第8話

「――十彩君。あと、十日だね」

「あぁ」


 いつもと変わらない日常――なんて、嘘だ。僕の視界は、ほとんど白色に埋め尽くされている。君の顔さえ見られない。どこにいるのかもわからない。でも、でも……


「僕は……やらなきゃ」

「お願いだから、無理はしないでね。私の大切な十彩君なんだから。――あと十日間でも、私は君の彼女だよ?」


 心橙の声だけが僕の心を癒してくれる。僕は今、笑えているかな? 君のことを心配させていないかな?


「――十彩君っ」


 心橙が僕に飛びついてきた。君の暖かい温もりと、早い鼓動を感じる。君を落ち着かせるように、背中へ手を回した。


「本当に、いままでありがとう」

「過去形に、しないでよ。……必死に泣かないようにっ、してたのにっ――」


 心橙は子供のように泣きじゃくって僕を強く、強く抱きしめる。僕も抱きしめかえそうとするけど、力を込められない。嫌でも、死ぬときが近づいてきているのを感じる。


「ごめんね。泣きたいのは十彩君の方だよね。わかってる、けど。でも、寂しい。死なないで。側に、いて……」



「こっちこそだよ。側にいられなくて、ごめん」



 心橙は、一度僕から離れて、浅く呼吸をした。




「十彩君の、お母さんから聞いた。明日から、もう会えないんだよね」

「――うん」


 僕の母親は、僕に負担がかかるのを心配したらしい。もう、何も言い返す気力がなかった。心橙にも、負担をかけたくなかった。


「もう、今日でお別れ、なの?」




「――――うん」


「……そっ、か」




 心橙は、必死に嗚咽を抑えているようだ。彼女にそんな思いをさせる自分が恨めしい。



 でも、これだけは――言っておかなくては。



「なぁ、心橙」

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