TSのじゃロリ狐っ娘の最狂ラスボス計画〜ただ幼女でいたいだけなのに、なぜか原作ヒロインが配下になりました〜

八国祐樹

第1話 のじゃロリ狐っ娘

 孤児院の中庭で遊んでいる時、コヨリは思い出した。


「え、あれ……?」


 ここがゲーム『スペルギア』の世界であることを。

 コヨリが主人公の師匠ポジションに当たるメインキャラであるということを。


 そして自分が――


「ふさふさの狐耳に、もふもふの尻尾……。間違いない、コヨリじゃ! 我はコヨリになったのじゃ! わはははは! 最高じゃあ!」


 のじゃロリ狐っ娘が大大大好きであるということを。


「え、のじゃ……? コヨリちゃん、急にどうしたの?」


 一緒に遊んでいた小さな女の子が訝しそうにコヨリを見ていた。


「我は気付いてしまったのよ。この、のじゃロリ界の麒麟児の存在にな!!」

「先生ー、コヨリちゃんがおかしくなっちゃったー」


 コヨリの前世はしがない会社員の男だった。

 激務で心と体がぶっ壊れそうな時、心の支えになっていたのがのじゃロリ狐っ娘だ。

 のじゃロリ狐っ娘が大好きで、のじゃロリ狐っ娘が出てくる作品ばかりを見漁り、果てにはのじゃロリ狐っ娘にバ美肉してVtuberでもやろうかな、とか考えていた程である。


 そんな彼が最も愛してやまないキャラクターが、コヨリだった。

 ぴんと突き立った狐耳、大きくて毛並みが艶やかな尻尾、腰まで届きそうな長い髪、10歳にして周囲を魅了する美貌。そして極めつけの、のじゃ口調。


 自分が推しで、推しが自分というこの状況。

 コヨリは歓喜に震えた。


(ふふふ、こうなった以上やることは一つしかない。のじゃロリ狐っ娘を死ぬまで堪能するのじゃ!)


 コヨリは喜びの余り中庭を駆け回る。「わーはっはっは! のじゃロリ狐っ娘最高ぉぉ!!」とか叫びながら両手をバンザイして走り回り、かと思えば地面に転がりながら高笑いしていた。


 さっきの女の子はドン引きである。

 反対に様子を見に来た孤児院の先生は焦ったように口を開いた。


「コヨリさん、あなたまさか熱でもあるんじゃ……」

「何を言うか。我はすこぶる元気じゃぞ。元気過ぎて笑いが止まらん! わーはっははっは!」

「だめです安静にしてなさい! 高熱のせいでハイになってるだけですよ!」


 コヨリは先生の制止も聞かずに転げ回る。

 そんな感じで喜びを抑え切れないまま数日が経ったある日――



 コヨリの人生を変える一言が、先生の口から飛び出した。



「みんなは大人になったら何になりたいですか?」



 その言葉の意味を、コヨリは理解することができなかった。


(お、おとな……? え、我……大人になるの……?)


 孤児院の中庭に集まっていた他の子達は、思い思いに夢を語る。


「冒険者になって魔物と戦いたい!」

「おひめさまになるー!」

「ギルド所属の商人になって世界を旅してみたいですね」

「魔道具技師になってこの孤児院をもっと豊かにする!」

「錬金術師になりたいなぁ」


 しかしコヨリの耳には入らない。

 わなわなと肩を震わせ、いずれやってくる未来に恐怖すら感じていた。


(大人になったら……のじゃロリじゃなくて、のじゃお姉さんになる……ってこと? そ、そんなの絶対に嫌だ!)


 のじゃロリが大好きなコヨリにとって、のじゃお姉さんになるということは死と等しい。それは己の存在意義を失うのと同義だった。


「コヨリさんは、大人になったら何になりたいですか?」


 だからコヨリは高らかに宣言する。

 手を真っ直ぐ上に上げて、堂々と、己の存在意義を守るために。


「我は、不老長寿になって一生のじゃロリ狐っ娘のままでいるのじゃ」

「へ……?」


 ぽかんと口を半開きにさせる先生。

 何言ってんだこいつ、みたいに見てくる子供達。


 しかしコヨリに迷いはなかった。のじゃはロリこそ至高なのである。お姉さんになってしまったら、それはただのそういう口調の人に成り下がってしまう。

 幼い体から繰り出される、人生の先達であるかの如き『のじゃ』。そのギャップこそが最高なのだ。偉い人にはそれが分からんのだ。


(『スペルギア』のエンディングに出てくる成長したコヨリは確かに絶世の美女だが……それはそれ、これはこれじゃ)


 コヨリは『スペルギア』における最強種族――九尾族の唯一の生き残りである。

 圧倒的な魔力量と周囲を魅了するその美貌は、傾国の美女としてこの世界の歴史にも数多く登場する。つまり成長したコヨリはとんでもない美女になることが確定しているのだ。

 しかし、のじゃロリに勝るものはない。妖艶なお姉さんも別に嫌いじゃないけど。


(傾国の美女か……。確かコヨリは魔力をコントロールできなくて強制発動してしまった魅了チャームがきっかけで、主人公のパーティに加わ――ッ!?)


 そこまで考えて、コヨリは気付いた。


 この世界には主人公がいる。そして『スペルギア』は王道のRPG作品ではあるが、主人公のパーティメンバーは全員女の子だ。可愛いヒロイン達と冒険できるのが売りの、逆に言えばそれくらいしか売りがないゲーム。


 男性向けを意識した『スペルギア』では、最後主人公はヒロイン達全員と結婚する。いわゆるハーレムエンドだ。


 そして当然、その中にはコヨリも含まれている。ヒロインの一人として。


「くそっ! なんてことじゃ!」


 なぜそんな大事なことを忘れていたのか。

 のじゃロリ狐っ娘に転生したのが嬉し過ぎてハシャいでいたからだが、コヨリはその事実を宇宙の彼方に捨て去った。


(ま、まずい……まずいぞ。このままでは、我は主人公と結婚する羽目になってしまう! そんな、そんなの……)


 当然だが、『スペルギア』に出てくる主人公は男だ。

 そしてコヨリの前世も男である。

 体は女の子だが、気持ち的には男同士のくんずほぐれつとなってしまう。


 主人公とのそんな場面を想像してしまったコヨリは――


「おげげげげげげげげげげええええええ」

「先生ー、コヨリちゃんが吐きましたー」


 盛大に吐き散らかした。


「はぁ……はぁ……」

「だ、大丈夫ですか? コヨリさん、やっぱり本当は熱があるんじゃ……」

「大丈夫じゃ……ちょっと受け入れがたい事実に吐き気を催しただけなのじゃ」

「催したっていうか、もう吐いてますけど……」


(このままでは主人公のハーレムメンバーになってしまう……。この定められた運命を変えるには、シナリオを破壊するしかない!)


 本当は主人公と一切関りを持たないで雲隠れしたい所だが、この世界の強制力がどれ程かは分からない。もしかしたらどこに逃げても絶対主人公とエンカウントする運命なのかもしれない。逃げるのはリスクが高い。


 なら、むしろこちらから破壊しにかかる。

 主人公を主人公ではなく、ただのモブにしてしまえば運命を変えられるかもしれない。


(そのためにやることは……ヒロインを奪うことじゃ!)


 このゲームにおいて主人公が主人公たる所以は、周りにいるヒロイン達だ。確かに主人公にしかない特別な力というものもあるが、それはおまけに過ぎない。

 何せ『スペルギア』は可愛い女の子達と冒険できることが売りのゲームなのだから。


(狙うなら主人公がヒロインと出会う前。主人公より先にヒロイン達と接触し、仲間にする)


「先生、地図はあるか?」

「え、地図ですか? ありますけど……」


 先生に地図を見せてもらうと、今いるコージ村からそう遠くない距離にヒロインの住む村があることが分かった。

 僥倖だ。今は英雄歴230年の3月20日。ゲームが始まった時の日付は4月だから、余裕を持って主人公より先にヒロインと会うことができる。


 そこにいるのは夢食い族ドリームイーターのルーナ。パッケージのど真ん中に描かれている正真正銘のメインヒロインだ。


 目的は定まった。


(まずはヒロインを奪い、主人公をモブにする。それと同時に不老長寿の方法も探る。よし、そうと決まれば善は急げじゃ)


「先生。我は決めたぞ」

「な、何をですか……?」

「我は旅に出る。今まで……世話になったのう」


 ニヒルな表情を浮かべて、コヨリは歩き出す。

 いずれ大人になってしまう未来と主人公と結婚してしまうという未来――二つの未来を変えるべく。

 コヨリは威風堂々たる姿で持って、一歩を踏みだ――


「その前にこの吐しゃ物をちゃんと綺麗にしてくださいね。なんか元気そうなのでそれくらいできるでしょう」

「はい……ごめんなさい……」


 こうしてコヨリの旅は、ゲロ掃除から始まった。

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