第5話 ハッピーエンド至上主義

 ルーナは己の人生を振り返る。


 特に良いことなんて一つもなかったな、と思った。


 幼い頃に両親は魔物に襲われて死んでしまって、ずっと一人で生きてきた。

 頼れる人はいなくて、半魔だからって村を歩けば石を投げられる。


 自分の畑なんて持ってないから他の人の畑仕事を手伝って、それでも手に入る食糧は毎日ギリギリ生きられる程度の量だけ。


 魔族と人間のハーフだから、居場所なんてどこにもない。

 魔族からは人間の血を、人間からは魔族の血を疎まれる。

 戦争から100年たって人類と魔族は友好条約を結んだけれど、禍根は根深く、ルーナの居場所を否応なしに奪っていく。


 だから、村を出ようと思った。

 王都には人間も魔族も獣人も大勢いて、こことは比べ物にならないくらい住みやすいらしい。

 しかもアラド学院という学び舎では同年代の子供達が、色んな種族が、互いに切磋琢磨して剣術や魔法を学んでいる。


 ――友達がほしい。

 それはルーナのささやかな願いだ。


(でも、それも結局叶わなかったな……)


「さて、早速やっちまうか」


 後ろには木。左右と前方には目をギラつかせた男が3人。

 逃げ場はなくて、助けもない。


 慰み者にされて、挙句の果てに殺される。

 その絶望が、あと数秒先まで迫っている。


(嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。そんなの嫌……)


 けれど今のルーナには、足掻く力も勇気もない。

 だから願うしかなかった。


 神の存在を。

 奇跡の存在を。

 幼い少女が思い描く絵本の世界みたいに――


 自分を救ってくれる誰かの存在を。


 男の手が伸びてくる。

 ルーナは一雫の涙を零し、固く目を瞑った。


 だが――


「あっち! なんだこの火は!?」


 その手がルーナに触れることはなく、聞こえてきたのは慌てたような男の声。

 恐る恐る目を開くと、小さな火の玉がルーナの周りをくるくると回っていた。


「なに、これ……?」


 まるでルーナを守るみたいに、火の玉は男の前に立ち塞がる。

 不思議な現象に混乱するルーナだったが、嫌な感じはしなかった。


 むしろ、どこか温かい。優しい光を感じる。


「てめぇ、何しやがった!? まさか魔法――」


 その時、空からふわりと何かが舞い降りた。

 人だ。黒いマントに長い髪を靡かせた、狐獣人の小さな女の子。


 彼女はビシッと指先を男達に向けた。


「ハッピーエンドを破壊しようとする野蛮な輩め。この我がお主らを成敗してくれよう」


 少女の身から、膨大な魔力が迸る。

 魔族の血を引くルーナだからこそ見える、その魔力の奔流。それは戦いの経験がないルーナでも分かる程の、圧倒的強者の風格だった。

 最早その魔力量は、子供が宿していいレベルではない。暴力的な、けれどもこちらを気遣うような、猛々しい力。


 それはまるで――


 神様、みたいな。



 ルーナは自然と、祈る様に手を合わせていた。


「神様は、ここに……いたんだ……」

「そう、我こそは! 最強無敵美少――え、神? 誰が?」


 少女の間の抜けた声が、森に木霊こだまする。

 ルーナはただ、そんな少女に向けて涙を流して微笑みかけたのだった。



 ***



 コヨリは頭に疑問符がいっぱいだった。

 神、とは一体どういうことだろうか。


(我は神ではなくてただの、のじゃロリ狐っ娘じゃが……?)


 改めて後ろにいるルーナを見る。

 一言で言うと、白い。髪も肌も目の色も、何もかもが白かった。

 しかしそこに病的な白さなんてものは感じなくて、ただただ儚げで神秘的で、とんでもなく美しい。

 肩口で切り揃えられたセミロングの髪が、差し込んだ木漏れ日に当たってきらきらと輝いていた。


(ル、ルーナが! ルーナが目の前におる! なんて破壊力じゃ!)


 コヨリはのじゃロリ狐っ娘が大好きだが、他のヒロインのことも普通に好きだった。ゲーム内で見たのと全く変わらない姿のルーナに心がときめく。

 一生見てられるほどの美しさだ。


「我が来たからにはもう大丈夫じゃ。何も心配はいらんぞ」


 推しキャラの前ということで少しでも格好つけたくて、コヨリはなんか良い感じの笑みを浮かべる。

 ルーナは目に涙を浮かべて、祈る様に頭を下げた。


「ありがとうございます、神様。私のことを助けてくれて……」

「え、あの、だから我は神様ではなくてな? ただの可愛い美少女狐っ娘で――」

「このご恩は一生忘れません。魔族は無宗教が多いんですけど、これからは毎日お祈りとお供え物を欠かさないようにします」

「え、あ、うん……ありがとう?」


(そういえばルーナは原作でも思い込みが激しくてよく一人で突っ走っていくようなキャラじゃったな……)


 変な勘違いをされているが、まぁルーナなので気にしないことにした。

 それにヨイショされるのは嫌いではない。むしろ好きだ。


 なのでコヨリは盛大にルーナを甘やかすことにした。


「怖かったのう。涙なんて流して可哀想に」

「いえ、でも……神様が来てくれましたから」

「辛いことが会った時は美味しい物を食べて、あったかいお風呂に入って、あったかい布団でぐっすり眠るとよいぞ」

「あ、でも……家にはご飯もお風呂もお布団もなくて……」

「あーだめじゃだめじゃ。あんな村はぽいじゃ、ぽい。あそこに帰るくらいなら我と一緒に――」


 そこで、ルーナとの至福のひと時を邪魔する声が聞こえてきた。


「だ、誰だてめぇ!」


 ずっと放置されていた男の一人がぷるぷると震えながらコヨリに指を差す。

 コヨリは盛大にため息をついた。


「お主なぁ、少しは空気というものが読めんのか。百合に挟まろうとする男は嫌われるぞ?」

「何をふざけたことを言ってやがる! 良い所で邪魔しやがって!」

「……良い所、か」


 実に、実に不愉快極まりない発言だった。


「そうだ。俺達の楽しみを邪魔しやがって」

「ちょっとガキ過ぎるが、お前も中々の上玉じゃねぇか」

「ルーナと一緒に俺達の相手でもしてもらおうか」


 欲の籠った下卑た視線がコヨリに突き刺さる。


「うわ、キモ」


 思わず、と言った感じでコヨリは呟いた。

 自分の身が男から女になったせいか、生理的嫌悪が半端ではない。気持ち悪い以外の感想が出ないくらいにとにかく気持ち悪かった。

 後にハーレムを形成するあのテオでさえ、ちゃんとコヨリが大人になるまで結婚は待ったのに。なんて救えない連中だろうか。


「お主らに情状酌量の余地はない。観念するんじゃな」

「ガキがぁ! 粋がってんじゃねぇぞ!」


 向かってくる男に対して、コヨリは指先をついっと振るう。


「行け、狐火」


 すると、ルーナの周りに漂っていた火の玉が男目がけて飛んで行った。


 


「ぎゃあああああああああああああ!!!!」


 絶叫が響き渡る。

 ピンポイントで股間だけが燃えていた。


「ふむ。道中で魔力コントロールの練習をした甲斐があったな。その成果を試すのが股間焼きとは少々あれだが――」


 コヨリは残りの二人に目を向ける。


「「ひっ……」」

「逃げられるなどと思うなよ? なぁに心配はいらん。ちょっと男としての尊厳を失うだけじゃ。死にはせん」

「「う、うわあああああ!」」


 脱兎のごとく逃げ出す二人の男に向けて、コヨリは再び指を振って狐火を向かわせる。


「全く、これだから百合に挟まりたい男は……」


 3人の男達の絶叫が、森中に木霊こだました。

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