第4話 ヒロインの境遇
「全く……とんだアクシデントじゃ……」
テオにヒロインのいるミーシャ村までの道を教えてもらった後、コヨリは一人森の中を駆けていた。
当然ここにテオはいない。何かお礼がしたいから俺も連れていってくれとしつこかったので、「ついてきたら絶交じゃ!」と言って置いてきたのだ。別に友達になったつもりなんて微塵もないが。
「まさかこんな最序盤でテオと会うとは……やはりシナリオの強制力は恐ろしいな」
ゲームでは、テオが王都に着いて学院に入学する所から始まる。だからそれより前にテオが何をしているのか、作中では特に語られない。
恐らく王都に向かっている途中で鉢合わせてしまったのだろう。これをただの不運と見るのはあまりに楽観的だ。
元々コヨリは物語の中盤に登場するキャラクターだ。自分の力に限界を感じていたテオはコヨリと出会ってその力を更に開花させる、というシナリオ。
学院に入学する前に会うなんてことは普通は有り得ない。
「やはり急いでヒロインを仲間にせねばな」
という訳で、コヨリは駆け足でミーシャ村へと向かっているのだった。
体中に魔力を循環させて身体能力を向上させ、森の中を駆けていく。
「ついでに魔力コントロールの練習でもするかの。でないと本当にいつか取返しのつかないことになってしまう……」
コヨリは木々の間をすいすいと抜けながら、手のひらサイズの
少し大きさを調整してサッカーボールくらいにしたりピンポン玉サイズにしたり、果てには球状ではなく四角にしたり星型にしたり。
「おぉ、これは意外と面白いな。漫画でやってた訓練みたいじゃ。次は
楽しくなってきたコヨリはうねうねと火で数字を形作る。最初はゆっくり。それから徐々にスピードを上げていく。
数字が100に近付いた時、
「ふぎゃん!」
コヨリは前方不注意で木に激突した。
***
「ここがミーシャ村か」
ひりひりと痛むおでこを擦りながら、コヨリは村の中に入っていく。
木の柵で囲われた村は大した大きさもなく、木造の家と畑があるだけの小さな村だった。
コヨリは畑仕事をしていた一人の男性に声をかける。
「すまんが、少し尋ねたいことがあるのじゃ」
「ん、どうしたお嬢ちゃん。村の子……じゃねぇな」
男はコヨリの耳と尻尾に目を向けた。
訝しむようなその視線に、何か嫌なものを感じる。
隠そうともしない嫌悪感……とでも言うべきか。
しかしコヨリはそんなものも意に返さずに話を続ける。
「この村にルーナという子がいると思うのじゃが、知っておるか?」
「……あぁ?」
男の態度が、雰囲気が、変わった。
「てめぇ、あの半魔の知り合いか?」
(半魔ときたか……やはりな……)
「まぁ、少しな」
「はっ、あいつに知り合いがいるとは思わなかったぜ。なんの用だ? この村になんか恨みでもあんのか?」
「別になんもせん。ただルーナに会いに来ただけじゃ。彼女はどこにおる?」
「知るかよ。家にでも引きこもってんじゃねぇのか」
そう言って男は一軒の家を指差した。
「そうか。感謝する」
その場を後にするコヨリに向けて、男は小さく呟く。
「獣と半魔。裏切者同士お似合いだぜ。さっさと消えてくれよな」
恨みの籠った声。
コヨリは確信した。
(ゲームの設定上仕方のないこととは言え……不快じゃな……)
この『スペルギア』の世界では魔族や一部の獣人は忌み嫌われている。
およそ100年前。魔族と人間との間で戦争が起こっていて、その時の禍根が今でも残っているせいだ。獣人の一部は魔族側の味方をしたので、コヨリに対する態度もそのせいだろう。
そしてルーナは
原作でルーナがテオと会った時、耐え切れなくなって村を出てきた、という話をする場面がある。
先程の男の態度を見れば彼女がいかにこの村で虐げられているのか、想像に難くない。
これは作中のヒロインに暗い過去を作るための設定だ。
テオと出会うことでその過去を乗り越え、絆と愛を深め、彼女達は幸せになっていく。そういう筋書きのために作られた設定なのだ。
(ただのゲームの話ならそれでも良かったが……現実で目の当たりにするとむかっ腹が立つのう)
コヨリはハッピーエンドが大好きだった。
物語に波を作るために障害を配置し、悲劇を演出し、それを主人公と共に乗り越えていく。確かにそうした方がいいというのは分かる。
分かるが、コヨリ自身としては最初から最後までハッピーでいてほしいと思わずにはいられない。その悲劇がまさに今、目の前で繰り広げられているのならば尚更だ。
「早くルーナを見つけねばな」
最初は自分がテオとそういう関係になりたくないが故の作戦だったが、もうそれだけじゃない。
この地獄のような環境から一刻も早く彼女を救い出したいという気持ちが、コヨリの中に芽生えていた。
コヨリはルーナの家の前に来ると、とんとんと扉をノックする。
しかし、反応はない。
「ルーナ。おるか?」
再度ノックするも、やはり返事はなかった。
恐る恐るドアノブに手をかけると、鍵がかかっていないのか何の抵抗もなく開いた。
「ルーナ……? 入るぞ」
中には誰もいなかった。
だがそれは、ただルーナが留守だという意味ではない。
部屋の中に置かれていた椅子は床に引き倒されていて、テーブルに置いてあったであろう火の魔石を用いたランタンも、床に落ちた衝撃で割れていた。
明らかに何かがあった後。
「くそっ、遅かったか!」
もし原作でルーナが言っていた『耐え切れなくなって村を出てきた』という話が明確に何かの被害にあったものだとしたら――
嫌な予感がした。
コヨリは家を飛び出し、先程の畑仕事をしていた男の元に向かう。
「お主、ルーナがどこに行ったのか知らんのか!?」
「はぁ? 知らねぇって言っただろ」
コヨリは、男が不自然に視線を逸らすのを見逃さなかった。
「吐け。吐かぬならどうなるか……分かるな?」
コヨリは手のひらに火球を生み出す。サッカーボールほどの大きさのそれは、周囲の気温を急激に上昇させた。
炎熱焼くが如し。
風を巻き込み熱風を生み出す小さな太陽を前に、男は焦ったように口を開く。
「あ、あっちの森の中だ。村の若い連中が連れて行ったのを見た……ついさっきだ……」
その言葉に、コヨリは苦虫を嚙み潰したように顔を歪ませる。
「それを黙って見過ごしたのか!?」
「し、知るかよそんなの! 魔族は人間の敵だ! 半魔がどうなろうと俺達の知ったことじゃない! むしろ迷惑なんだよ!」
「なっ――」
男は感情が高ぶったのか、コヨリの魔法を前にしても怯むことなく口を開く。
「大体あいつらも物好きなもんだ。半魔の何がいいんだが――」
コヨリはそれを遮るように、苛立たし気に火球を握りつぶした。
手の中で火球が爆ぜて、爆音が響き渡る。
「――クズが。もう黙っておれ」
コヨリの手の中で濛々と白煙が上がる。
男は腰を抜かしたのか、尻餅をついてコヨリを見上げていた。
周囲を見渡すと他の村人と目が合った。
みな一様に視線を逸らす。
自分には一切関係ない、どうでもいいと言うように、誰しもが無関心を貫いていた。
この村に、ルーナの味方は一人もいない。
ギリッと奥歯が軋むほどに噛み締め、コヨリは脇目も振らず駆ける。
どがんっ、という音と共に地面が爆ぜた。
原作では明確に語られなかったルーナの過去。
村で何があったのかなんて、ゲームをプレイしている時は気にも留めなかった。
だがもしそれが、コヨリの想像通りのものだとしたら――
「そんなもの、この我が許さん。……そんなクソシナリオは、絶対にぶっ壊す!」
コヨリは風よりも早く、ルーナの元へ向けて全速力で走るのだった。
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