらずだが、何とか踊りきれたようだ。「……ほんと迷惑かけてごめん」と落ち込むミツキを、ヒナが気遣うように「気にしないで。あなたのおかげで助かったよ」と励ます。つい昨日までは張り詰めていた二人の関係にも、わずかながら和らぎが生じているように見えた。


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### 4.夜のステージと結束


 そして夜八時。温泉街のメインストリートでは、出店の明かりがともり、多くの人で賑わい始めていた。日中より涼しくなったとはいえ、夏祭り特有の熱気がむんむんと漂う。そんな中、スパークル・ステージはアイドル衣装に早着替えし、ついに新曲の披露へと挑むことになった。

 準備時間は限られ、バタバタとメイクを直し、曲順の確認やダンスの最終確認を行う。先ほどの浴衣姿と打って変わって、白を基調にしたフリルのあるアイドルコスチュームへと一変しているメンバーたち。とくにヒナは、リーダーとして一番大きなリボンを髪にあしらい、センターに立つ準備を整えていた。


 「ミツキ、体調は大丈夫?」

 ヒナがそっと声をかけると、ミツキはまだ少し青ざめた顔で「うん、もう腹痛は落ち着いてきた。リハでは散々文句言っちゃったけど……新曲、頑張ろう」と返す。

 「ありがとう。私も色々考えなしだったし、ごめんね。でも、今はとにかく、みんなで最高のステージを作りたいんだ」

 その言葉にミツキは微笑んで、「オッケー、行こう!」と頷く。サヤとナナも準備を終え、四人で互いの手を重ね合わせる。横で見ている俺は、ほっと安心すると同時に胸が熱くなる感覚を覚えた。


 いよいよ新曲のイントロが流れ始め、メンバーがステージへ駆け出す。客席には相当数の人が集まっており、ライトや提灯の明かりが彼女たちを照らしている。前回のライブより明らかに多い。夏祭りのにぎわいと相まって、これまでになく盛況に見えた。

 ヒナがマイクを握り、はきはきと曲紹介をする。「続いては、私たちがこの夏に挑戦する新曲です! まだまだ未熟だけど、みんなで心を込めて歌います。どうか聴いてください!」

 曲が始まると、ヒナを中心にフォーメーションが展開される。ミツキはキレのあるダンスを見せ、サヤが笑顔で客席を煽り、ナナは静かに安定感を出す。ヒナ自身は、やはりダンスにぎこちなさが残るものの、一生懸命にステージを引っ張る。夕闇を背景にしたカラフルな照明が、四人のシルエットを際立たせた。


 客の反応は上々だ。曲調が耳に残りやすく、夏にぴったりの爽快感がある。Twitterや配信アプリで撮影している観客も多く、中にはサイリウムを振る熱心なファンらしき姿も見える。

 (すごい……ちゃんと人が集まってる!)

 裏方で見守っていた俺は感動しながら思った。この街にはまだ可能性があるのかもしれない。ヒナたちの頑張りが、少しずつ伝わりはじめた気がした。メンバーの衝突も、乗り越えられそうな手応えを感じる。


 曲が終わると、会場から大きな拍手がわき起こる。ヒナがマイクを握り、汗を拭いながら深々と頭を下げる。「ありがとうございます! これからも私たち、この温泉街とともに頑張っていきますので、どうか応援よろしくお願いします!」

 その言葉に、客からは「がんばれー!」という声援が飛び、熱狂とまではいかないが、温かな雰囲気が会場を包む。ここで司会が登場して次のプログラムへ移るが、スパークル・ステージの面々が袖に引っ込む姿に、大きな拍手がしばらく続いていた。


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### 5.仲間の絆、そしてヒナとジン


 すべての出番を終えて控え室に戻ったメンバーは、まるでマラソンを走りきったような表情を浮かべていた。ミツキはほっと息をつき、「もう腹痛なんて吹き飛んだよ」と笑う。サヤは「超緊張したけど、なんだか楽しかった!」とテンション高め。ナナは控えめに頷きながら「あんまり話せなかったけど、失敗も少なかった……」と呟く。

 そして、リーダーのヒナがバッグの隅からタオルを取り出し、みんなに差し出す。「……ほんと、ありがとう。みんながいてくれたから乗り越えられたよ」

 ミツキが「こっちこそ、浴衣とか新曲とか難題ばかりだったけど、終わってみればやってよかった気がする」と笑う。サヤとナナもうんうんと肯定し合い、自然と四人でハイタッチを交わした。その瞬間、彼女たちの間にあったわだかまりがふっと消えたように見える。


 俺は少し離れた場所からその光景を眺めていたが、ふとヒナがこちらに目をやり、「ジン、ありがとうね。裏方とか、いろいろ助けてもらったでしょ?」と声をかけてくる。

 「いや、俺は大したことしてないよ。照明と音響の人を手伝ったくらいだし……。でも、お疲れさま。いいステージだったと思う」

 そう言うと、ヒナは照れ臭そうに笑った。メンバーが水分補給に走った隙に、俺たちは二人だけで屋外の夜風に当たりに行く。賑やかな夏祭りの喧騒を背に、少し離れた暗がりの道端に立つと、さっきまでの熱気が嘘のように静かだった。


 「私、今までリーダーって言っても、実感がなかったんだ。うまくみんなをまとめられないし、ミツキには衝突ばかりで……。でも、今日のステージで少しだけわかった気がする。みんなが力を合わせれば、こんなにすごいものができるんだって」

 ヒナの瞳は夜の光にきらりと映える。アイドルとしての自覚、あるいはリーダーとしての自負が、彼女の中で芽生えつつあるのかもしれない。

 「メンバー同士でぶつかることもあるだろうけど、それも必要なプロセスなんだろうな。ヒナが真剣だからこそ、みんなも本音を言えるんだと思うよ」

 俺がそう言うと、ヒナは微かな笑みを浮かべ、視線をそらすようにうつむく。


 「……ジン、ずっと私たちに付き合ってくれてありがとう。旅館の仕事もあるのに、いつも手伝ってくれて。変な婚約設定にも巻き込んじゃったし」

 「こっちこそ、ヒナたちが頑張ってる姿を見て、俺も何かしたくなるんだ。旅館や町を守りたいって気持ちはあるけど、自分一人じゃどうしようもないから」

 そう語ると、ヒナは小さく息をつき、「ねえ、ジン。もし私たちがこれからもっと大きくなって、メディアに取り上げられたり、いろんなチャンスが増えたりしたら……って、まだ先の話だけど」と切り出す。

 「うん、そうなったら?」

 「……私たち、結局“婚約者”っていう設定はどうなるんだろう。今は町おこしのためにやってるけど、もし有名になったら、ファンが嫌がったり、事務所が止めに入ったりするかも。ジンのほうだって、普通の高校生として自由に恋愛したいときが来るんじゃないかな……」

 その問いに、俺は一瞬言葉を失う。確かにこれは“期間限定”のはずだ。しかし、こうしてヒナと接するうちに生じる感情が、何なのか自分でもはっきりしない。少なくとも今の俺は、彼女を応援したいし、彼女といると安心するのも事実だ。


 「……先のことなんて、わからないよ。だけど、今は一緒に頑張りたい。町おこしに協力するだけじゃなく、ヒナやみんなの夢が叶うように力になりたいと思うんだ」

 俺が正直な気持ちを伝えると、ヒナは少し頬を赤らめながら「ありがと」とだけつぶやいた。遠くから花火のような音が聞こえ、何かの演出が始まったのか、人々の歓声が響いてくる。夜空に上がる花火は一発だけの小規模なものだが、それでも一瞬、闇を割いて鮮やかに光り輝く。

 その様子を見上げながら、俺とヒナはほんのしばらく無言で佇む。夏祭りの余韻に包まれた静かな空気の中で、俺たちは互いの存在を感じ合っていた。

 ――こうして、一時は意見がまとまらず仲間割れしかけたスパークル・ステージも、夏祭りの成功体験を経て一つの山を乗り越えた。まだまだ問題は山積みだが、メンバーの結束は確実に強まり、そしてヒナと俺の絆にもわずかながら変化が生まれつつあるように感じる。

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