第3話 少年の名はテオ

「どどどどどどうしよう!? 助けるつもりがこ、殺しちゃった……!?」


 あわわわわ、とその場で慌てふためくコヨリ。

 血の気が引いて顔面蒼白だった。真っ白だった。


(私……人殺しになっちゃった……? このままだと警察に捕まって豚箱行きに……。あははは、終わった。もう山籠もりして霞でも食べて仙人として生きていくしかないよ。……それはそれでのじゃロリっぽいかも)


 半分現実逃避のように意味不明なことを考えるコヨリだったが、首を振ってその考えを振り払った。


「違う、違うのじゃ! そんなことよりまずは助けねば……もしかしたらまだ生きてるかもしれん……!」


 しかし、この惨状を見るに生存は絶望的だ。

 圧倒的火力で辺り一帯は焼き尽くされ、あんなに木々に埋め尽くされて薄暗かったのに今は太陽がこんにちはしている。

 魔狼の姿も灰になったかぶっ飛んだかで、周囲には見えない。


 それでも一縷の望みにかけて、濛々と煙が立ち込める中へ足を踏み入れようとしたその時――


「いやぁ、凄い威力の魔法だったなぁ」

「え……?」


 男の子が煙の中から姿を現した。

 何事もなかったかのように、傷一つなく。


「よ、良かったぁ……」


 コヨリは安堵のあまり、へなへなとその場にへたり込んだ。

 罪のない子供を焼き殺したなんて事になったら良心の呵責に耐えられない。


 ほっと一息ついた所で、しかしコヨリは別の問題に気が付いた。


(あれ……そもそもこの状況、まずくはないか……?)


 目の前の彼からしたらコヨリは危ない所を助けてくれた恩人――なんかではなく、魔狼ごと自分を焼き殺そうとしたやべー奴に他ならない。

 敵認定されてもおかしくない状況だ。


 コヨリは恐る恐る顔を上げる。少年と目が合った。

 にこにこと笑みを浮かべてはいるが、逆にそれがコヨリの恐怖を煽った。


 すっと手が伸びてくる。

 コヨリの肩がびくんと跳ねた。


(や、やられる……!)


 コヨリは迫り来る悪意に固く目を瞑った。

 が、拳が飛んでくることも剣で斬りつけられることもなく――


 ただぎゅっと手を、握られた。


「さっきの魔法、本当に凄い威力とコントロールだった! 驚いたよ!」

「…………は?」


 何言ってんだこいつ、とコヨリは胡乱な目を少年に向ける。


「魔狼はすばしっこくて魔法を当てるのが難しい相手だ。だから範囲魔法で一気に殲滅するのが常套句だけど、あれだけの規模の火球ファイアーボールを出せるのは並みじゃない。その歳でそれが出来るのは凄いことだよ! 本当にありがとう!」


 そう言って少年は満面の笑みで握った手をぶんぶんと振る。


「え、えぇ……」


 コヨリはドン引きしていた。

 こいつは完全にやべー奴だ。魔狼ごと人を燃やしかけた幼女よりもよっぽどやべー奴だ。


 あの攻撃を受けてここまで純度100%で他人を信じられるなんて普通じゃない。頭のネジが完全にぶっ飛んでいる。聖人なんて言葉が生温く感じる程だ。

 きっと家に変な壺とかたくさんあるに違いない。


 あんまり関わらない方がいいかもしれない。

 そんなことを考えながらも、しかしコヨリは単純だった。


「君のお陰で助かったよ!」

「そ、そうか……?」


「あぁ、もしあのままだったら決め手にかけて苦戦を強いられていただろうからね。本当にありがとう。君は命の恩人だよ」

「そうか……そうかもな……?」


「僕は魔法があまり得意ではないから、本当に羨ましいよ。あれだけの魔法だ。きっと才能だけじゃなくて並々ならない努力を積んできたんだろうね」

「いや、別にそれ程でもない……こともないのか……?」


「そうだよ! 王立魔法師隊の面々でもあれだけの威力は出せないよ! ただの火球ファイアーボールがあの威力! これはとてつもないことなんだよ!? 君の才知はそれに勝るとも劣らないものだ! 誇っていい!」

「……まぁな…………まぁな! 我の手にかかればこの程度造作もないことよ! わーはっはっは!」


 コヨリは瞬く間に調子に乗った。

 腰に手を当てて、高らかに笑い声を上げる。


「どうしたらあんなに凄い魔法が扱えるようになるんだい? 僕にも教えてほしいくらいだ」

「ふっ……まぁ教えてやらんこともないぞ。しかし魔の道は辛く厳しいものじゃ。この我を以てしてもその深淵を覗き見ることはできておらん……。それでも、覚悟はあるか?」

「もちろんだ。僕は強くならなくちゃいけない。そのためならどんな努力も惜しまない」

「お主、中々見所があるのう。よかろう。特別に我が弟子にしてやってもよいぞ。わーはっはっは!」


 コヨリはヨイショされてもう完全に調子に乗っていた。

 九尾もおだてりゃ木に登る。鼻高々の天狗になったコヨリはない胸を張り上げてふんぞり返った。


「よろしくお願いします、師匠! あ、僕の名前はテオです。師匠のお名前は?」

「我の名はコヨリじゃ! これからテオには辛く厳しい修行が待っておるからな。覚悟し………………テオ?」

「どうかしましたか、師匠? そんな震えて」


 テオ。その名前には聞き覚えがあった。

 いや聞き覚えがあるなんてものじゃない。



 だってその名は、『スペルギア』の主人公の名前なのだから――



「テ、テオじゃとおおおおお!?」

「うわびっくりした。なんですか急に大声出して」


(馬鹿な! ありえん! 原作のテオは赤毛赤目のはず……! 全然見た目が違うではないか!)


 目の前にいるテオは黒髪黒目だ。だが、確かに顔立ちは原作主人公であるテオそのもの。同姓同名の別人というには似すぎている。

 よくよく考えればあれだけの魔法を受けて傷一つないというのもおかしな話だ。

 しかしテオならば納得できる。


 テオの主人公としての能力――それは圧倒的な防御力の高さ。

 そう、テオはゲームにおける盾役。前線を張って敵の攻撃を一身に引き受けるタンクキャラなのだ。


 そしてこのどこまでも他人を信じる超絶お人好しな性格。


 間違いなくこの少年は主人公のテオだった。


(にしたって姿が違うとはどういうことじゃ! こんなの初見殺しも甚だしいわ!)


 なぜ黒髪黒目なのかは分からない。だがそんなことはどうでもいい。

 それよりもこの状況をなんとかしないと大変なことになる。


 まかり間違ってもフラグなんぞ立ててはならない。それだけは絶対にだめだ。


(く、くそぅ……男とイチャコラなんて死んでもごめんじゃ!)


「師匠、どうしたんですか……? 何かまずいことでも――」

「破門じゃ!」

「は、え? 破門?」

「お主に教える魔法なんざこれっぽちもないわ! 我は弟子は取らない主義じゃ」

「いやでもさっき弟子にしてもいいって」

「うるさいうるさいうるさい! だめったらだめじゃ!」


 コヨリはテオの師匠ポジションのキャラだ。それなのにテオを弟子にするなんて自ら死地に飛び込むようなもの。


 ふわふわとコヨリの脳内にテオとの結婚生活がよぎる。吐き気がした。


「誰がお前なんぞ弟子にするものか! さっさとアラド学院に行ってそこで魔法でも何でも勝手に覚えるんじゃな!」


 一秒でも早くここから逃げ出したいコヨリはビシッと片手を上げて、


「じゃ、我は急ぐのでな。我のことは一ミリも覚えなくていいからな。今日のことは夢だと思ってくれ。分かったか? フリじゃないからな? 忘れるんじゃぞ? 絶対だぞ!」


 まるで捨て台詞のように吐き捨てながら早足にその場を後にした。



 ***



「……行っちゃった」


 テオは呆然と佇む。

 一体突然どうしたのか。何か失礼なことをしただろうかと己の行いを省みようとするも、特に思い当たる節はなかった。


「不思議な子だったなぁ」


 コヨリと名乗った狐獣人の女の子。普通獣人は魔力量が低いにも関わらずあの威力の魔法が使えるなんて、只者ではない。

 しかも10歳そこらの子供が、だ。


 その力の一端でも垣間見ることができればと思って弟子入りを志願したのだが、断られてしまった。


「きっと並々ならない事情があるんだろうな」


 まるで老婆のような話し方で、その身に宿す魔力量も並大抵ではない。明らかに普通の子供とは思えなかった。

 世の中にはエルフのように若い姿を保ったままの人もいるというし、もしかしたら彼女も見た目通りの年齢ではなかったのかもしれない。


「あ……そういえば助けてもらったのになんもお返しとかしてないや」


 お礼はしたけど、彼女に何も返せてないことにテオは気付いた。

 受けた恩は必ず返す。それがテオの信条だ。このままでは命の恩人に失礼だ。せめて菓子折りの一つでも渡さなければ気が済まない。

 今からでも追いかけるか、と考えたところでふと思い出す。


「あの子、アラド学院のこと知ってたな……もしかして彼女も王都に行くのかな?」


 王都にあるアラド学院は剣士や魔法使いとして将来有望な若者を育てる教育機関だ。

 もしかしたらコヨリも学院に入学するのかもしれない。


「よし、王都に着いたら探してみよう」


 そうしてテオは王都に向けて歩き出す。

 コヨリとは不思議とまた会えるような、そんな気がした。



「あ、あのぅ……」


 その時、声が聞こえた。

 思わず振り返ると、


「え、師――コヨリちゃん?」


 去って行ったはずのコヨリが、そこにいた。

 顔を俯かせて、若干頬を赤らめさせながらもじもじとしている。


(まさか、何かトラブルが……?)


 普通ではないコヨリの様子にテオの緊張が高まる。

 コヨリはしばらくもじもじしていたが、顔を上げて意を決したように呟いた。


「ミーシャ村に行くには……どうすればいいですか……?」


 ――コヨリは迷子だった。

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