本当はいない友達から聞いた怖い話
人鳥暖炉
はじまりの話
「それでね、人鳥暖炉さんは『これは友達から聞いた話なんですが』とか『これは友達の友達が実際に経験した話なんですが』とか言って色々な怖い話をするんですけど、でも何が一番怖いって――」
人鳥暖炉の友人だと言って訪ねてきたその女は、そこでぶるりと身を震わせた。
「実際には、人鳥暖炉さんに友達なんていなかったんですよ! ただの一人も!」
「いや、ちょっと待ってください」
私は思わず口を挟んだ。
「もし本当に人鳥暖炉氏には友達が一人もいないのだとしたら……だったら、あなたはいったいどこの誰なんですか?」
途端に、女の顔から全ての表情が抜け落ちた。そして数秒の静寂の後、あたりに哄笑が響き渡った。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは分かってるくせに本当は分かってるくせに!」
気味の悪いことに、これほど笑っていながら、女の顔は口元を除いては完全に無表情のままだった。まるで、画像編集ソフトで口の部分だけ他の写真から切り取って貼り付けた雑コラのようなのである。
私はその笑い声を聞いていると堪らなく不安になり、「何がおかしいんですか、やめてください」と抗議した。しかし女は、笑うのをいっこうにやめようとしない。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは分かってるくせに分かってるくせに分かってるくせに分かってるくせに分かってるくせに。あはっ、あははは、あははははははははははははははははははははははははははははははははは」
私は耐えられなくなり、ついに女を怒鳴りつけた。
「私の言ってることが聞こえないんですか!? 笑うのをやめてください!」
背後でガタン、と椅子の倒れる音がし、私は自分が怒鳴りながら椅子から立ち上がっていたことに気づく。
「あはっ、あははははははははは、ねえ、本当は分かってるんでしょう!? 本当は分かってますよね!? ねえ、人鳥暖炉さん!」
「人鳥さん、人鳥暖炉さん」
「うるさいうるさい! 笑うのをやめろって言ってるんだ!」
「人鳥さん、誰も笑ってなんかいませんよ」
「えっ……」
ふと我に返ると女の姿は無く、目の前には眼鏡をかけた初老の男が座っていた。
「どうしたんですか人鳥暖炉さん、急に叫んだりして」
男は心配そうな顔で、そう声をかけてくる。
人鳥暖炉……ああそうだ、人鳥暖炉というのは私の名だった。
「いや……大丈夫です、何でもありません」
私は倒れた椅子を起こして腰を下ろしながら、そう応える。どうやら、座ったまま悪夢を見ていたらしい。
人と話している最中に居眠りだなんて。まったく、恥ずかしさで顔から火が出そうだ。きっと疲れが溜まっているのだろう。
「それで、最近はどうでしょうか?」
「どう、と言いますと?」
「先日お会いした時は、『誰もいないはずの部屋から声がする』とか『小説の設定として作った実在しない友達が話しかけてくるようになった』などと言って随分と怯えられていましたが」
はて、私はそんなことを言っただろうか、と訝しく思いながら、私は応える。
「ああ、いえ、大丈夫です。そんなことはまったくありませんよ」
「まったく?」
「ええ、まったく」
私の返答を聞いた男は、手元の紙に何かを書き込みながら、どこか訝しげに眉根を寄せた。
「それでは、今日はいったいどのような御用件でしょうか? 私はてっきり、その件かと思っていたのですが」
「それは……」
何だったか。
一瞬戸惑ったが、すぐに答えが頭の中に浮かんできたそうだ。
「実はですね、私、友達を集めて定期的に怪談会を開いているんですよ。それで、なかなか興味深い話が集まったものですから、これは是非あなたにも聞いてもらわねばと思って、録音したものを持ってきたんです」
そう言いながら私が録音データを収めたスマホを取り出すと、男は少し躊躇ってから、口を開いた。
「念のため確認しておきたいのですが……そのご友人というのは、ちゃんと本当にいるんですよね?」
私は、思わず苦笑する。
「当たり前じゃないですか。いない人から話を聞くことなんて、できるわけがないでしょう」
本当は私に友達がいないだなんて、そんな悪夢みたいな話、現実にあるわけがない。
「それはまあ、もちろん普通はそうなのですが、しかし失礼ながら人鳥さんの場合は人間性を考えますと友達がいる方がむしろ不自ぜ――」
「ご注文はお決まりでしょうか?」
男が何かを言いかけたところで、いつの間にか傍に来ていた店員が声をかけてきた。
「では、白桃アールグレイティーのホットを一つお願いします」
「私も同じものを」
「白桃アールグレイティーのホットがお一つですね。以上でよろしかったでしょうか?」
「いや、二つですよ」
店員は一瞬、困惑したような表情を見せたが、すぐに「白桃アールグレイティーがお二つですね。かしこまりました」と言って去っていった。
店員の背中を見送ってから、私は話を再開する。
「まあ、まずは聞いてみてくださいよ。これを聞けば、あなたも私がどれほど友人に恵まれているのかを分かってくれるはずです」
そう言って私は、レコーダーアプリの再生ボタンをタップした。
さあ、友達百人で百物語できるかな?
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