第2話 旅立ち。そして迷子

「本当に行くのですか……? 子供一人で旅に出るなんて……」

「先生。我は九尾族じゃ。心配せずともそう滅多なことは起こらんよ」


 一夜明けて次の日の朝。孤児院の門前にて。

 先生は不安げにコヨリを見つめる。その後ろには孤児院の子供達もいた。

 みな、コヨリが旅に出ると知って見送りに来たのだ。


「九尾族だから心配なんです」

「ふむ……確かにそういうこともあるやもしれんな」


 九尾族は戦闘能力が高く、しかも抜群に容姿が良い。

 コヨリはそんな九尾族の唯一の生き残り。しかも弱そうな子供ときたもんだ。


(そういえば、サブイベントにもコヨリが人攫いに襲われる話とかあったな)


 九尾族が故に引き起こされるトラブル。

 先生はそれを心配しているのだ。


「あんまり自分が九尾族って言いふらしてはだめですよ。言わなければ狐獣人にしか見えませんから、トラブルは防げるはずです」

「それは名案じゃ。流石は先生」


 この『スペルギア』の九尾族はその資質によって尾の数が増えていき、最終的に九本となる。

 九尾族としてまだまだ力の弱いコヨリの尻尾の数は一本。これなら見た目は狐獣人と殆ど変わらない。


「さて、それではそろそろ行こうかの」


 コヨリはばさりと黒いマントを羽織る。それっぽい格好がしたいがために昨夜コヨリが用意したお手製の品だ。あまり手先が器用ではなかったのでマントの端々から糸がまろび出ている。

 本当は魔女帽もあったら完璧なのだが、流石に帽子を作るのは難易度が高かった。のじゃロリは魔女っ娘の格好こそ至高だと言うのに、これでは中途半端感が否めない。無念である。


「コヨリちゃん……本当に行っちゃうの?」


 その時、昨日コヨリと一緒に遊んでいた女の子が声をかけてきた。目に涙を溜めて、スカートの裾をぎゅっと握り締めている。

 コヨリはその姿を見て、優しく微笑んだ。

 この体には前世の記憶があるが、コヨリとして今まで生きてきた記憶もちゃんと残っている。


 コヨリにとって、目の前の女の子は大事な友達だった。


「リーちゃんよ。そんな顔をするでない。我はすべきことをしたら、必ずここに帰ってくる。約束じゃ」

「本当? 約束だよ。もし遅かったら、私の方から迎えに行っちゃうからね」

「これはますます早く帰らねばならんな!」


 二人は笑い合って、ゆーびきーりげんまん、と約束を交わした。

 絡み合った指が、少しだけ名残惜しそうに離れる。


「コヨリ、元気でなー!」

「コヨリ姉ぇぇ、早く帰ってきてねー!」

「……風邪引くなよ」

「またねー!」


 コヨリは見送りに来た子供達の顔を一人一人見て、ばさりとマントを翻した。


「我こそは九尾族唯一の生き残りにして最強無敵美少女のコヨリ! 必ずや使命を果たし、ここに戻ってくることを約束しよう! 必ずじゃ!」

「ちょ、ちょっとコヨリさん! そんな大きな声で九尾族ってバラさないでください!」

「わーはっはっは! さらばじゃ皆の者! 達者でなー!」


 目指すはヒロインのいるミーシャ村。そこに至るには森の中を抜ける必要がある。

 だけどなんら不安はない。

 孤児院のみんなと約束したからだ。使命を果たすと。必ず帰ってくると。


 コヨリは高笑いをしながら村を出た。なんの恐れも不安もなく、ただ前だけを見つめて未来へ向かって走り出したのだ。



 ***



「ふぇぇ……ここ、どこぉ……?」


 そして見事に森の中で迷子になった。


「こ、こんなに深い森だなんて聞いてないよぅ……そんなの地図じゃ分かんないじゃんかぁ……」


 まだ昼前だというのに辺りは薄暗い。鬱蒼と生い茂った木々が太陽を遮り、森全体が陰鬱な空気に包み込まれていた。


 迷子になったのもそうだが、このいかにも何か出そうな雰囲気がもうだめだ。

 不安と恐怖の余り口調が年相応のそれになってしまう程、今のコヨリには余裕がなかった。


「わ、こういうの本当にだめ……お化けとかでないよね……?」


 怖い時ほど独り言が増える。コヨリも例に漏れずそれだった。無音が耐えきれないのだ。

 ぶつぶつと独り言を呟いていると、突然がーがーと鳥の鳴き声が響き渡った。


「ひぅ!?」


 ばっさばっさと羽ばたく音が遠ざかっていく。心臓の音が耳から飛び出すんじゃないかってくらいに鳴り響いていた。


 思わずコヨリは膝から崩れ落ちて、そのまま小さく丸くなる。


「もうやだ……お家帰りたい。主人公とかヒロインとか不老長寿とかどうでもいいからもう帰りたい……」


 村を出た時の勇ましい姿はもうどこにもない。

 コヨリはそんなことどうでもいいから本当に早く帰りたかった。心底孤児院を出たことを後悔した。


(このまま一生森を出られないで飢え死にするんだ。もうだめだ。おしまいだ。さようならコヨリ。短い間だったけど、楽しい夢を見させてくれてありがとう。グッバイのじゃロリ。フォーエバーのじゃロリ)


 そんな訳の分からないことを考え出した、その時――


 きぃん、きぃん、という甲高い金属音。

 それと同時に微かに聞こえる誰かの声。


 コヨリは顔を上げた。耳を澄まして、その音に全神経を集中させる。


「人……? ……人だ……人じゃ! やった! 人がいるぞ! これでここから出られるのじゃ!」


 さっきまでのしょぼくれた姿とは打って変わって、いつもの調子を取り戻したコヨリは森の中を駆ける。

 ちょっと涙ぐんでいた目元を袖で拭って、本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。


(そうじゃ。我は最強無敵美少女のコヨリぞ? こんなとこで終わるはずがない! 天は我に味方してくれている!)


 一瞬で調子に乗ったコヨリはすいすいと軽い足取りで進んでいき、程なくして開けた場所へ出た。

 そこにいたのは15か16歳くらいの黒髪黒目の男の子。

 剣を構えて激しく肩で息をしているが、目立った外傷はない。

 その男の子を取り囲んでいるのは六匹の魔狼。既に何匹かの死体が近くに転がっていた。


(あの数の魔狼に囲まれて無傷で数匹を仕留めるとは……だがこのままではまずいぞ……!)


 魔狼は大型犬ほどのサイズの凶暴な魔物だ。それでいてある程度の知能もある。

 仲間がやられたことで魔狼は彼を強敵と認識したのだろう。数の有利を活かして連携しつつ襲いかかっていた。


「くっ……はぁぁぁ!」


 それをなんとか凌いではいるが、時間の問題だ。このままでは押し切られてしまう。


(我が……我がやるしかない!)


 魔法を使うのも、魔物と戦うのも初めてだ。だが、やるしかない。でないとあの男の子は死んでしまう。


 コヨリは体内の魔力を練り上げ、手のひらを魔物に向けた。

 九尾族は火属性魔法に対する卓越した適性がある。だから当然使う魔法は火属性だ。

 だが魔法の威力だとかコントロールだとか、そういう難しいことは分からない。コヨリ自身の記憶を見ても、あまり魔法の訓練をしてはいなかったようだ。だからその辺は勘だ。勘でやるしかない。


『グルルルルゥ』


 コヨリの魔力に勘付いたのか、魔狼が一斉にこちらを向く。

 だが、もう遅い。


「我の初陣を華々しく飾る贄となれ、狼共よ! 火球ファイアーボール!」


 ぼぉう! と音を立てて火の球が発射された。


 5m


「え、ちょ……でかすぎじゃろ……」


 火球は轟音を立てて魔狼を飲み込んでいく。


 直後、激しい爆発。


「のわぁぁぁぁ!?」


 大気が震え、熱波が襲いかかり、閃光のように辺りが光り輝き、視界が真っ白になる。

 爆風に煽られて、コヨリは地面を転がった。


「げほっ……ごほっ……。何がどうなって――」


 目を開けた時、辺りは煙が濛々と立ち込めていた。

 まだ目がチカチカしているし、視界も悪い。状況が正確に読み取れない。

 それでもその惨状は筆舌に尽くしがたかった。


 地面は抉れ、鬱蒼と生い茂っていた木々は吹き飛び、焼け焦げ、灰が舞っている。

 あまりに火力が高すぎたのか火事になってないのが幸いか。


 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


 呆然と立ち尽くすコヨリが、ぽつりと、呟いた。


「え、もしかして……あの男の子、やっちゃった……?」

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