怪物たちの戯れ言
薬王寺 みんと
第1話
1
少女が宙に舞った。
胴体はありえない方向に曲がり、結ばれていた髪が解ける。回転しながら体は地面へと無造作に落下した。人としての型は留めているが、関節から骨がむき出しになり、手足が別々の方向を向いている。まるで糸の切れたマリオネットだ。トラックは彼女のことなどつゆ知らず、スピードを落とさず直進した。
少年はただ立ちつくしていた。
信号が変わるのを待っていた最中、鈍い音が響いた。ふとスマホから視線を上げると少女がボロ雑巾になっていた。目の前で少女の死に様を目撃し、少年の思考は停止した。恐怖など複雑な感情が入り交じり、その場から動けなかった。しかし、ある違和感が少年の思考を動かす。
─静かすぎる─
事故が起きたにしては静かすぎる。普通人身事故が起きたら、野次馬が集まるはずだ。しかし、人が集まる気配は一切ない。辺りを見渡すと、コンビニの駐車場に、自分と同じくらいの3人組がたむろっている。しかし彼らは彼女の方を見向きもせず、談笑をしていた。更に不可解なのはトラックだ。クラクションすら鳴らさず、スピードを落とさないで走行していた。彼女のことに気づかなかったのか?いや、それにしても普通なら激突したら気づくはずだ。
混乱しているのもつかの間、新たに1台の車が来た。運転手は顔色ひとつ変えず、走行している。彼女─いや肉塊は更にグロテスクに変貌した。頭はもげ、四肢は完全に分断され、胴体も真っ二つになった。あまりの悲惨さに少年は嗚咽し、下を向いた。やはりおかしい。なぜ、皆気づかない。普通ではない。なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ
「やっぱこんなんじゃ死ねないかー」
少年の呼吸音だけの空間にかすれた声が響いた。女性の声だ。少年は思わず頭を上げ、目の前の肉塊─いや少女を見た。まるで時間が巻きもどるかのように少女の肉体が形作られていく。あらぬ方向に曲がった四肢が、真っ二つに分かれた胴体が、無造作に転がった首が、元に戻っていく。ものの数秒で、彼女は元に戻った─服以外は─
「んーと確かこれで54806回目かな、原点回帰で交通事故ー。やっぱ今回もダメか…」少女は周りのことなど気にも止めずにいた。少年は呆然とその様子を眺めている。
「…おや?」
目が合った
「そこの少年…もしや私を認識できているのかい?」
近づき、少年に微笑みかけた。
彫刻のような完成された体型、腰まで伸びている長い白髪、宝石のような輝きの赤い瞳、そして非常に整った顔のパーツ。今まで会ったどの女性よりも美しい。あまりの美しさに恐怖を覚えそうになる程だ。
「……あの…大丈夫なんですか…?」
「大丈夫?何が?」
「いや、だから……服…通報されますよ」
「あー。これは失敬。肉体は再構築されても、服はそのままなんだ。不便よねー。悪いんだけど少年、そこのコンビニで下着買ってきてくれる?」
「まあいいですけど、ついでに通報しときますね。」
「おっと、それは勘弁かな。サクッと死ねないからね。今の時代で獄中死は至難の業よ。100年前ならOKしてたけど、今はパスね。」
「は、はぁ」
「んじゃよろしくー!」
そう言うと、彼女は少年の背中を力強く叩いた。少年は少し痛がりながらも、渋々彼女の要求を呑んだ。
これが
怪物たちの戯れ言 薬王寺 みんと @mintglass
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