第3話 さぁ、異世界を楽しもう!
ギルドの中は騒がしい。依頼が貼られている掲示板の前には
「ツクー! あんた受付の仕事放り出して急に飛び出て! 何処行ってたのよ!」
「ごめ~ん、ジェリカ。 今度なにか奢るからさ~」
奥のカウンターで身を乗り出して月夜に怒る魔族を見て大地は驚いて口を開く。先ほど自分を襲って殺そうとしていた魔物に似ていたのだ。
「ゴ、ゴブ――」
言いかけたところ月夜によって口を塞がれた。そして周りに聞こえないよう耳元で小声で注意する。
「彼女はホブゴブリン。 ゴブリンと一緒にしちゃ駄目」
塞がれていた口から手を離されると大地は「ち、違うんですか?」と彼も小声で質問する。
「人間と猿を一緒にするようなもんよ。 あなただって初対面の相手に猿呼ばわりされたら怒るでしょう?」
「は、はい。すみません……」
「あぁ、ごめんごめんジェリカ。 ちょっと同郷人っぽいのが迷子になってるって情報入ってさぁ」
月夜は申し訳なさそうに言いながらカウンターに向かって歩きホブゴブリンの女性ジェリカに謝る。
「……まぁ、それなら仕方ないけど。奢りの件は忘れないでよ」
「分かってるって。 で、三番の会議室空いてる?鍵ちょうだい」
手を出す月夜に、「はいはい」と答えたジェリカは引き出しを開けて鍵を取り出し渡す。
「ありがとう。 ほら、大地くんコッチ」
鍵の付いている金属の輪に指をかけ、クルクルと回しながら月夜は大地を促す。通された部屋で「座って」と言われて大地は素直に座った。
「おい、水持ってきたぞ」
と、陽太がやって来て大地の前に陶器製のコップを置いた。
「ありがとうございます」
転移してからここまで、ほぼ一日中飲まず食わずでいた大地は有難くコップを手にして一気に飲み干した。
「お代わりいるか?」
「はい、お願いします」
フッと笑った陽太はコップを受け取り「オッケー、ちょっと待ってろ」と部屋を出て行く。扉が閉じると月夜が口を開いた。
「さてと、まぁ、いろいろと混乱してると思うけど、結論を言うと君は異世界に転移した。 そして、わたしたちが八年もここに居て暮らしてることから分かると思うけど、帰る方法は今のところ無い。 ここまでオッケー?」
「……オッケーではないですけど、分かりました」
「まぁ分かるよ気持ちは。 わたしだって帰りたい気持ちはあるんだし」
そう言って月夜はポケットから色褪せてボロボロの封筒らしきものを取り出して大地に見せる。「それは?」との問いに月夜は少し寂しそう笑顔で言う。
「いつ、何のきっかけで帰れるか分からないからその準備。 これはね、ここに残るって決めてるヨーちゃんからのご家族への手紙」
あっ、と思って大地は月夜の顔を見る。
「わたしはね、正直その時になってみないと分からない。 こっちの生活も慣れてきて楽しいし、友達もたくさんできたからね。でもやっぱり家族に会いたいって気持ちもある」
そう言うと月夜はポケットに封筒を戻す。
「大地くんがどう考えてるか…… 君がどうしたいのか…… 何にせよ、わたしたちはそれを手助けするつもりよ。 そのために、わたしたちは冒険者ギルドを盛り上げてきたんだから」
「冒険者ギルドを? 何でですか?」
「ほら、異世界に転移して困ったら最初に行くところじゃない?」
月夜は自分でそう言いながらもバカバカしいと思っているのか苦笑いしている。大地も冗談かと思い「そんな馬鹿な人いませんよ」と苦笑いで返す。そこへ、水を持って戻ってきた陽太が扉を開けた。
「いたんだなぁ~、コレが……」
そう言いつつ苦笑いを深めたあと、月夜は気を取り直すように真面目な表情になって口を開く。
「ま、どうするかは先のこととして、まずはこっちでの生活を考えないとね。 もし帰る方法があるとしても、しばらく帰れないことは確かなんだし」
少し落ち込んで「……そうですね」と言う大地に月夜は優しく声をかける。
「……誤解しないでね、これは諦めろって言ってるんじゃないの。帰りたいのなら希望は常に持ちながら、それでも心の中で区切りはつけなさいよ」
月夜の言うことを理解できた大地は「はい」と答えて頷き、ホッとした様子の月夜は話を続ける。
「コツは楽しむことね。 こんなことを言ったらアレだけど、せっかくなんだし異世界を楽しみましょう、ね?」
ニコッとした月夜の笑顔に、大地も落ち着き安心して「はい、分かりました」と笑顔で答えた。
「ふふっ、ごめんね、わたしばっかり喋ってたわ。 大地くんのほうから何か聞いてみたいことってある?」
「あ、それなら……」
言葉を区切った大地は、月夜と陽太の顔を見て続ける。
「お二人は、どんな感じでこっちに来たんですか? どんなふうにこっちで生活してきたんですか?」
大地に問われ、月夜と陽太は顔を見合わせる。そして大地に向き直りニコッと笑った。
「わたしたちの時はね―――――― …………」
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