第一話「爽やかイケメン後輩」

 去年の春、職場に新人が一人配属されたんですよ。その新人というのが、男の私から見ても本当に爽やかなイケメンでしてね。女性陣なんか、初日から皆でキャーキャー言ってたくらいです。

 見た目だけじゃなくて性格の方も明るくて話しやすい男で、私も含め職場の全員とすぐに仲良くなりました。


 それから半年ちょっと経った、ある金曜日の夜のことです。その日は仕事が立て込んでいて、私は遅くまで残業していました。同じく残業していた他の社員達も一人去り二人去り、気がつくと職場に残っているのは、私とさっき言ったイケメン後輩の二人だけになっていました。


 ようやく仕事が片付き、さあ帰ろうと思って時計を見たところで、私は愕然としました。私が通勤に使っている路線の終電時間は既に過ぎてしまっていたのです。


「やべっ、どうしよう」


 職場には仮眠室なんてありませんし、ホテルに泊まるのは避けたいという気持ちがありました。話が逸れるので詳しくは言いませんが、当時、予定外の出費があって私は金欠気味だったのです。


 そんな私の様子を見兼ねたのか、後輩が「だったら、うち泊まります? こっちはまだ電車あるんで」と提案してくれたので、お言葉に甘えることにしました。その頃には、彼とはそれくらい気安い関係になっていたんです。

 イケメンは行動もイケメンだなぁ、とその時は思いましたね。


 翌日は土曜日ということもあって、途中で酒を買って帰り、彼の家で飲みながら馬鹿話に花を咲かせました。


 そうしてしばらく時が過ぎ、あれは何時くらいのことだったでしょうか。

 座ったまま少しウトウトしてからハッと目を覚まし顔を上げた直後、私は思わず「ひぃっ」と悲鳴をあげました。


 私の正面に座っている後輩のその後ろに、いつの間にか血塗れの女が立っていたのです。その首は直角に近い角度で右側に折れ曲がっており、よく見ると手足も変な方向に捻じ曲がっています。

 どう見ても、生きている人間ではありませんでした。


「どうしたんすか、先輩?」


 そう尋ねてくる後輩に、私は「後ろ! 後ろ!」とだけ叫びました。


「後ろ?」


 後輩は背後を振り返った後、首を傾げながら怪訝そうな顔で再度こちらに顔を向けました。


「何も無いっすよ」


「お、お前、あの女が見えないのか!?」


 私が冷や汗をだらだら流しながら言うと、後輩は好奇心に溢れた顔で尋ねてきました。


「先輩には何が見えるんすか?」


 私はつっかえながらも、自分が見ているものを説明しました。もしもっと冷静だったら、二人しかいないはずの部屋にいきなり首の折れた血塗れ女が現れたなんて話をしても頭がおかしくなったと思われるだけだろうと考えて、適当に誤魔化したと思います。でも、この時の私には、そこまで考える余裕はありませんでした。


 後輩は興味深そうに私の拙い説明を聞いた後、こう聞いてきました。


「そんな死に方した女っていうと……あ、もしかしてその女って、髪は黒のベリーショートで背の高い女だったりします? それとも、茶髪のボブカットとか?」


「い、いや、髪は黒だけど肩にかかるくらいの長さはあって、白いヘアピンで前髪を止めてる。あと、学生服っぽい感じの紺のブレザーを着てて、下も学生服っぽいスカートで……」


 後輩の質問の意図が分からないながらも私が見たままを正直に答えると、彼は「あー、あいつかぁ。そんな昔の女とは思わなかったなぁ」と苦笑しました。


「あいつすげーメンヘラで、LINEを返すのが遅いとかそういうくだらないことですぐ『本当は私のことなんて好きじゃないんでしょう!?』とか『死んでやる!』とか騒ぐもんだから、ウザくなって『ああ、お前のことなんて本当は嫌いだよ。死にたいなら勝手に死ねよ』って言ってやったら、本当に電車に飛び込んだんすよねー。いやー、でもあれ高校の時の話なのに、まだ俺に粘着してるんすか、あいつ。メンヘラは死んでも治らないんすねぇ」


 彼は、そう言って笑いました。その笑顔はいつもと同じ爽やかなものでしたが、私は思わずゾッとしました。


 いや、お前、なに笑ってるんだよ。笑いながらするような話じゃないだろ。

 しかもさっきの口振りだと、お前、この子以外にもベリーショートで背の高い女とか茶髪でボブカットの女とかも死なせてるだろ。いったい何人自殺に追い込んでるんだよ。お前が一番怖いわ。サイコパスかよ。


 口には出しませんでしたが、内心ではそう思いました。

 そして、あれほど怖ろしかった血塗れ女に対し、少し同情してしまいました。

 こんなサイコパスに引っかかってしまって可哀想に、と。



 ……それが、いけなかったんでしょうね。


 その日以来、私のすぐ横に、いつもあの女が立ってるんですよ。

 それで、四六時中、ぽたっぽたって血を滴らせながら、耳元で囁き続けてくるんです。『殺せよ……私が可哀想だと思うんだったら、早くあいつを殺せよ……早く……早く早く早く! 殺せ殺せ殺せ殺せよぉぉぉ』って……。


 もう、本当に頭がおかしくなりそうで……。今はまだなんとか耐えてますけど、時々、ふっと考えてしまうんです。この先もずっとこんな状況が続くんなら、あいつを殺して刑務所に入った方がまだ楽なんじゃないかって。


 皆さんは霊に対して迂闊に同情や共感などされないよう、どうかくれぐれもお気をつけください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る