第6章:“ごり押し”、不穏な動き
夏祭りのステージで成功を収めた「スパークル・ステージ」は、地元ではちょっとした“有名人”扱いを受け始めていた。とりわけ、中心メンバー兼リーダーの水無瀬(みなせ)ヒナは、ほんの数ヶ月前には無名だったにもかかわらず、温泉街のあちこちで顔を知られるようになった。
「ヒナちゃん、夏祭りのステージ観たよ!」「浴衣で踊るの、すごく可愛かった!」――旅館や商店街で声をかけられることが増え、メンバーのミツキ、サヤ、ナナも「わあ、こんなこと初めて」と戸惑いつつ喜んでいる。俺、三峰(みつみね)ジンも“婚約者”という立場ゆえ、半ば他人事ではいられない。
夏祭りから一週間ほど経ち、当日撮影された写真や動画がSNSや地元テレビ局の情報番組で取り上げられた。街の人口は少ないが、それでもマスコミの効果はあるらしく、温泉街には久しぶりに若者の姿がちらほら見受けられるようになった。旅館にもいくつか「ご当地アイドルがいる町なんですよね?」と問い合わせが入り、ばあちゃんは「ありがたいけど、部屋はそんなに増やせないからねえ」と嬉しい悲鳴を上げている。
町長や商工会の面々も「スパークル・ステージ」にはかなり期待をかけているようで、今後もイベントを増やし、さらに大きな宣伝を打ち出そうと画策しているらしい。もっとも、彼らの熱意が良い方向に動けばいいが、少し“ごり押し”というか、危なっかしい匂いが漂いはじめたのも事実だ。
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### 1.地元メディアの注目
「いやー、夏祭りのステージは本当に良かったねえ。あんなに若い子たちが元気に踊ってくれると、こっちもパワーをもらえるよ。温泉街にとっては最高のPRじゃないか!」
旅館のロビーで、地元テレビ局のディレクターを名乗る男性が上機嫌に話している。その隣には、レポーターらしき女性が立ち、カメラマンが機材を抱えてきょろきょろと周囲を見回す。
どうやら、今回の夏祭り企画を受けて小さな特集番組を作るのだという。メンバーたちにも簡単なインタビューをしたいとのこと。ヒナたちは朝から撮影用の準備をしていて、旅館の一室を借りて簡易的なセットを作っていた。
「ジンくん、すごいことになってるね。こんな取材、初めてじゃない?」
ばあちゃんが俺に声をかける。俺は苦笑いしながら「うん、まあメンバーの方が緊張してると思うよ。俺はただの裏方だし……」と返すが、実際には“婚約者”としての役割を求められる可能性も否定できない。
やがてディレクターが「ご当地アイドルの方々、準備はいいですか?」と声を上げる。ヒナをはじめスパークル・ステージのメンバー(桜庭(さくらば)ミツキ、春川(はるかわ)サヤ、一ノ瀬(いちのせ)ナナ)が並ぶと、レポーターがマイクを向け、「よろしくお願いします!」と明るいトーンで挨拶した。
「今回は温泉街を盛り上げるために結成された『スパークル・ステージ』の皆さんにお話を伺います! まずはリーダーの水無瀬ヒナさん、夏祭りでのステージは大成功だったみたいですね。反響はいかがですか?」
ヒナは慣れないインタビューに戸惑いながらも、「はい、地元の方々が応援してくださって、とても励みになりました。今もこの旅館に滞在しながら、アイドル活動と町おこしの両立を目指しています」と答える。
その横で、サヤやミツキも頷き、ナナは控えめに微笑んでいる。取材が穏やかな雰囲気で進むのを見て、俺は少しほっとする。
だが、レポーターが唐突に「ところで、ヒナさんは温泉街の旅館の息子さんと『婚約中』とお聞きしています。これは本当なんでしょうか?」と突っ込んできた。スタジオ的には美味しい話題なのだろう。
「え、あ、それは……」
ヒナが動揺して言葉に詰まる。俺も遠巻きに見ていて、体がこわばる。メンバー内では周知の事実だが、テレビでどう扱われるのかはわからない。
結局、ヒナは笑顔を作って「一応、“期間限定婚約”という形で……町おこしのための企画でもありまして……」と説明し、レポーターは「なるほど、じゃあ実際に結婚するのかどうかはまだわからないんですね!」と軽妙に返す。あっさりと受け流したかに見えるが、視聴者からすれば興味をそそられるエピソードだろう。
インタビューはひとまず無事に終わったが、ヒナの表情は固いままだった。
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### 2.町長と商工会の“ごり押し”構想
インタビュー収録を終えた翌日、旅館の客間に町長や商工会議所の数人が集まり、今後の計画を話し合っていた。もちろん、スパークル・ステージのメンバーと俺も同席させられている。
「いやあ、テレビでの放映が決まったのは大きいね。これを機に、もっと派手な企画を打ち出したいと思ってるんだよ。たとえば……ご当地ウェディングなんてどうかな?」
町長が口火を切る。俺は「え……ウェディング?」と反射的に聞き返す。
「要は、ジンくんとヒナちゃんの結婚式を大々的にやって、それをイベントに仕立てるんだよ。婚約者設定なんだから、本当に結婚式を挙げちゃえばいいじゃないか! 地元の神社を使って和風の挙式をするってのもウリになるし、マスコミが食いつけばまた観光客が増えるだろう?」
あまりに唐突すぎる提案に、ヒナは目を丸くする。メンバーたちも「え、そこまでやるの?」「なんか話が大きくなりすぎでは……」と困惑気味だ。
商工会の一人が慌てて「町長、それはちょっと飛躍しすぎじゃないですか。婚約も期間限定って話ですし……本人たちが嫌がるんじゃないかと」と苦笑い。だが町長は意に介さない。
「いいや、今がチャンスだ。婚約がウケたんだから、結婚式も大いに盛り上がる。どうせ短期間の企画でいいんだし、式を終えたあとに『でも、二人はまだ若いので将来のことは考え中』とか適当に言っておけば……」
(何だそれ……)
俺は唖然として口もきけない。確かに観光誘致という観点では、センセーショナルな話題づくりは効果的かもしれない。しかし、本来の結婚式とは人生の一大行事であり、こんな“ごり押し”で軽々しく扱っていいものなのか?
「ご当地ウェディング」と称して、さらに派手な演出を計画する勢力が町長の背後にいるようで、商工会の中にも熱心に推進したがる有力者がいるらしい。聞けば、過疎化が進む街にとって若年層の結婚や出生数をPRするのは、大きなアピール材料になるのだそうだ。
「実際、結婚式をブームにした街おこしは他にもあるからね。あえて観光資源にしちゃうんだよ」
町長は得意げに語るが、ヒナは顔を青ざめたまま沈黙し、メンバーたちも視線を交わして戸惑っている。俺は思わず「いや、ちょっと待ってください。そんなこと、俺たちは聞いてないです。どういう気持ちで結婚式を挙げろって言うんですか?」と声を上げた。
町長は「まあまあ、怒らないでくれたまえ」と薄く笑う。「嫌だというならもちろん無理強いはしないよ。ただ、これを実現できれば町としては最高の宣伝になるし、君たちアイドルにもメリットはあるだろう?」
(メリットって……本当にそうだろうか?)
ヒナの表情を伺うと、彼女は苦しそうに口を結んでいる。どうせ“期間限定”とはいえ、結婚式となるとアイドルとしてのイメージに大きく影響を与える可能性が高い。ファンからすれば「リーダーが結婚?」と衝撃を受けるかもしれないし、事務所サイドだって黙っていないだろう。
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### 3.“婚約”解消の検討
会議が解散したあと、俺とヒナは三峰旅館の裏手にある中庭で顔を突き合わせていた。日はすでに傾きかけ、辺りにはヒグラシの鳴き声が響いている。
「……どうしよう。まさか結婚式までやれなんて言われるとは思わなかった」
ヒナが深いため息をつく。メンバーたちもさすがに驚いたらしく、サヤは「さすがにシャレになってないよ」と困惑し、ミツキやナナも対応策を考えあぐねているようだ。
「俺も正直、頭が追いつかない。町長たちは目先の話題づくりしか考えてないんじゃないかって気がして……。でも、そんなの、俺たちの人生の問題だし」
俺も気が重い。婚約ですら“仮”のはずなのに、その上で式を挙げろなんて聞いたことがない。いくら町おこしのためとはいえ、度が過ぎている。
ヒナは少し俯きながら、つぶやくように言う。「……私たち、最初から“期間限定婚約”って決めてたよね。そろそろ、そのことを公にして、解消する方向に持っていったほうがいいんじゃないかな……」
実際、俺たちも以前から、どこかのタイミングで“婚約設定”をちゃんと解消する必要があると感じていた。最初は話題づくりとして有効だったが、段々と独り歩きしている面がある。アイドル活動が盛り上がるにつれ、ヒナのファンが増えてきて、婚約の事実(設定)が負担になりかけている。
「そうだな。結婚式云々って話が加速する前に、きちんと『実は町おこしの企画で~』って説明して、お終いにしたほうがいいかもしれない。ヒナだってこのままだと活動しにくいだろうし、俺の方も“いつまで続けるんだ?”って感じになってる」
そう提案すると、ヒナは申し訳なさそうに顔を背ける。「うん……ごめんね、ジン。最初から無茶な設定に付き合ってもらって。今更解消したら混乱させちゃうけど、これ以上振り回されるのは嫌だよね」
俺は首を振り、「いや、もともと町長たちが無理言ってきたんだし、ヒナが謝る必要なんてない。俺も旅館や街を盛り上げたいと思ってたから協力したんだし、実際それなりの成果もあったんだから」と返す。
夏祭りのステージやメディア露出など、アイドルの存在がこの街に新しい風を吹き込んでくれたのは事実だ。客足は微増かもしれないが、以前よりは人の動きを感じる。それだけでも十分に嬉しい。
「ただ、さすがに結婚式となると話が大きすぎるし、そこまで“ごり押し”されても困るよな」
改めてそう言うと、ヒナはうなずいて小さく笑い、「うん……もうちょっと早く動くべきだったかも。事務所にも説明しきれてない部分があるし……でも、町長たちの勢いに飲まれちゃってたんだよね」と苦い表情を浮かべる。
(確かに。町長や商工会のテンションは凄まじかったからな……)
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### 4.止めるべきか、乗っかるべきか
とはいえ、解消を告げるにしても、町長たちが素直に引き下がるとは思えない。地元メディアでの露出が増えた今こそが“次の一手”だという意識があるらしく、結婚式以外にも「カップル旅行特集」「婚約者同士で温泉めぐりロケ」などの企画書が幾つも検討されているそうだ。
商工会議所の一部からは、「ジンくんとヒナちゃんが真面目に結婚すると聞いてたのに、やっぱりフェイクだったのか」という声が上がりかねない。もしかしたら、「だましやがって!」と反発されるかもしれない。
「うーん、困ったなあ……どのタイミングで打ち明けるべき? メディアがこの話題に興味を持ってるうちに解消したら、逆に大きなスキャンダルになっちゃう?」
ヒナが悩ましげに眉を寄せる。俺も同じように頭を抱えるしかない。婚約解消を公表することが、アイドルとしてプラスに働くかマイナスに働くか判断が難しい。町おこしの観点で見ても、急に「婚約は嘘でした」となると信用問題にもなりそうだ。
そんな空気をよそに、町長はさらなる“大きな宣伝”を企画している模様だ。商工会の内部から聞こえてくる噂によると、テレビ局に泣きついて特番を組んでもらおうとしていたり、大手企業とタイアップするためのスポンサー交渉を進めていたりするらしい。
ある夜、旅館に戻った俺は、ばあちゃんから「今日、町長がまた来て、すごく嬉しそうに“近々大ニュースがあるぞ”って言ってたんだよ。まさか、結婚式のことじゃないかねえ?」と耳打ちされる。
(やっぱり、あの人本気で突き進んでるのか……)
もし本当に大企業やテレビ局を巻き込んだ“ごり押し”企画が決まってしまえば、俺とヒナの意思に関係なく既成事実が作られてしまう危険がある。そうなる前に早く行動しないと手遅れかもしれない。
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### 5.周囲の熱量に呑まれて
翌朝、ヒナたちは事務所との連絡を取るために、一時的に近隣の都市へ向かった。俺も同行しようかと考えたが、ヒナは「大丈夫、これは私たちアイドルとしての仕事だから」と静かに断った。彼女なりに、婚約解消のことも含めて事務所の意向をしっかり確認するつもりらしい。
その間、俺は旅館で留守番しつつ、じいちゃんとばあちゃんの手伝いをこなす。客室の掃除や玄関先のごみ捨て、温泉の調整などやることは多いが、気もそぞろで落ち着かない。
夕方近くになって、ばあちゃんがひょいと俺のところへ顔を出し、「ジン、また町長が来てるよ。ロビーで待ってるから、行ってあげて」と言う。胸騒ぎを覚えながらロビーへ向かうと、町長はニコニコと上機嫌だ。
「ああ、ジンくん。ちょうどよかった。いやあ、ついに決まりそうなんだよ、大きな企画がね!」
なんとも嬉しそうな町長の顔を見て、俺は嫌な予感がする。「大きな企画……って、まさか例の結婚式の話ですか?」と恐る恐る聞くと、町長は「おおむねそうだ」と言わんばかりに目を輝かせる。
「まだ詳しくは言えないけど、テレビ局の特番と絡めて、ジンくんとヒナちゃんの“ご当地ウェディング”を全国に発信できるチャンスが訪れそうなんだ。しかもスポンサーが付くかもしれなくてね。もしこれが実現したら、旅館も観光地も一気に注目されるぞ!」
(うわあ、ほんとにそこまでいっちゃうのか……)
心の中で悲鳴を上げる俺をよそに、町長はさらに続ける。「それでね、早ければ来月にも挙式イベントをやりたいんだ。細かい段取りはこれから詰めるとして、君たちは協力してくれるよね?」とまるで当たり前のように言う。
断るにも、ヒナ本人が不在の状況では何も決められない。俺は曖昧に笑うしかなく、「あ、あの……ヒナとちゃんと話し合わないとわかりません」と返すと、町長は「もちろん、もちろん! でも時間があまりないから、早めに回答をお願いしたいね。スポンサーの都合もあるし」と釘を刺してくる。
(ここまで具体的に動き出してるなんて……正直マズいかもしれない)
俺は頭を抱え、ヒナやメンバーが戻ってきたら早急に打ち合わせなければと気を揉む。もはや周囲の熱量は、俺たち二人の意思を完全に無視する勢いだ。どうやって“婚約”を解消すればいいのか、あるいはそれを先延ばしにしてやり過ごすのか。どちらにせよ、何らかの決断を迫られる日が近いのだろう。
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### 6.二人の本音
日が暮れるころ、ようやくヒナとメンバーたちが旅館に戻ってきた。ロビーには町長の姿はなく、どうやら先ほど帰ったらしい。ヒナは疲れた表情を浮かべているが、ミツキやサヤ、ナナも同様に沈んだ空気をまとっている。
「事務所と話してきたけど……やっぱり婚約解消するなら、きちんと会見なり発表なりしないとダメだって言われた。ファンの反発もあるだろうから、慎重にやらなきゃいけないらしい」とヒナが小声で呟く。
俺は「そうだよな……それが常識的だと思う」と頷く。ひっそりとフェードアウトできるほど甘くはない。アイドルとして活動する以上、世間の視線は厳しい。唐突に「解消します」では収まらない。
「でも、町長たちは結婚式までやりたがってる。テレビ局とスポンサーが絡んでるんだと。ますますややこしくなってるよ」と俺が付け加えると、ヒナはさらに暗い顔になる。「やっぱり……最悪の場合、事務所に強く断ってもらうしかないかな。婚約を解消するどころか、結婚式なんてやったら大騒ぎになる……」
メンバーたちも深刻そうだ。サヤは「いくら宣伝になるって言っても、ウチらまだ駆け出しだし、ファンからしたらドン引きだよね」と肩を落とし、ミツキは「むしろ私たちが悪者扱いされそう」と憤りをあらわにする。ナナは言葉少なにうなずいている。
「……ごめん、ヒナ。もし周りに押し切られそうになったら、俺がはっきり断るから。婚約解消も早めに動こう」と意を決して言うと、ヒナはかすかに微笑む。
「ありがとう、ジン。でもこれ、ほんとに簡単じゃないよね……。いつの間にか周りの期待が大きくなりすぎて、私たちが翻弄されてるって感じ」
そうつぶやく彼女の瞳には、疲労と不安が入り混じった色が浮かんでいる。こんな状態が続けば、ヒナのアイドル活動そのものに支障をきたしそうだ。とにかく早めのアクションが必要だろう。
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### 7.不穏なうわさ
その夜。俺はスマホでネットの書き込みを眺めながら、妙なうわさを目にした。
「町おこしアイドルが結婚詐欺?」「婚約はただの売名行為?」「プロデューサーが裏で金を動かしている?」――真偽不明の情報が散らばっており、どれも誹謗中傷まがいのタイトルばかり。
(まさか……もうこんな噂が広がってるのか?)
まとめサイトのコメント欄には「どうせローカルの仕込み企画だろ」「アイドルと称してるけどレベル低いし、話題作りに必死すぎ」など散々な書き込みもある。確かに、周囲の“ごり押し”が表立ってきているのは事実だし、それを批判する声が出てもおかしくはない。
俺はヒナにこのことを伝えようか迷ったが、彼女がさらに気を病む恐れがあるので、まずは自分だけで情報を集めることにした。何となく、この流れが加速すれば、いずれマスコミが「婚約者カップルの真相」などと騒ぎ立て、事態がさらに混沌としそうな気がする。
(俺たちがやるべきことは何だろう。周囲に流されるままじゃなく、自分の意志で決めるべきだろうけど……)
結局は、ヒナと話し合って「婚約解消」を正式に公表するか、それとも町長たちの企画に“一度は乗る”のか――いずれにせよ、時間があまり残されていない。
窓の外を見ると、夏祭りの余韻などとっくに消え去り、静まりかえった温泉街が広がっている。暗い道を見下ろしながら、俺は妙な胸騒ぎを抑えられなかった。まるでこの街が、俺とヒナを飲み込もうとしているかのようにすら感じる。
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### 8.決断の猶予
翌朝、ヒナは事務所と電話で何やら話し込んでいる様子だった。メンバーが廊下で「ヒナが珍しく声を荒らげてる」とひそひそ話しているのを聞くと、どうやら事務所サイドでも揉めているのかもしれない。
(このままズルズルと行けば、最悪の場合、ヒナがグループを脱退するなんて事態にもなりかねないな……)
俺は旅館の縁側でうつむき加減になっていると、ばあちゃんがやって来て「ジン、元気ないねえ。あんた、若いんだからもっと堂々としてなきゃ」と声をかけてきた。
「いや……ちょっと問題が色々あってね」と答えると、ばあちゃんはすべてを悟ったように微笑む。「町長がまた妙なことやってるんだろ? 昔からそういう人なんだよ。勢いはいいけど、周りの気持ちを考えないっていうかね。でも、あんたたちにはあんたたちの都合がある。無理することないよ」
ばあちゃんの言葉に、ほんの少し気が楽になる。たとえ町長や商工会が強引に企画を進めようとしても、最終的に従う義務はない。こちらの意思を貫けば、対立するかもしれないが、仕方ないだろう。
「……そうだね。ありがとう、ばあちゃん」
そう答えた瞬間、廊下の奥からヒナの声が聞こえ、彼女がこちらに歩み寄ってきた。表情はまだ硬いが、少しだけ吹っ切れたようにも見える。
「ジン、ちょっと話があるんだけど……」
俺はうなずき、二人で静かな部屋へ移動する。メンバーにはしばらく外してもらい、俺とヒナは向かい合って座った。
「事務所としては、やはり“婚約解消”は公にきちんと発表したほうがいいって。いつまでもごまかしてると、ファンの不信感も高まるし、町長たちの妙な企画にも巻き込まれかねないからって」
ヒナがそう切り出し、俺は「うん、それがベストだと思う。俺もそれに賛成」と頷く。ただ、問題はタイミングだ。
「町長がもうテレビ局とスポンサーを巻き込んでるって聞いたし、このままだといきなり“結婚式プラン”が発表されてもおかしくない。それを阻止するには、やっぱり早めに動くしかないよね……」
ヒナの言葉に俺も「そうだね。夏祭りの成功で勢いづいた町長の暴走を止めるには、こっちから先に“婚約解消します”って打ち上げて、既成事実を作っちゃうしかないんじゃないかな」と答える。
「ファンからのバッシングも覚悟はしなきゃいけないけど……大丈夫、私がリーダーとしてちゃんと説明するよ。ジンは旅館のことがあるし、あんまり責められないよう私が先陣を切る」
そう言って、ヒナは決意を固めた表情を浮かべる。もともとこの企画は町側が押しつけてきたものだが、ヒナが皆を納得させる形でまとめるなら、メンバーやファンも理解を示してくれるかもしれない。
俺は静かに手を伸ばし、ヒナの手に触れる。もちろん恋愛感情を込めたわけではないが、アイドルとして繊細な立場にいる彼女が、これ以上苦しまないようにという思いがあった。
「ありがとう、ヒナ。俺もできる限り協力する。二人でこの街を盛り上げようとしたのは事実だし、その成果が出たのも嬉しい。でも、無茶な話には乗らなくていいよ。もし対立が避けられないなら、俺もちゃんと町長や商工会に意見する」
ヒナはきゅっと口を結んだ後、ゆるやかに微笑む。「うん……頼りにしてる。私もリーダーだから頑張る。でも……ジンの存在はやっぱり心強いよ」
そうして、俺たちは“期間限定婚約”を解消するための具体的な動き方を相談し始めた。町長たちの暴走をどう止めるか、地元メディアやファンへの説明はどうするか――課題は山積みだが、少なくとも「何もしないまま飲み込まれる」だけは回避したい。
しかし、このときはまだ知らなかった。この婚約解消を巡る動きが、さらなる波紋を呼び、大きな渦へと発展していくことを――。
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