第3話

 ふと意識が戻る。

 目を覚まして、目の前に彼の顔があって、まずフェルディナントはギョッとした。

 軍人としての思考に慣れた彼の頭にはすぐ「なぜ」と「いつから」という疑問が過ったが、辛うじてうわあああああ! という戦争中でも上げたことのない悲鳴をあげる失態だけは避けることが出来た。

 そしてすぐに自分の手をネーリが握っていることに気付いて、一瞬手が強張ったが、すぐに感動した。

 フェルディナントは出会った時からネーリの魅力に惹かれて、彼が望んで、自分の側にいてくれて、自分を必要としてくれたらと願っていたけれど、実際にはネーリはどこまでも自由で、側に繋ぎ止めておくことなど出来ない人だった。そんな彼が初めて、自分からフェルディナントの手を握って、側で眠ってくれている姿だったのだ。

 なんで目を覚ますとこんなことになっているのかはこの際後である。勿体なさ過ぎて、手を振りほどくことが出来なかった。

 ――と。

 フェルディナントは目を瞬かせる。

 静かに眠っていたように見えたネーリの眦に、涙の雫が浮かんだのだ。表情は静かで、別に魘されてるわけではないけれど、彼は涙を零していた。

 聞かないようにはしているけど、彼の中にある、心を捕らえて離さないものがなんなのか、それが知りたくて仕方なかった。

 ヴェネトへの想い、

 祖父と過ごした幼少時代。

 どちらも確かに、フェルディナントには触れられないものかもしれないけど。

(でも例え過去を一緒に歩むことが出来なくても、未来を共に歩むことは出来るだろ?)

 例えば結婚は、違う過去を生きた二人が出会って、共に未来を歩んでいくという約束だ。

 フェルディナントは自分の思索に満足した。

 そうなのだ。

 結婚だとか、お抱えの画家だとか、色々言葉はあるかもしれないけど、結局のところは。


(俺はただお前に、俺と一緒に未来を歩んで欲しいんだ)



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